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狙いと概要

大谷 和也 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

共同研究

小川 克彦 慶応義塾大学環境情報学部 教授

2016年11月22日

まち・ひと・しごと創生法に基づき、全国の地方公共団体は概ね2015年度中に人口ビジョン・総合戦略(以下、地方版総合戦略という)の策定を完了し、実行段階に移行しています。
地方版総合戦略の中では、PDCA (Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Action:改善)メカニズム※1の下、具体的な数値目標(重要業績評価指標(KPI※2:Key Performance Indicators))を設定し、効果検証と改善を実施することとされています。このKPIは地域ごとの特性や課題を踏まえて設定されており、ほかの団体に比べて高い目標を掲げている団体では特長的な取組みが行われていると考えられます。
本コラムは、地方版総合戦略の中で掲げられているKPIとその達成に向けた取組みについて、上記のような仮説に基づき分析・検証を行った結果を紹介するものです。
今後数回にわたって分析結果を発信していきますが、初回はその背景や狙い、分析の概要などについて掲載します。
なお、この分析・検証は、慶應義塾大学環境情報学部小川 克彦教授と株式会社日立コンサルティングの共同研究として実施したものです。

※1
プロジェクトの実行に際し、「計画を立て(Plan)、実行し(Do)、その評価(Check)に基づいて改善(Action)を行うという工程を継続的に繰り返す」仕組み。
※2
プロジェクトで期待する目標や効果に対し、その達成度合いを定量的に測定するための評価指標。

(1) KPIに着目した背景・狙い

2014年12月27日、日本の人口の現状と将来の姿を示し、今後めざすべき将来の方向を提示する「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン(長期ビジョン)」と、これを実現するための、今後5か年の目標や施策・基本的な方向を提示する「まち・ひと・しごと創生総合戦略(総合戦略)」(以下、国の総合戦略という)が取りまとめられ、閣議決定されました。
国の総合戦略は「人口問題の克服(2060年に1億人程度の人口を確保)」と「成長力の確保(2050年代に実質GDP成長率1.5〜2%程度維持)」という長期ビジョン達成のために、4つの政策分野について基本目標を設定し、それを実現するための具体的な施策を定めています。

図1
国の総合戦略 4つの政策分野と基本目標及び目標値
(内閣府「まち・ひと・しごと創生「長期ビジョン」と「総合戦略」の全体像等」平成26年12月27日時点※3を基に作成)
図1:国の総合戦略の全体像

※3
本稿執筆時点では、平成27年12月24日に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略2015 改訂版」が公表されている。

国の総合戦略の閣議決定と同時に、各都道府県知事宛てに「都道府県まち・ひと・しごと創生総合戦略及び市町村まち・ひと・しごと創生総合戦略の策定について(通知)」が発出され、2015年度中に地方人口ビジョンと地方版総合戦略の策定に努めることとされました。
この通知の中で、「国の総合戦略が定める政策分野を勘案して、地方版総合戦略における政策分野を定めるとともに、政策分野ごとの5年後の基本目標を設定する」などとされていることから、地方版総合戦略は国の総合戦略と同様の構成となっているものが多い状況です。
例えば、山口県の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」は、国と同様の4つの政策について、それぞれ基本目標を定めています。

図2
山口県の総合戦略 4つの政策の基本目標
(山口県「まち・ひと・しごと創生総合戦略」3〜6ページ(平成27年10月公表)を基に作成)
図2:山口県の地方版総合戦略の全体像

このような状況の中、慶應義塾大学環境情報学部小川 克彦教授から、以下のような示唆をいただいたのがこの分析のきっかけとなりました。この分析・検証した結果を紹介することで、地方創生の遂行に少しでも貢献できればと考えています。

  • 各地方公共団体が地方版総合戦略の中で掲げているKPIの中には比較可能なものが多く、他の団体に比べて高い目標値を掲げている団体は特長的な取組みを行っているのではないか。
  • 特長的な取組みを分析・共有することは、他の地方公共団体にとって有効なのではないか。

(2) KPI分析の概要

地方版総合戦略は市区町村を含む全国の地方公共団体で策定されていますが、本共同研究ではある程度まとまった単位で日本全国の状況を分析したいとの考えから、都道府県の地方版総合戦略を対象としました。
分析の方法としては、まず47都道府県の地方版総合戦略で定められているKPIを全て抽出し、同義のものを整理(名寄せ)しました。次に、地方版総合戦略で定められているKPIやその達成に向けた取組みを比較・分析するという趣旨から、5都道府県以上で共通して掲げられているKPIを対象として分析を実施しました。この結果、47都道府県で掲げられている延べ約5,700のKPIから、5都道府県以上で共通して掲げられている約200のKPIを抽出しました。

図3
図3:KPI抽出の手順と各段階でのKPI個数

なお、KPIの中には単純に比較・分析することが難しいものも多かったため、以下のように対応しました。

① KPI名称・期間・単位が不統一である場合の比較分析

例えば、移住に関する重要なKPIである「移住相談件数」は、都道府県によってさまざまな名称・期間・単位で定義されています。これらについては、KPIの名称を統一したうえで、期間・単位を考慮してKPIの値を再計算することで比較・分析を可能としました。

図4
図4:分析のフロー図 (例)5県から移住相談に関係するKPIを抽出した場合

② 都道府県の属性を考慮した比較分析

単純に値の大きいKPIを掲げている場合は特長的な取組みを行っている可能性が高いと考えられますが、現状値に対するKPIの値(直近比)や人口に対するKPIの割合(場合によっては労働力人口に対するKPIの割合など)が高い場合も同様の可能性があると考えられます。
例えば、第一次産業で重要なKPIとして設定されている「新規就農者数」について、単純な数の比較ではA県が突出していますが、直近比や人口に対する割合で比較するとD県やE県もKPIが突出していて、特長的な取組みを行っている可能性が高いと考えられます。
このことから、本共同研究の中では、単純に数のみで比較・分析するだけではなく、直近比や人口に対する割合も用いることで、多角的に分析しています。

図5
図5:KPI比較分析の例

なお、地方版総合戦略は実行に移行した段階であり、2016年11現在、比較できるものは実績値ではなく目標値です。しかし、現段階で高い目標を掲げている団体では、それを達成するためにより効果的な取組みを行っている、または行う予定である可能性が高いと想定しています。

(3)主要KPIについて

次回以降のコラムでさまざまなKPI分析の結果に触れますが、今回は主要KPIについて紹介します。
(1)で記載したように、地方版総合戦略では国の総合戦略に記載されている政策分野・基本目標と同様のKPIが掲げられていることが多い状況です(ただし、これらのKPIを設定することが義務ではないため、設定していない都道府県も存在)。各政策分野にひもづく基本目標は複数ありますが、その中の「総合戦略による人口増効果※4」「雇用創出数」「社会増減数※5」「合計特殊出生率※6」の4つを本共同研究では「主要KPI」と呼ぶこととします。

※4
総合戦略上の人口目標と、国立社会保障・人口問題研究所発表の人口推計との差分。
※5
転入者数から転出者数を差し引いた数。
※6
一人の女性が、15歳〜49歳までの年齢別出生率で一生の間に産む子どもの数。

図6
図6:人口ビジョン、総合戦略と主要KPIの関係

主要KPIについての各都道府県の状況は以下のとおりです。

① 総合戦略による人口増効果の比較

目標としている人口増数で比較すると、福岡県、兵庫県、愛知県の順番で高くなっていますが、いずれも政令指定都市を有する県であり、人口に対する割合の比較では突出して高い目標が設定されているわけではありません。
人口に対する割合で比較した場合、山梨県が突出して高く、15%を超える割合となっており、2位の和歌山県を大幅に引き離す目標を設定しています。

図7
図7:主要KPIの比較 総合戦略による人口増効果(2040年時点)

② 雇用創出数の比較

目標としている雇用創出数で比較すると、京都府、沖縄県が3万人を超える高い目標を掲げており、この2県が突出しています。労働力人口に対する割合で比較すると沖縄県が突出しており、沖縄県の労働力人口は京都府の約半分という労働力の規模の違いを考慮しても高い目標を掲げていることがうかがえます。一方、京都府も沖縄県ほどではありませんが、上位に位置しています。
このほかにも、島根県は労働力人口が少ないため、雇用創出数での比較では下位に位置しますが、割合での比較では、京都府と同水準の高い目標を設定していることが分かります。

図8
図8:主要KPIの比較 雇用創出数(5年間累計)

③ 社会増減数の比較

目標としている社会増減増加数(目標の社会増減数と現状の社会増減数との差)を比較すると、静岡県、新潟県の上位2県が5,000人以上の高い目標を掲げていることが分かります。この2県は人口に対する割合での比較でも上位に位置し、人口を考慮しても高い目標を設定しています。
また、割合で比較をすると、徳島県、岩手県、奈良県も上位に位置しています。徳島県、岩手県、奈良県は、静岡県、新潟県に比べて人口が少ないため、社会増減増加数では半分以下となっているものの、割合では高い目標を掲げていることがうかがえます。
なお、目標値の記載がない都道府県は、現状の社会減数を解消し、転出者数と転入者数を均衡させることを目標としています。そのような都道府県は、現状の社会減数と同数を増加するものとして社会増減増加数を計算しています。

図9
図9:主要KPIの比較 社会増減数(年間)

④ 合計特殊出生率の比較

目標としている合計特殊出生率で比較すると、静岡県が突出した目標を掲げており、直近比での比較でも上位に位置することが分かります。
直近比での比較では、静岡県以外にも宮城県や京都府が130%前後の高い目標を設定し、上位に位置しています。特に静岡県、宮城県、京都府は、直近の合計特殊出生率がほかの都道府県と比較して低いものの直近比は高くなっていることから、合計特殊出生率の大幅な向上をめざしていることがうかがえます。

図10
図10:主要KPIの比較 合計特殊出生率(2020年時点)

本共同研究では、上記のように高い目標値を設定している都道府県を抽出したうえで、各都道府県の担当者の方にインタビューを実施し、目標を達成するための具体的な施策や事業、取組みのポイントついての分析も実施しました。
この結果については、本コラムの2回目以降で紹介していく予定です。

以上

本コラム執筆コンサルタント

大谷 和也 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

まち・ひと・しごと創生法に基づき、全国の地方公共団体は概ね2015年度中に人口ビジョン・総合戦略(以下、地方版総合戦略という)の策定を完了し、実行段階に移行しています。
地方版総合戦略の中では、PDCA (Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Action:改善)メカニズム の下、具体的な数値目標(重要業績評価指標(KPI:Key Performance Indicators))を設定し、効果検証と改善を実施することとされています。
このKPIは地域ごとの特性や課題を踏まえて設定されており、ほかの団体に比べて高い目標を掲げている団体では特長的な取組みが行われていると考えられます。
本コラムは、地方版総合戦略の中で掲げられているKPIとその達成に向けた取組みについて、上記のような仮説に基づき分析・検証を行った結果を紹介するものです。
なお、この分析・検証は、慶應義塾大学環境情報学部小川 克彦教授と株式会社日立コンサルティングの共同研究として実施したものです。

共同研究

写真:小川 克彦

小川 克彦慶応義塾大学環境情報学部 教授

1978年に慶應義塾大学工学部修士課程を修了し、同年NTTに入社。 画像通信システムの実用化、インタフェースデザインやウェアラブルシステムの研究、ブロードバンドサービスや端末の開発、R&D 戦略の策定に従事。NTTサイバーソリューション研究所所長を経て、2007年より現職。工学博士。
専門は、コミュニケーションサービス、ヒューマンセンタードデザイン、ネット社会論。主な著書に「つながり進化論」(中央公論新社)、「デジタルな生活」(NTT出版)がある。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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