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シンガポールおよび韓国における
IoTに関する政策および法制度動向

地田 圭太日立コンサルティング コンサルタント

2017年8月2日

第3回目は、シンガポールと韓国のIoTに関する政策および法制度動向を紹介する。シンガポールでは、スマートシティの中心的政策であるSmart Nationが進んでいる。韓国では、K-ICT戦略などのIoTに関する戦略が策定され、ヘルスケアやスマートシティをテーマとした大規模実証、中小・ベンチャー企業支援や標準化に関する取り組みが進んでいる。

1. シンガポールのIoT政策およびIoTに関連する法制度動向

国家政策“Smart Nation”と推進組織“Smart Nation Programme Office”

シンガポールでは、新しい街づくりをめざす国家政策としてSmart Nationを掲げており、同国のIoT政策もこのSmart Nationに基づいている。Smart Nationでは、昨今加速する高齢化や人口増加による医療・食糧・エネルギー問題を解決するとともに、日常生活や産業分野におけるITの活用で国民の利便性と豊かさを向上させることを目的としており、主に健康管理、住まい、モビリティ、国民サービスの4分野に関して戦略を定めている。具体的な取り組みとしては、世界中の企業や技術者による実験のための環境整備、自動走行技術の開発および新しいビジネスの推進支援などが挙げられる。これらの取り組みを推進するため、リー・シェンロン首相により、情報通信開発庁※1(以降、IDA)を中心とした関連省庁で構成されたSmart Nation Programme Officeが首相府に設置され※2、2017年5月には、Smart Nation and Digital Government Officeへと改組された。

※1
Infocomm Development Authority(IDA)。現IMDA
※2
同首相のスピーチによると、構想は2014年11月より始まった
分野戦略
健康管理
  • 高齢者の自立した生活を支援するロボット技術の開発
  • 自宅での高品質なヘルスケアを実現するテレヘルスの推進 など
住まい
  • 資源の効率的な利用と居住環境向上を図るスマートホーム技術の開発 など
モビリティ
  • 自動走行技術の開発と開発環境の整備
  • データの解析による交通の効率化 など
国民サービス
  • デジタル政府による政府との取り引きや手続きなどの円滑化・簡略化
  • FinTech(金融技術)開発のための規制緩和、支払いにおけるキャッシュレス化の推進 など

表1. Smart Nationの戦略(4分野)

取り組み項目取り組み内容
実験のための環境整備
  • Jurong Lake地区(後述)などにおけるスマートインフラを、世界中の企業や技術者に実験の場として活用してもらう。
  • 医療分野において実証事業が始まっている(複数の国立病院でのテレヘルスリハビリテーションシステム、高齢者の見守り)。
自動走行技術の開発
  • One-North地区において、12q(2016年9月に6qより延長)の公道を自動運転車のテスト走行用に開放している。
  • 陸上交通庁※3は、公共交通における自動走行技術に関する提案の国内外からの募集、ルート案内システム“Journey Planner”のアプリケ―ション開発に関する公募などを行ってきた。
新しいビジネスの推進支援
  • 公営・民営の研究機関と高等教育機関を対象に、スタートアップ支援、プロトタイプラボの提供などを行うことにより、ビジネスの推進を支援している。
  • 2015年2月、情報通信開発庁により、シンガポール最大のスタートアップ支援施設“Build Amazing Startups Here(BASH)”が開設された。

表2. Smart Nationの政府の具体的取り組み(一部)

※3
Land Transport Authority(LTA)

Jurong Lake地区におけるスマートシティ関連の実証実験

シンガポールでは、高齢化や移民政策による人口増加に伴い、ヘルスケアの推進、エネルギーの効率的な利用、交通渋滞の解消などが課題となっており、スマートシティの実現によりこれらの課題を解決しようとしている。そのスマートシティ推進の中心となる政策がSmart Nationである。
Smart Nationの推進に関する取り組みとして、Jurong Lake地区において展開されている複数のプロジェクトが挙げられる。Jurong Lake地区は、2008年に都市再開発庁※4が策定した都市計画マスタープランにおける重要地区の一つで、今後10〜15年にわたる経済成長を推進するための商業的、地域的な拠点として位置付けられている。情報通信開発庁と関係機関は、20以上のテクノロジー関連事業者とともに、同地区で技術革新に取り組んでいる。
同地区において実施されているプロジェクトは、アーバンモビリティ、サステナビリティ、センシングデータなどによる課題解決の3テーマに大別できる。プロジェクトの推進にあたっては、地区内に設置されている1,000個以上のセンサが活用されている。以下の表で、プロジェクトの一部を紹介する。

※4
Urban Redevelopment Authority(URA)
取り組み項目取り組み内容
アーバンモビリティの向上
  • 道路情報や気象情報などのデータを、自動車と指定スポット(バス停など)との間で送受信できる環境の提供
  • 歩行者のタイプ(高齢者、障がい者、家族連れなど)により、目的地までの適切なルートを案内するナビケーションシステムの提供
  • 自動車や歩行者の動きなどを計算するアルゴリズムの開発および検証(詳細は後述)
  • 交通シミュレーションのためのプラットフォームの提供(詳細は後述) など
サステナビリティの向上
  • ビルや公共施設におけるエネルギーの管理などを行うためのプラットフォームの提供
  • 時間帯や利用状況により駐車場内の照明を制御するシステムの提供 など
センシングデータなどによる課題解決
  • 公共スペースにおける清潔さ自動検知システムの提供
  • 違法駐車の自動検知システムの提供 など

表3. Jurong Lake地区における取り組み(一部)

自動走行の研究・実験環境の整備と法改正

公道における自動走行実験は、2015年7月、科学技術研究庁※5の研究機関により、One- North地区において初めて実施された。以後の公道での自動走行実験は、当機関以外の研究機関、民間企業も手がけている。
公道以外にも、自動走行技術の研究施設が整備されつつある。2016年8月に竣工したCenter of Excellence for Testing & Research of AVs (CETRAN)は、陸上交通庁とJTCコーポレーション※6、南陽理工大学により設立された研究機関で、広さ1.8ヘクタールのテストサーキットが併設されている(ただし、テストサーキットは2017年後半より稼働予定)。
また、公道での自動走行に対応した法整備も進んでいる。2017年2月、シンガポールの国会は自動走行に関する新たな規定を設けた道路交通法の改正案を可決した。改正案では、自動車は人間の運転手が乗車している必要はないとしたうえで、公道での実験を行う際の場所や時間の制限、自動走行車が満たすべき基準、陸上交通庁との実験データの必要に応じた共有義務などを定めている。

※5
Agency for Science, Technology and Research(A*STAR)
※6
シンガポールの工業・商業地区の開発、管理を行う機関

自動車・歩行者などの動きによるアルゴリズムの開発

人口密度の高いシンガポールにおいて、交通渋滞は長年にわたる社会問題の一つである。また、今後の人口増加、高齢化の進展を考慮すると、自動車以外の移動手段も対象としたモビリティの向上は急務である。シンガポールでは、先に挙げた自動走行以外にも、広く交通の最適化に向けた取り組みが見られる。
前述のJurong Lake地区におけるプロジェクトで挙げた「自動車や歩行者の動きなどを計算するアルゴリズムの開発および検証」は、自動車・歩行者の動きや行列の長さを映像センシング技術によって把握し、渋滞などの改善に活用するプロジェクトで、シンガポール国立大学により推進されている。また、「交通シミュレーションのためのプラットフォームの提供」は、複数の異なる制御アルゴリズムを検証・評価し、当該地区の道路が対応できる交通量を把握することで渋滞などの改善や信号の制御計画の策定に活用するプロジェクトで、通信システム、交通システムなどを手がけるエンジニアリング企業ST Electronicsにより推進されている。

センサネットワークなどに関する標準化の推進

シンガポール政府は、Smart Nationの推進において標準化の推進が重要と考えており、Singapore Standards Councilの下、規格・生産性・革新庁※7、情報通信開発庁およびInformation Technology Standards Committeeが、2015年8月に標準化に関する指針Internet of Things (IoT) Standards Outlineを公表している。同指針は、IoTの基本的な部分、個別分野、およびセンサネットワークの3分野で構成されている。
IoTの基本的な部分に関する標準化については、IoTの開発や導入を検討している事業者に対し、IoTのアーキテクチャ、情報およびサービスの相互運用性、セキュリティおよびデータ保護に関して対応を要する事項を整理し、各社でガイドラインを策定することを推奨している。個別分野の標準化については、ヘルスケア、モビリティ、住まいの分野において、ユーザーの安全を確保しつつ、新たなソリューション開発ができるよう標準化に取り組むことが示されている。
さらに同指針では、センサネットワークについての標準を示している。すなわち、“TR38 Technical Reference for Sensor Network for Smart Nation(Public Areas)”および“TR40 Technical Reference for Sensor Network for Smart Nation(Homes)”である。TR38は、公共エリアにおいてセンサネットワークを開発・展開する際に適用される規格であり、商業施設内や住宅内は対象から除外されている。TR40 は、主として家庭内のセンサネットワークに関する規格である。同指針では、スマートホーム関連事業を展開する事業者に対し、TR40 に準拠した機器・サービスの開発を推奨している。

※7
SPRING Singapore (Standards, Productivity and Innovation Board)

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