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人工知能の行政業務への適用における留意点とは

美馬 正司 株式会社 日立コンサルティング ディレクター

2016年10月24日

1.はじめに

人工知能の利活用は、業務、サービスの飛躍的な高度化、効率化をもたらす可能性を有しており、民間企業での人工知能の利活用は増加の一途をたどっている。
様々な民間企業において、著名な人工知能技術の専門家を招いて人工知能研究所を設立したり、関連するベンチャー企業を買収したりする動きが見られ、人工知能技術に対する注目の高さを伺い知ることができる。
一方、行政分野での人工知能の活用については事例が少なく、適用に向けた行政主体での調査もほとんど行われていない。しかしながら、民間企業における人工知能の利活用が進むに伴い、今後、行政分野においても、人工知能の活用検討が進められることが容易に想定される。
そこで、本コラムでは、我が国における人工知能の利活用に向けた取り組みに着目し、民間企業での人工知能の活用事例や行政業務の特性を踏まえて、人工知能の行政業務への適用における留意点を考える。

2.人工知能技術の動向

人工知能は、アラン・チューリング※1によって1947年に初めてその概念が提唱された後、2度のブームとその終焉を経て今日に至っており、昨今の人工知能の利活用の盛り上がりは「第3次ブーム」と呼ばれている。
特許庁『平成26年度 特許出願技術動向調査報告書(概要)』では、人工知能技術が近年注目を集めている背景には、利用可能なデータが劇的に増大したこと、それらを処理可能なコンピュータの性能が飛躍的に向上したこと等があると指摘している。
松尾豊『人工知能は人間を超えるか 〜ディープラーニングの先にあるもの〜』によると、表1に示すとおり、人工知能技術はレベル1からレベル4までの4段階に分けることができ、第3次ブームの人工知能技術は、レベル3、レベル4に位置付けられ、それぞれ「機械学習」「ディープラーニング」が該当する。
第2次ブームの人工知能は登録された振る舞いのパターンに従って事象の認識、分類、予測等の処理を行うのに対して、第3次ブームの人工知能はデータから学習して処理を行うという特徴を持つ。
「機械学習」は、与えられたデータを基に入力と出力を関係付けるルールを学習し、そのルールに従って事象の認識、分類、予測等を行う。大量のデータをインプットして処理を繰り返し行うことで、処理精度が向上するため、ビックデータの時代において注目を集めている。ただし、ルールを学習するための「特徴量(機械学習の入力に使う変数であり、対象の特徴を定量的に表す)」は人が設定する必要がある。
また、「ディープラーニング」は、データを基にコンピュータが自ら特徴量をつくり出して事象の認識、分類、予測を行う。したがって、人が特徴量を設計する必要がなく、人工知能の設計で一番難しかった何を特徴量とすべきかという課題が解決され、人では判明できなった事象の相関関係等を導出し、より精緻な事象の分析、予測等を実現できると期待されている。その一方で、どのような「特徴量」を利用しているかが分からず、処理プロセスがブラックボックス化してしまい、何故そのような結果が出たのか説明できないことが課題である。

表1 人工知能技術の4つのレベル

  • レベル1:単純な制御プログラムを「人工知能」と称している
    • マーケティング的に「人工知能」「AI」と名乗っているもの
    • ごく単純な制御プログラムを搭載しているだけの家電製品等に「人工知能搭載」などとうたっているケースが該当する
  • レベル2:古典的な人工知能
    • 振る舞いのパターンがきわめて多彩なもの
    • 将棋のプログラムや掃除ロボット、あるいは質問に答える人工知能などが該当する
  • レベル3:機械学習を取り入れた人工知能
    • 検索エンジンに内蔵されていたり、ビックデータを基に自動的に判断したりするような人工知能
    • 入力と出力を関係づける方法が、データを基に学習されているもので、典型的には機械学習のアルゴリズムが利用される場合が多い
  • レベル4:ディープラーニングを取り入れた人工知能
    • 機械学習をする際のデータを表すために使われる変数(特徴量)自体を学習するもの
    • ディープラーニングが該当する

出典:松尾豊(2015)『人工知能は人間を超えるか 〜ディープラーニングの先にあるもの〜』

※1
アラン・マシスン・チューリング(Alan Mathison Turing, 1912年6月23日 - 1954年6月7日)は英国の数学者、論理学者、暗号解読者、コンピュータ科学者。

3.人工知能の活用事例

現時点で公表されている民間企業が提供する人工知能のサービス、ソリューションとして、日本アイ・ビー・エム株式会社の「Watson」、株式会社ABEJAの「ABEJA Platform」、株式会社FFRIの「FFR yarai」等があり、用途は、コールセンター業務支援、マーケティング、システムのセキュリティ対策等、多種多様である。
最も有名な人工知能技術のひとつである日本アイ・ビー・エム株式会社の「Watson」の活用例として、国内大手銀行におけるコールセンター業務支援がある。具体的には、コールセンターに寄せられた質問内容に対して、人工知能技術を用いて適切な回答案を抽出し、確度の高い順にオペレーターの画面に表示する。
また、株式会社ABEJAの「ABEJA Platform」は、大手百貨店やコンビニエンスストアでマーケティングに活用されている。具体的には、カメラやビーコン、センサー等で取得した非構造データ(カメラが捉えた来店者の顔から性別や年齢等や、店舗内や店頭の人の動き)から店舗来訪者の属性や動向を解析して、その結果を視覚的に表示する。
さらに、株式会社FFRIの「FFR yarai」は、システムに危害を与えようとしたプログラムファイルをウイルスとして検知する標的型攻撃対策ソフトウェアであり、国内の銀行や大学にて活用されている。具体的には、株式会社FFRIが収集、蓄積している膨大なマルウェアや正常系ソフトウェアのデータから人工知能を活用した検出技術で、マルウェアの振る舞い特性を抽出し、攻撃を検知、防御する。
一方、数は少ないものの、行政分野における人工知能の活用事例もあり、警察庁や防衛省で株式会社FRONTEOのデジタル・フォレンジックツール「Lit i View XAMINER」が犯罪の立証のための記録の解析等に活用されている。また、京都府警察が「予測型犯罪防御システム」を導入し、過去の犯罪傾向を分析して性犯罪やひったくり等の発生を予測して、事件の未然防止を計画している。京都府警察は、このサービスを2016年10月から本格運用すると発表している。

4.人工知能を活用しやすい業務の特性

2015年度に携わった一般社団法人 行政情報システム研究所「人工知能技術の行政における活用に関する調査研究」にて、人工知能に関わる技術、サービス、ソリューションを提供している民間企業の担当者や人工知能技術の研究者にヒアリング調査、アンケート調査を実施した。その結果、表2に示すような大量データや教師データがある業務、高度なスキルや専門知識が必要である業務、非構造データを用いる業務等に人工知能を活用しやすいとの見解を得た。
人工知能を活用しやすい特性を持つ行政業務として、例えば、各種問い合わせ対応業務(国民からの苦情や問い合わせへの対応)、既存の法律と新規法案との整合性の確認業務、文章作成業務等が考えられる。
各種問い合わせ対応業務については、問い合わせ件数が多いほどデータが蓄積され、回答の精度を高めることができるので、人工知能の活用に適している。その上、各省庁や各自治体でそれぞれ対応窓口を設けており、業務が類似しているため、横展開しやすく、活用の効果が期待できる。
また、既存の法律と新規法案との整合性の確認業務については、専門的な知識を求められ、人材育成にかかるコストや人材不足が指摘されている。そこで、人工知能を適用して新規法案との整合性を確認すべき既存の法律の絞り込みができれば、職員の作業に費やす時間が短縮でき、人手不足を補うことも可能となる。
さらに、行政業務では文書作成業務が民間企業と比較しても多いと考えられる。すべての文書を人工知能で作成することは難しいが、ある程度、定式化している文書作成については、これまでの文書を学習させることで、原案となる文書の作成や修正等を行うことは技術的に可能である。個々の文書作成支援効果は大きくないが、積み重なることで大幅な作業負担の軽減が期待できる。

表2 人工知能を応用しやすい業務の特性

分類詳細
大量データがある大量のデータが蓄積されているが、データ間の相関が複雑なために人による解析が困難な場合
教師データがある大量のデータが存在し、人手によるタグ付けが完了している
既存のマニュアルや応答等のデータが存在する
業務処理のプロセスに理由を求めないアウトプット(処理結果)に対する理由が求められない
高度なスキルや専門知識が必要である個々の熟練職員のノウハウ等の情報や、専門性の持った人の判断にかかわるようなプロセスや業務
非構造データを用いる非構造データ(画像、音声、テキスト等)を利用した業務

5.人工知能の行政業務への適用における留意点

人工知能の活用はサービスの飛躍的な高度化、効率化をもたらす一方で、人工知能技術は万能ではなく、適用において課題も存在する。そこで、民間企業での人工知能の活用事例や行政業務の特性から、人工知能の行政業務への適用における留意点を考える。

(1) 民間企業での人工知能の活用事例から考える留意点

人工知能の適用は、行政機関よりも民間企業が先行しており、その適用に直面した課題に関わる知見がある程度蓄積されている。したがって、民間企業での人工知能の活用事例より行政業務への人工知能の適用における留意点について考察する。法の整備、人の生命に関わるような人工知能の利用の是非等、社会的・倫理的な課題は対象外とし、実務における課題に着目したところ、民間企業での人工知能の活用事例から考えられる留意点としては、「学習に必要なデータの用意」と「個人情報の取扱い」が挙げられる。

①学習に必要なデータの用意

前述のとおり、第3次ブームの人工知能はデータから学習することが特徴であるため、インプットとなるデータについて、大量にあることが必須となる。また、人工知能がインプット情報の処理を行うには、教師データを必要とする場合がある。教師データとは、「入力」と「正しい出力(分け方)」がセットになっている訓練データであり、これを使って人工知能に事象の認識や分類を学習させる。例えば、人工知能が適切に書類審査等を行うには、「採用した」書類のデータだけではなく、「落とした」書類もデータ化してインプットする必要がある。既に蓄積しているデータに「落とした」書類のデータが含まれていない場合、このデータをインプットすると、人工知能が正しく事象を認識することや分類するための「特徴量」を学習することができず、その結果、効果的な分析、予測ができない可能性がある。業務で集積している大量のデータを用いることは効率性の面で優れているものの、人工知能に適したデータ形式になっていない可能性があり、現行の業務で蓄積しているデータを教師データして人工知能の活用に使えるとは限らない。
その結果、人工知能の活用に際して、「教師データとして使えない」又は「データが足りない」という事態に陥ることが考えられ、人工知能の適用前に、学習に必要なデータを用意できるか検討する必要がある。

②個人情報の取り扱い

顧客の購買予測、不審者の検知のような用途で人工知能を活用する場合、個人に関するデータ(映像、音声、テキスト等)を取り扱うことが多々あるが、データの取り扱いには十分留意する必要がある。
例えば、防犯目的で店舗に設置している防犯カメラの映像を利用して、人工知能で顧客の購買活動を予測し、マーケティング活動に役立てることは技術的には実現可能である。しかし、「個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)」では、個人を識別できる情報について、本人の同意を得ない利用目的以外の取り扱いを禁じている。収集した個人情報を人工知能で処理する場合は、本来の利用目的に合致するか、検討することが不可欠である。本来の利用目的に合致しない場合は、別途、通知あるいは同意を求めることになる。防犯カメラの例では、防犯目的で顧客に通知して設置している防犯カメラの映像をマーケティング調査等の目的で使用するためには、顧客の購買活動の予測に映像データを使用する旨を別途顧客に通知する必要がある。
また、2015年に公布された「個人情報の保護に関する法律の一部改正(改正個人情報保護法)」においては、DNA、顔、指掌紋、声紋等の身体的特徴量のデータも個人情報として定義されており、これらの情報の活用にも今後、留意が必要である。
さらに、人工知能のインプットとして個人情報を使用する場合は、大量のデータを管理することになるため、万全の情報漏えい対策が求められる。

(2) 行政業務の特性から考える留意点

「人工知能技術の行政における活用に関する調査研究」にて行政職員や、人工知能の研究者の意見を参考に、行政業務の特性から考えられる人工知能適用に関わる留意点は、「判断結果に説明責任を伴う」ことと「合理的判断を最適解としない」ことがある。

①判断結果に説明責任を伴う

行政業務の多くは判断結果について国民への説明責任を有しており、どのような処理プロセスで結論に至ったかを立証できることが重要となる。ディープラーニングのような判断理由が示せないブラックボックス型の人工知能を適用する場合は、処理プロセスの適正性が立証できなくても問題がない業務かどうか、民間企業で活用する場合以上に慎重に検討する必要がある。例えば、都市計画における交通量予測のような未来を見通す予測は、技術的には人工知能の活用が実現可能であっても、処理プロセスが不明であり、結果に対して理由を示せないことから行政業務での適用は難しい。

②合理的判断を最適解としない

限定的な情報による合理的な判断だけでは解決できない問題を行政は抱えており、それらの問題は個々の事情を考慮して、様々な観点から「最適な選択」を行う必要があるため、人工知能の活用が難しい場合がある。例えば、生活保護受給者が自動車のような資産を保有することは制度の運用として基本的に認められていないが、その人の居住地域の地理、交通の便、身体的な能力等、様々な情報を総合的に勘案して判断される必要があり、場合によっては認められることもあり得る。人工知能の中には合理的な解を求めるのに適しているものは多いと考えられるが、このような多様な価値観やインプットデータにない条件等を考慮することは困難であり、人で判断することが不可避である。ただし、人工知能の処理結果をグラフ化する等、可視化し、職員がそれを基に判断、決定するような業務の支援策として、活用することは考えられる。

6.まとめ

人工知能技術の進化は目覚しいため、本コラムで提示した留意すべき点は近い将来、解消されるかもしれない。しかし、2016年10月時点の人工知能技術は何でもできる魔法の道具からは程遠く、適切に活用しなければ効果をもたらさない。
日立コンサルティングは、「人工知能技術の行政における活用に関する調査研究」の支援をはじめ、行政分野での人工知能に関わる調査等の実績を有しており、今後も継続して行政分野における人工知能の活用支援に取り組んでいく。

本コラム執筆コンサルタント

美馬 正司 株式会社 日立コンサルティング ディレクター

ディープラーニングによる第三次AIブーム到来で、AI(人工知能)というワードをメディアで見ない日はありません。
自動運転、対話型ロボット等、様々な場面で活用が進んでおり、民間企業だけでなく、行政機関においても今後、導入が進むと考えられます。そこで、本コラムでは、行政機関における導入検討等が円滑に進められるよう、人工知能の行政業務への適用における留意点について紹介します。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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