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米国およびEUにおける
IoTに関する政策および法制度動向

美馬 正司株式会社 日立コンサルティング ディレクター

2016年8月31日

近年、わが国をはじめ世界各国で「Internet of Things(以降、IoT)」が注目されている。センサーなどを用いて実世界から取得したデータを分析・解析し、その結果を実世界にフィードバックする社会が現実となりつつあり、今後、データを核としたビジネスモデルの革新が産業の垣根を超えて生じ、産業構造の大変革が起こると予想されている。
欧米ではすでに国レベルでIoTに関する政策が立案されており、国際社会でポジションを確立するための先進的な取り組みが約10年前から展開されている。これに追随するような形で中国、インド、シンガポールなどの国々でも重要政策の一つとしてIoTが位置付けられ、さまざまな取り組みが開始されている。わが国も「科学技術イノベーション総合戦略2015」でIoTが重要技術の一つとして位置付けられている。
このように各国政府でIoTに関する政策が積極的に進められている中、弊社では、2015年度に経済産業省の調査事業※1を受け、諸外国におけるIoTに関する政策および法制度の動向を調査した。この調査の成果なども踏まえつつ、米国、EU、ドイツ、英国、韓国、シンガポールにおけるIoT政策および法制度の動向を3回に分けて紹介する。
第1回目は、米国とEUを紹介する。

※1
平成27年度我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備「IoTに関する標準化・デファクトスタンダードに係る国際動向調査」

1. 米国のIoT動向と政策

米国では、“IoT”ではなく“Cyber Physical System(以降、CPS)”という用語が使われている。CPSは、センサーを用いて物理的なものと接続し、データを収集・蓄積・解析し、その結果を実世界にフィードバックする高度システムのことを指す。IoTとCPSの違いは明確化されていないが、IoTが「インターネットを介す」ということにフォーカスしているのに対し、CPSは「サイバー世界と物理的な世界との融合」ということにフォーカスしているという点で異なるといわれている。しかし、データを収集・蓄積・解析し、その結果を実世界に返すという点ではIoTもCPSも同じであるため、ほぼ同じ概念として捉えることができる。

積極的な研究開発によるイノベーションの創出

米国では、2006年から競争力強化のため、ブッシュ前政権が発表した米国競争力イニシアチブに基づき、研究開発によるイノベーション創出や人材育成に積極的に取り組んでいる。この背景には中国やインドなどの新興国の急速な経済発展や国際競争力の激化がある。同政策はオバマ政権にも引き継がれており、オバマ政権が発表した政策※2ではイノベーションで単に国際競争力を強化するだけでなく、米国の経済成長と国民の健康・生活の向上をめざすことも目的として掲げられるようになった。
このように米国では、国際社会で勝ち残り、国内経済と国民生活の安定のためにはイノベーションが必要であり、イノベーションの創出には研究開発の強化が重要と捉えている。

※2
オバマ大統領は、2009年9月イノベーション戦略(A Strategy for American Innovation)を公表し、2011年2月にその改訂版を公表している。

ITに関する研究開発に2016年は41憶ドル

研究開発の強化にあたり、ITを重点研究開発分野の一つとして捉えている米国は、連邦政府機関が連携し、横断的に資金を集約するプログラムNetworking and Information Technology Research and Development(以下、NITRD)でITに関する研究開発を推進している。2016年は、同プログラムに約41億ドルが投じられている。
CPSの研究開発は、2007年、NITRDの最重点研究開発分野の一つとして位置付けられ、上級研究グループが設置されている。これには、全米科学財団(National Science Foundation、以下、NSF)、エネルギー省(Department of Energy、以下、DOE)や国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology、以下、NIST)など、さまざまな連邦政府機関をはじめ事業者や大学が携わっている。

CPSをはじめとする先進技術適用による製造業の国際競争力強化をめざす

米国は製造業の国際競争力強化を重要と捉えており、国際競争力を高める方法として製造業におけるCPSなど、先進技術の適用に取り組んでいる。製造業に先進技術を適用することで、製造業の高度化や効率化が図れ、それが国際競争力強化につながると考えているからだ。
これらの先進技術適用を推進するため、オバマ大統領は2011年にAdvanced Manufacturing Partnership(以下、AMP)という産官学での連携強化を目的とした施策を打ち出した。同施策は、米国の製造業の国際競争力強化につながるような新しい技術を特定し、イノベーションの実現、豊富な人材の確保、ビジネス環境の改善を目標としている。その翌年、技術開発のさらなる強化のため、新たなパートナーシッププログラムThe National Network for Manufacturing Innovation(以下、NNMI)が開始されている。
NNMIは取り組みの一つとして、Institute of Manufacturing Innovation(以下、IMI)と呼ばれる研究開発拠点を設置している。全部で45の研究拠点を開設することを目標に掲げており、2015年時点では9の研究拠点が開設した。
2016年予算教書によると、すでに設置が完了している9拠点について3,500万ドル、残り29拠点の設置について19億ドルの予算が計上されている。
2015年9月、DOEよりSmart Manufacturingを研究開発テーマとしたClean Energy Manufacturing Innovation Instituteの設置に関する公募が行われ、2016年6月にSmart Manufacturing Leadership CoalitionというSmart Manufacturing関連企業によって構成されている業界団体が運営主体に決まった。同研究開発拠点の設置には7,000万ドルが充てられている。
こうした連邦政府の取り組みと同時に、民間事業者も独自にコンソーシアムを立ち上げている。例えば、AT&T、Cisco、Intel、IBMの5社が立ち上げたIndustrial Internet Consortium(IIC)などである。このように米国では連邦政府だけでなく民間事業者も主体的にCPSの製造業への実装に取り組んでいる。

官民連携によるCPSの社会実装の促進

製造業だけでなく、さまざまな分野へもCPSの適用が進められている。2013年には、CPSの社会実装の促進を目的とした研究開発プロジェクトSmart America Challengeが始まった。同プロジェクトでは主に、公共交通、医療災害対応、エネルギーなどの分野について産官学で研究開発や実証事業が行われた。
現在は2014年に第2弾として開始したGlobal City Teams Challengeに引き継がれ、IBMやAT&Tなどの大手企業をはじめベンチャー企業、大学や非営利団体が、スマートシティ、スマートハウスやスマート医療など、さまざまな取り組みを行っている。これらの取り組みから見てとれるよう、同プロジェクトは官民連携研究プロジェクトの重点施策として位置付けられ、NSFが推進するギガビット級の超高速ブロードバンドに関する政策US Igniteのもと、NISTが管理機関として推進している。政府が主導してはいるが、全ての実証事業が連邦政府などからの資金援助を受けているわけではない。また、NSFから資金提供を受けることができるのはNSFの研究機関のみで、連邦政府による資金援助は限定的である。

セキュリティ・プライバシーは課題ではあるが個別法制度は検討されていない

CPSの推進にあたっては、セキュリティの確保とプライバシーの保護が課題として挙げられており、さまざまな検討が進められている。米国公正取引委員会(以下、FTC)は、企業、研究機関、大学などから専門家を呼び、CPSにおけるセキュリティとプライバシーを検討するワークショップを開催しており、そこで議論された内容をレポートとしてまとめている。同レポートでFTCは、直近でCPSに特化した法制度を検討する考えはないという見解を示している。また、事業者に対する要求事項として、開発段階で十分なセキュリティ対策を実施し、データの最小化や通知と選択の徹底などのプライバシー保護の原則を遵守することを要求している。

商用ドローンの飛行を規制、プライバシー保護についても検討開始

日本でもここ数年で話題になっているが、世界各国でもドローンの活用が注目されている。ドローンは遠隔地や高所など、人間では到達することが困難もしくは危険な場所に行くことができ、かつカメラや通信機器を搭載することで、そのような場所の情報を収集することができる。ドローンの活用方法としては、例えば高低差のある場所でのパワーライン・パイプラインの検査、雪崩の発見、雪崩の中での救助支援、農産物のモニタリングや農薬散布などが考えられている。
米国でもドローンの活用は注目されているが、一方でドローン飛行時における安全性の確保やプライバシーの保護などが問題視されており、活用方法の検討と同時に商用ドローンの飛行を規制する法制度が州レベルですでに策定されている。2015年時点では、26の州でドローンに関する法制度が成立している。
連邦政府レベルでも商用ドローンの飛行を規制する法制度が検討されており、連邦航空局では2015年、ドローン利用に関する連邦規制案を公表した。同規制案は農産物のモニタリング・検査・研究、電波の検査、雪崩の発見や雪崩の中での救助支援や上空撮影などの商用目的で利用するドローンを対象としている。利用条件としては、機体の重さ、飛行禁止エリア、飛行可能速度、飛行可能時間などが規定されている。またドローン操縦者に関する条件として、連邦航空局が実施する試験を受け、2年ごとに更新を要する資格を取得する必要があるなども規定されている。
ドローンによるプライバシー侵害の問題に対しては、プライバシー保護のあり方についての検討を開始している。連邦航空局がドローン利用に関する連邦規制案を発表した2015年2月、オバマ大統領は法的執行機関が公用目的でドローンを利用する際のプライバシー保護に関する覚書を公表した。同書では、法的執行機関はPrivacy Actに則り、国民のプライバシーを保護すること、ドローンでのパーソナルデータの収集・利用を制限することや保有期間を180日以内とするなどの規定が示された。またオバマ大統領は、商用ドローン利用におけるプライバシー保護に関するガイドラインを策定するため、90日以内にマルチステークホルダーによる検討を開始することを商務省に命じた。同年8月、商務省は電気通信情報庁を通して、マルチステークホルダーによる検討会を設置し、ガイドライン策定に向けた検討を開始した。同検討会は、2016年6月まで開催され、商用および商用以外の目的※3 でドローンを利用したデータ収集に関するベストプラクティスを最終的にまとめた。

※3
人命救助や安全確保といった非常事態での利用については対象に含まれていない。

自動運転車についても検討が進む

CPSの適用分野の一つとして自動車が挙げられ、自動運転車およびコネクテッドカーが注目されている。自動運転車やコネクテッドカーの実現により、交通事故の減少や渋滞の緩和などが期待されている。また、新たなビジネスの創出も期待されている。
米国では、Google Carなど、自動運転車の開発が企業を中心に進められており、州レベルで自動運転車の公道でのテスト走行を許可する法制度が制定されている。法制度の制定が最も早かったのは、ネバダ州の2011年6月。同州の法律では、事故などが発生した場合に手動で操作できるよう運転席に人が座ること、車内に外向けのモニターを設置するなど、車外の人に自動運転中であることが分かるようにすること、自動運転システムに問題が発生した場合や緊急時などには運転者にそれを警告する機能を搭載することなどを条件として定めている。
このほか、カリフォルニア州やフロリダ州でも自動運転車の公道でのテスト走行に関する法制度を制定している。
連邦政府レベルではまだ法制度はないが、National Highway Traffic Safety Administration(以下、NHTSA)が自動運転車の安全確保に関する意見書を2013年に公表しており、自動運転車の安全性確保のため研究開発に力を入れていくことやすでに自動運転車に関する法制度を制定している州への働きかけを行っていくことなどが示された。2016年に入り、NHTSAは7月ごろまでに自動運転車の開発者向けガイドラインを策定することを発表していたが、テスラモーターズ社の自動運転車の事故を受け、発表が遅れるといわれている。

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