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静岡県のKPIと特長的な取組み

大谷 和也 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

共同研究

小川 克彦 慶応義塾大学環境情報学部 教授

2017年1月18日

第1回では地方版総合戦略に係るKPI分析の狙いと概要を説明しました。
第2回以降は、目標を達成するための具体的な施策や事業、取組みのポイントについてのお話を伺うためにインタビューを実施させていただいた都道府県を順次紹介していきますが、今回は静岡県のKPIと目標達成に向けた特長的な取組みを紹介します。

(1) 静岡県の地方版総合戦略の構造について

静岡県の地方版総合戦略である「美しい“ふじのくに”まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、長期人口ビジョンに掲げられた“美しく、強く、しなやかな「静岡型」地方創生の推進”と“人口の将来展望”を実現するために、5つの戦略が設定されています。

図表1
(美しい“ふじのくに”まち・ひと・しごと創生総合戦略(概要)より引用)
図表1:静岡県 地方版総合戦略の概要

戦略1「安全・安心」は、国の総合戦略には無い静岡県独自の戦略(政策分野)ですが、それ以外については国の総合戦略にて設定されている4つの政策分野と同様となっています。
また、国の総合戦略には政策分野ごとに基本目標が設定されていますが、静岡県の場合も同様に、5つの戦略(政策分野)にそれぞれ基本目標に相当する「成果指標」が設定されており、それを達成すべく、より具体的なKPIが掲げられています。
第1回のコラムで定義した主要KPI(総合戦略による人口増効果、雇用創出数、社会増減数、合計特殊出生率の4つ)も成果指標の中に含まれており、今回は成果指標と具体的なKPIの中から目標値の高いKPIを抽出し、高い目標を達成するための特長的な取組みについて調査を実施しました。

図表2
(美しい“ふじのくに”まち・ひと・しごと創生総合戦略を基に作成)
図表2:静岡県 5つの戦略と成果指標・具体的なKPIとの関係

(2) 静岡県のKPIと特長的な取組みについて

静岡県の主要KPIは、ほかの都道府県に比べ比較的高い目標値を設定しています。
また、これ以外のKPIは約180個にものぼり、そのうち5都道府県以上で比較可能なKPIは41個あります。この中でほかの都道府県と比較し、目標値の高いKPIのうち「企業立地件数」「県の支援による移住者数 ※1」の2つのKPIに着目します。
これら2つのKPIと目標達成に向けた取組みについて、静岡県へのインタビュー内容も踏まえて分析・紹介します。

※1
美しい“ふじのくに”まち・ひと・しごと創生総合戦略では「県及び市町の移住相談窓口等を利用した県外からの移住者数」と表記

① 企業立地件数

目標とする企業立地件数(人口10万人当たり)で比較すると、静岡県は突出した目標ではありませんが、直近比で比較をすると140%を超える高い目標を掲げていることが分かります。

図表3
図表3:企業立地件数(5年間累計)の比較

企業立地件数の目標達成に向けた特長的な取組みの一つとして、“「内陸のフロンティア」を拓く取組”があげられます。
この取組みは、東日本大震災以降、沿岸部の災害に対する危険性が認知されたため、防災・減災と地域成長の両立を図ることを目的としたものであり、4つの基本目標と3つの基本戦略から構成されています。基本目標には、評価指標および数値目標が掲げられており、今後想定される大規模災害と地域成長に関する施策を講じています。

図表4
(「内陸のフロンティア」を拓く取組 ふじのくに防災減災・地域成長モデル(全体構想)改訂版を基に作成)
図表4:「内陸のフロンティア」を拓く取組の目標構造

静岡県は、この施策の中で「内陸フロンティア推進区域」を設置し、用地購入の際の補助率引き上げや安全対策費の助成といった財政支援や、貸付に対する利子補給といった金融支援を企業向けに実施する一方で、地域づくり構想等策定支援アドバイザーの派遣といった技術支援を市町向けに実施し、成長分野の工場や研究所・物流施設等の企業誘致を促進しています。
とりわけ力を入れているのは、新東名高速道路を活用する物流業や、富士山伏流水を活用する医薬品・医療機器関係の企業であり、特に医薬品・医療機器関係は、2001年から富士山麓地域にファルマバレーと呼ばれる「医療・健康関連産業集積地域」をつくり積極的に取り組んでいます。
実際、2014年にはスズキ株式会社の製造工場が、2016年にはテルモ株式会社の開発製造拠点等が静岡県内に移転しており、企業立地件数が増加してきている状況です。
また、内陸フロンティア推進区域において基準を満たす住宅地開発には、公共施設部分の整備に対し補助を実施する等、単なる企業立地だけでなく居住する住民の暮らしも向上させる「豊かな暮らし空間創生住宅地」の実現を支援しています。

この取組みでは、防災・減災対策を最優先としつつ、新旧2つの東名高速道路や東京圏までの距離の近さ、富士山の伏流水等の地理的利点を有効活用していることが伺えます。また、内陸フロンティア推進区域での技術支援・財政支援・金融支援等のサポートで企業や市町側を支援すると共に、「豊かな暮らし空間創生住宅地」等で住民側への支援も実施するという、ほかには見られない特長があります。

② 県の支援による移住者数

目標とする県の支援による移住者数(人口10万人当たり)で比較すると静岡県は下位に位置しますが、直近比で比較をすると上位に位置することが分かります。ほかの都道府県の直近比は、おおよそ100%から200%の間に位置していますが、静岡県はその倍以上となっていることからも、高い目標であることが伺えます。

図表5
図表5:県の支援による移住者数(年間)の比較

県の支援による移住者数の目標達成に向けた特長的な取組みの一つとして、「ふじのくにに住みかえる推進本部」の設立があげられます。
この組織は、2015年に県、市町、不動産関係団体やNPO法人等の民間企業の参画により設立され、それぞれの立場を生かし、移住の促進に向けた官民一体の取組みを推進することを目的としています。

この組織を構成する県、市町、民間企業は、それぞれの立場から「情報発信の実施」「相談窓口の設置」「受入体制の整備」の3つの取組みを実施しています。

図表6
図表6:「ふじのくにに住みかえる推進本部」による官民一体の取組み

「受入体制の整備」を例にとると、県や市町の取組みとしては、移住体験ツアーの実施や移住希望者と先輩移住者との交流会等を行っています。特に移住体験ツアーは、宿泊業の求職者向けや医療・介護の求職者向け等、様々なテーマに関連した内容を用意し、移住希望者ごとのニーズに対応する体制を整えています。
一方で、民間企業の取組みとしては、ふじのくにに住みかえる推進本部を構成する民間企業(人材派遣会社)が、一軒家をリフォームしたシェアハウスを提供し、中長期(3ヵ月以上)の移住体験サービスを実施しています。この取組みでは、以下の「居・職・住」をセットとして提供することで、共同生活による安心感や地元住民やルームメイトとの一体感を感じつつ、気軽に移住体験をスタートできるような工夫がされています。

  • 居:一軒家をリフォームしたシェアハウスを提供
  • 職:運営会社である人材派遣会社を通じて様々な仕事を紹介し、派遣スタッフとして雇用
  • 住:地元住民とのイベントを開催して、交流の場を創出

シェアハウスの家賃は周辺の家賃相場よりも安価なため、移住希望者は生活をスタートしやすいというメリットがある一方で、企業としてもシェアハウスの入居者と中長期の雇用契約をすることで安定して利益を出すことができ、双方にとって価値のある良好な関係が成り立っていると考えられます。
ふじのくにに住みかえる推進本部は、官民それぞれが特長を生かした役割分担をしつつも、一体となった取組みを実施していると推察されます。官の特長は、公共サービスとして多様な人々が恩恵を受けられる取組みを実施できる点であり、民の特長は、直接雇用を創出して利益を出し、自走可能なサービスを自らつくり出すことができる点であると考えられます。
前述の「受入体制の整備」の例でいうと、移住希望者ごとのニーズに応えるべく、様々なテーマに関連したツアーを用意するのは、民間企業では採算が取れない可能性が高く、県や市町でないと実施が難しいと想定されます。一方で、中長期の移住体験にはその間の仕事(収入)が必要となるため、人材派遣サービスを営む民間企業であれば仕事をスムーズに紹介できるので、県や市町よりも適していると考えられます。

(3) その他

主要KPI「合計特殊出生率」について、それを達成するための具体的なKPIの中に目標値の高いものは見受けられませんでしたが、インタビューを通じて「ふじのくに少子化突破戦略の羅針盤」という特長的な取組みを実施していることが判明しました。
「ふじのくに少子化突破戦略の羅針盤」とは、合計特殊出生率の高い市町と低い市町が混在する静岡県において、合計特殊出生率に影響を与える要因を把握するために市町別の地域分析を行ったものです。
具体的には、市町別の施策の実施状況等に加え、以下3項目を「見える化」することにより分析しています。

地域力:
有識者等の意見を踏まえ選定した、合計特殊出生率に影響を与えていると想定される要因(社会経済的要因、施策要因)を集約したもの。
「結婚要因」と「夫婦の出生力要因」:
「結婚要因」は、県の有配偶率(結婚している人の割合)と各市町の有配偶率の差。
「夫婦の出生力要因」は、県の「第一子」「第二子」「第三子以上」のそれぞれ生まれる割合と各市町の割合との差。
その市町の合計特殊出生率の推移:
市町ごとの1958年から2012年までの合計特殊出生率の推移。

図表7
図表7:ふじのくに少子化突破戦略の羅針盤 分析方法

分析の結果、合計特殊出生率が特に高い裾野市と長泉町には、以下2つの特長があることが分かったそうです。

<裾野市、長泉町の特長>

  • 正規従業員割合が高い
  • 育児福祉費の歳出が多い

このことから、合計特殊出生率向上のためには、若者の安定的な雇用確保や正規就業継続をサポートする子育て支援策の拡充が必要であることが分かります。分析結果は市町職員・研究者・大学生・一般県民等を対象としたシンポジウムで発表され、それに加えて「ふじのくに少子化突破戦略の羅針盤」として取りまとめられ、静岡県のホームページで公表されています。
今後は分析結果を基に県と各市町が連携し、ほかの市町の施策を参考にしながらも地域の実情にあった独自の取組みを推進していくことが期待されます。

(4) まとめ

静岡県は目標値の高いKPIを達成するために、表8のような特長的な取組みを推進していることが分かりました。
企業立地件数に関しては、企業や市町や住民といった様々なステークホルダーを意識した支援を行い、各ステークホルダーに利益がある取組みであることが伺えました。県の支援による移住者数に関しては、官民どちらか一方だけでは対応しきれないような移住希望者の様々なニーズに、官民が一体となって幅広い対策を講じることで対応していることが分かりました。合計特殊出生率に関しては、効果の高い施策を策定する準備段階として、地域特性に着目した現状把握を実施しており、計画的に対策を行う姿勢が伺えました。

図表8
図表8:静岡県 目標値の高いKPIと特長的な取組み

以上

本コラム執筆コンサルタント

大谷 和也 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

まち・ひと・しごと創生法に基づき、全国の地方公共団体は概ね2015年度中に人口ビジョン・総合戦略(以下、地方版総合戦略という)の策定を完了し、実行段階に移行しています。
地方版総合戦略の中では、PDCA (Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Action:改善)メカニズム の下、具体的な数値目標(重要業績評価指標(KPI:Key Performance Indicators))を設定し、効果検証と改善を実施することとされています。
このKPIは地域ごとの特性や課題を踏まえて設定されており、ほかの団体に比べて高い目標を掲げている団体では特長的な取組みが行われていると考えられます。
本コラムは、地方版総合戦略の中で掲げられているKPIとその達成に向けた取組みについて、上記のような仮説に基づき分析・検証を行った結果を紹介するものです。
なお、この分析・検証は、慶應義塾大学環境情報学部小川 克彦教授と株式会社日立コンサルティングの共同研究として実施したものです。

共同研究

写真:小川 克彦

小川 克彦慶応義塾大学環境情報学部 教授

1978年に慶應義塾大学工学部修士課程を修了し、同年NTTに入社。 画像通信システムの実用化、インタフェースデザインやウェアラブルシステムの研究、ブロードバンドサービスや端末の開発、R&D 戦略の策定に従事。NTTサイバーソリューション研究所所長を経て、2007年より現職。工学博士。
専門は、コミュニケーションサービス、ヒューマンセンタードデザイン、ネット社会論。主な著書に「つながり進化論」(中央公論新社)、「デジタルな生活」(NTT出版)がある。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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