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沖縄県のKPIと特長的な取組み

大谷 和也 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

共同研究

小川 克彦 慶応義塾大学環境情報学部 教授

2017年4月26日

第7回に引き続き、インタビューを実施させていただいた都道府県を紹介していきます。第8回は、沖縄県のKPIと特長的な取組みの紹介です。

(1) 沖縄県の地方版総合戦略の構造について

沖縄県は、「安心して結婚し出産・子育てができる社会」「世界に開かれた活力ある社会」「バランスのとれた持続的な人口増加社会」を目指すべき社会として描き、それを達成するために必要な施策を展開しています。

図表1
(沖縄県人口増加計画(改定版)〔全体像〕より引用)
図表1:沖縄県 地方版総合戦略の概要

沖縄県の施策の体系には、国の総合戦略にて設定された4つの政策分野と同じ内容が含まれています。その中には、第1回で定義した主要KPI(図表2の橙色網掛け部分)も一部含まれており、沖縄県の設定したすべてのKPIのうち、目標値が高いKPIを達成するための特長的な取組みについて調査を実施しました。

図表2
(沖縄県人口増加計画(改定版)を基に作成)
図表2:沖縄県のKPIの構成

(2) 沖縄県のKPIと特長的な取組みについて

沖縄県の設定するKPIは30個で、そのうち5都道府県以上で比較可能なKPIは22個あります。その中でほかの都道府県と比較して高い目標を掲げているKPIのうち「雇用創出数※1」と「外国人観光客数」に着目し、これらのKPIと目標達成に向けた取組みについて、沖縄県へのインタビュー内容も踏まえて分析・紹介します。

① 雇用創出数

目標としている雇用創出数を比較すると、京都府と沖縄県の目標が高いことが分かります。また、統計局のデータ※2によると京都府と沖縄県では労働人口に約2倍の差があり、その差を考慮するために対労働人口比率で比較すると、沖縄県が突出していることがうかがえます。

※1
沖縄県人口増加計画(改定版)では「就業者数」と表記。沖縄県は就業者数の目標を年度別に定めており、その差を「雇用創出数」として比較分析を実施。
※2
統計局 労働力調査参考資料「2015年平均都道府県別結果(モデル推計値)」より

図表3
図表3:雇用創出数(5年間)

沖縄県は、雇用創出者数の目標値に関して、情報通信関連企業における新規創出雇用者数と、臨空・臨港型産業における新規雇用者数の内訳を定めています。特に、情報通信関連企業における新規雇用者数が高く、雇用創出数の目標6.3万人(2012年から2021年での目標)のうち4.2万人を占めています。このことから、沖縄県が情報通信関連企業を中心として雇用創出数の目標を達成しようとしている姿勢がうかがえます。
また、雇用創出のための企業立地に関連した取組みとして「中城港湾新港地区工業団地」や「沖縄IT津梁パーク」等の拠点の建設があげられますが、今回は特長的な取組みとして「沖縄IT津梁パーク」について紹介します。
沖縄IT津梁パークは、沖縄県が国内外の情報通信関連産業の一大拠点の形成を目指したプロジェクトです。「津梁」の名が示すように、日本とアジアの架け橋として沖縄県うるま市に拠点を置き、沖縄県のITブランド力の向上、次世代技術の開発や専門人材の育成、県内の雇用創出の拠点となることなどの責務を担っています。2010年に中核機能支援施設が完成し、その後、次々と関連施設を建設しており、2017年の時点では、7つの施設で構成されています。パ−ク内には25社以上の企業が入居しており、ソフトウェア開発・保守からデータ入力、コールセンターによる問い合わせ受け付けなど、ITに関連するさまざまな業務が遂行されています。
この取組みでは、企業を誘致することにより8,000人の新規雇用の創出を目標に、以下3つの基本理念と5つのコンセプトを掲げています。

図表4
(沖縄IT津梁パークWebサイトを基に作成)
図表4:沖縄IT津梁パーク 基本概念とコンセプト

この取組みの特長は、今まで沖縄県の雇用創出の中心を担ってきたコールセンター以外の企業の誘致にも力を入れている点です。
沖縄県は、戦略産業として情報通信産業の振興に注力しており、多くの情報通信関連企業が集積しています。しかしながら、例えば、2016年1月までに沖縄県に立地した情報通信関連企業の業種別(情報サービス、コールセンター、コンテンツ制作、ソフトウェア開発、その他)の雇用者数では、コールセンターにおける雇用者数が情報通信関連企業業全体の雇用者数の約65%を占めているように、これまでは下請け的な業務が中心で、高い付加価値を生む人材が不足しているという課題がありました。経済産業省の「平成25年度特定サービス業実態調査」によると、沖縄県の従業員1人当たりの年間売上高は全国平均の5割弱という低い状況です。
沖縄IT津梁パークの基本理念やコンセプトからは、このような課題を意識して、沖縄県の情報通信産業の高度化や、高付加価値を生む人材の育成に注力する姿勢が見られます。実際に、沖縄IT津梁パークに進出した企業には、コールセンター以外にもソフトウェア開発やコンテンツ制作などの業種が目立つことから、今後は、IT産業の高度化が進んでいくものと考えられます。従来のコールセンターでの雇用創出だけではなく、ほかの業種も発展することで、沖縄県の情報通信産業全体の発展と雇用創出につながっていくことが予測できます。

② 外国人観光客数

目標としている外国人観光客数(人口10万人当たり)を比較すると、沖縄県の目標値が高いことが分かります。また、直近比を見ても、ほかの県が100%から200%の間となっているのに対し、沖縄県は500%を越えていることからも、突出して高い目標値であることがうかがえます。

図表5
図表5:外国人観光客数(年間)

沖縄県は、外国人観光客数の目標を達成するために、クルーズ船の誘致や、地方空港におけるプロモーション展開、沖縄特例通訳案内士制度等のさまざまな取組みを実施していますが、今回は特長的な取組みとして、沖縄特例通訳案内士制度について紹介します。
通訳案内士とは、報酬を受け、通訳案内(外国人に付き添い、外国語を用いて、旅行に関する案内をすること)を行う国家資格で、資格取得のためには、外国語や日本の地理・歴史等に関する試験に合格する必要があります。通訳案内士の中には、資格を得た都道府県内でのみ通訳案内を行うことのできる地域限定通訳案内士※3制度もありますが、通訳案内士の不足やニーズの多様化に対応するため、より簡易な手続で資格を取得できる「特例ガイド制度」が2006年から導入されました。今回紹介する「沖縄特例通訳案内士」は、この制度によってつくられたものです。
沖縄特例通訳案内士は、沖縄県の研修を受講することで資格が付与されるもので、通訳案内士や地域限定通訳案内士のように試験を受ける必要がない点が特長と言えます。また、活動は沖縄県内限定である点や、資格期限が定められている点なども、ほかの資格と異なる点です。
日本における外国人観光客数は2016年に2,403万9千人と過去最高を記録し、沖縄県においても2016年に208万2千人の外国人観光客が訪れ、過去最高数を記録しました。このように外国人観光客の急増で、沖縄県内の通訳案内士が不足している状況の下、沖縄県は沖縄特例通訳案内士制度を推進し、外国人観光客への対応体制を整えています。登録者数は2017年1月時点で318名※4にのぼり、制度が創設された2013年から順調に増加している状況です。

※3
2016年1月時点で沖縄県のみ実施(国土交通省観光庁「通訳案内士制度について」より)
※4
沖縄県HP「沖縄特例通訳案内士登録簿(更新日 平成29年1月31日)」より引用

図表6
図表6:沖縄県で活動している通訳案内士の種類
(観光庁「通訳案内士制度について(平成28年1月28日)」を基に作成)

この取組みの特長である、資格取得の条件の緩和からは、急増する外国人観光客に早急に対応する姿勢がうかがえます。そもそも、通訳案内士試験の合格率は平均で20%ほどと低く、特に中国語は約7%、韓国語は約12%と、沖縄県への観光客として増加している国や地域の言語の合格率が低い状況です※5。また、通訳案内士は都市圏に偏在しており、東京都と神奈川県と大阪府で全体の50%を超えているなど、沖縄県をはじめとする地方には少ない状況でもあります※6
このような中で、早急に沖縄県内の通訳案内を実施できる人材を増やすために、「資格要件を緩和した沖縄県限定の資格」として沖縄特例通訳案内士制度を創設することは、課題の解決につながると考えられます。
また、内閣府沖縄総合事務局の沖縄の通訳案内士等に関する調査によると、登録言語のうち中国語と韓国語の割合は、通訳案内士は30%なのに対し、沖縄特例通訳案内士は50%以上となっています。沖縄県を訪れる外国人観光客の約8割が東アジアから、その中でも中国、韓国からの観光客が多くを占める※7ことからも、中国語と韓国語の通訳案内士の増加が、外国人観光客目標値の達成にメリットがあると推察できます。
一方で、資格要件の緩和が、サービス品質の低下につながる可能性があるという懸念もあります。試験合格が条件の通訳案内士であっても品質向上が課題となっており、初任研修や更新研修の必要性が指摘されている状況※8の中、今後、沖縄特例通訳案内士ではそれ以上の品質向上の仕組みが必要になると考えられます。

※5
日本政府観光局「平成27年度受験者及び合格者数」より引用
※6
観光庁「通訳案内士制度について(平成28年1月28日)」より引用
※7
※8
観光庁「通訳ガイドの品質向上・確保方策(案)(平成27年6月11日)」より引用

(3) まとめ

沖縄県では、目標値の高いKPI を達成するために、図表7のような特長的な取組みを推進していることが分かりました。
雇用創出数に関しては、雇用創出の中心であったコールセンター以外にも、高付加価値な企業を集積し、情報通信関連産業の一大拠点を形成する取組みを実施していました。
外国人観光客数に関しては、増加する外国人観光客と通訳案内士の数的なギャップを埋めるべく、資格要件を緩和した、沖縄県内限定かつ期間限定の制度を活用して対応していました。

図表7
図表7:沖縄県 目標値の高いKPIと特長的な取組み

以上

本コラム執筆コンサルタント

大谷 和也 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

まち・ひと・しごと創生法に基づき、全国の地方公共団体は概ね2015年度中に人口ビジョン・総合戦略(以下、地方版総合戦略という)の策定を完了し、実行段階に移行しています。
地方版総合戦略の中では、PDCA (Plan:計画、Do:実行、Check:評価、Action:改善)メカニズム の下、具体的な数値目標(重要業績評価指標(KPI:Key Performance Indicators))を設定し、効果検証と改善を実施することとされています。
このKPIは地域ごとの特性や課題を踏まえて設定されており、ほかの団体に比べて高い目標を掲げている団体では特長的な取組みが行われていると考えられます。
本コラムは、地方版総合戦略の中で掲げられているKPIとその達成に向けた取組みについて、上記のような仮説に基づき分析・検証を行った結果を紹介するものです。
なお、この分析・検証は、慶應義塾大学環境情報学部小川 克彦教授と株式会社日立コンサルティングの共同研究として実施したものです。

共同研究

写真:小川 克彦

小川 克彦慶応義塾大学環境情報学部 教授

1978年に慶應義塾大学工学部修士課程を修了し、同年NTTに入社。 画像通信システムの実用化、インタフェースデザインやウェアラブルシステムの研究、ブロードバンドサービスや端末の開発、R&D 戦略の策定に従事。NTTサイバーソリューション研究所所長を経て、2007年より現職。工学博士。
専門は、コミュニケーションサービス、ヒューマンセンタードデザイン、ネット社会論。主な著書に「つながり進化論」(中央公論新社)、「デジタルな生活」(NTT出版)がある。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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