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国内における医療等分野の番号制度の動向

大谷 和也 株式会社 日立コンサルティング マネージャー

2015年10月23日

政府は、平成27年5月29日、医療等分野において「医療連携や研究に利用可能な番号」として、いわゆる「医療等ID※1」を導入する方針を決定しました。具体的には、平成30年度から段階的な運用が開始され、平成32年までに本格運用することとされています。
その一方で、平成27年9月9日にマイナンバー法の改正案が公布され、特定健康診査(特定健診)情報をマイナンバーで管理する等、「医療分野における利用範囲の拡充」が決定しています。
そこで、今回のコラムでは、まず医療等IDの導入決定に至るまでの政府の議論を振り返ったうえで、医療等ID導入によって期待される効果やマイナンバーとの違いについて、説明します。

※1
本コラムでは、医療等分野で個人を一意に識別する番号や符号を「医療等ID」と表記します。

1.医療等IDに係るこれまでの議論

まずは、医療等IDの導入について、これまでの政府における主な議論を振り返ります。

医療等分野には「特段の措置」が必要

平成28年1月より番号利用が開始されるマイナンバー制度は、平成23年6月に取りまとめられた「社会保障・税番号大綱」に基づいて検討が進められていました。
医療等分野については、マイナンバー制度の検討と並行して、医療機関間の情報連携や医学研究等の推進による医療の質向上等を図るために、番号制度が必要であると考えられていました。また、番号制度の導入に際しては、医療等分野で取り扱う情報は機微性が高いため、厳格な取り扱いを確保する必要性が指摘されていました。
そこで、「社会保障・税番号大綱」では、医療分野等の番号制度に関して、特段の措置を定める個人情報保護法又は番号法の特別法を整備することとされていました。

第4 情報の機微性に応じた特段の措置
(前略)今般、番号制度の導入に当たり、番号法において「番号」に係る個人情報の取扱いについて、個人情報保護法より厳格な取扱いを求めることから、医療分野等において番号制度の利便性を高め国民に安心して活用してもらうため、医療分野等の特に機微性の高い医療情報等の取扱いに関し、個人情報保護法又は番号法の特別法として、その機微性や情報の特性に配慮した特段の措置を定める法制を番号法と併せて整備する。なお、法案の作成は、社会保障分野サブワーキンググループでの議論を踏まえ、内閣官房と連携しつつ、厚生労働省において行う。

出典:社会保障・税番号大綱

医療等分野の番号、情報連携の仕組みはマイナンバーとは別にすべき

「社会保障・税番号大綱」で示された内容を踏まえて、医療等分野について厳格な保護措置を図りつつ、必要な利活用が適切に行えるようにするための法制の整備等について、平成24年4月より「社会保障分野サブワーキンググループ及び医療機関等における個人情報保護のあり方に関する検討会」が合同開催されました。
同年9月に「医療等分野における情報の利活用と保護のための環境整備のあり方に関する報告書(以下、「合同会議報告書」という)」が取りまとめられました。合同会議報告書において、医療等分野でやりとりされる情報には所得情報等と安易に紐付けされない仕組みが必要であるため、「マイナンバーとは異なる、医療等分野でのみ使える番号(医療等ID)や安全で分散的な情報連携の基盤を設ける必要がある」との結論が示されています。なお、二重投資を避けるという観点から、マイナンバー制度に基づくインフラについては可能な範囲で共用することについても検討すべきと指摘されています。

図1に、合同会議報告書の要旨を示します。

図1:合同会議報告書の要旨
出典:医療等分野における情報の利活用と保護のための環境整備のあり方に関する報告書(要旨)
図1:合同会議報告書の要旨

医療等分野の番号は「見える番号」か「見えない番号」か

合同会議報告書が取りまとめられた後、平成25年5月にはマイナンバー法が成立しました。その一方で、医療等分野の情報連携に用いる番号のあり方、情報連携が想定される具体的な利用場面、番号制度のインフラの活用の考え方等について検討するために、平成26年5月に「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会(以下「研究会」という)」が設置されました。
同年12月に取りまとめられた「中間まとめ」では、医療等分野で用いる番号について、「安全性を確保しつつ、二重投資を避け、できるだけコストがかからないようにする観点からは、『見えない番号』(電磁的な符号)の方が望ましい」と提言されています。
また、医療等分野の情報化推進に不可欠な要素として「医療保険のオンライン資格確認の仕組み」が挙げられています。具体的には、平成29年7月以降のできるだけ早期に導入することを目指して、検討を進める必要性が指摘されています。

図2に、研究会の中間まとめの概要を示します。

図2:研究会の中間まとめ(概要)
出典:医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会中間まとめ
図2:研究会の中間まとめ(概要)

医療等分野の番号制度の導入が決定

平成27年5月29日の産業競争力会議では、「医療等分野のICT化推進のポイント」の1つとして「医療連携や医学研究に利用可能な番号の導入」が挙げられ、平成30年度から段階的に運用を開始し、平成32年の本格運用を目指すという方針が示されました。
また、医療等分野の番号の導入過程においては、研究会の中間まとめでも指摘されていたとおり、マイナンバーのインフラを活用したオンライン資格確認の仕組みを検討、構築したうえで、オンライン資格確認で実現するインフラも含めて、医療等分野の情報連携に用いる番号のあり方を検討することとされています。
そして、同年6月30日に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2015」において、「医療等分野における番号制度の導入」が盛り込まれ、マイナンバーとは別に医療等分野専用の番号制度を導入するという方針が明示されました。

(マイナンバー制度のインフラを活用した医療等分野における番号制度の導入)

  • 公的個人認証や個人番号カード等のマイナンバー制度のインフラを活用して、医療等分野における番号制度を導入することとし、これを基盤として、医療等分野の情報連携を強力に推進する。
  • 具体的にはまず、2017年7月以降早期に医療保険のオンライン資格確認システムを整備し、医療機関の窓口において個人番号カードを健康保険証として利用することを可能とし、医療等分野の情報連携の共通基盤を構築する。また、地域の医療情報連携や研究開発の促進、医療の質の向上に向け、医療等分野における番号の具体的制度設計や、固有の番号が付された個人情報取扱いルールについて検討を行い、本年末までに一定の結論を得て、2018年度からオンライン資格確認の基盤も活用して医療等分野における番号の段階的運用を開始し、2020年までに本格運用を目指す。

出典:「日本再興戦略」改訂2015−未来への投資・生産性革命−

さらに、平成27年3月に日本医師会は「医療分野等ID導入に関する検討委員会(以下、「検討委員会」という)」を設置し、研究会の中間まとめを引継ぐ形で、医療等IDの導入に関する具体的な提言に向けた検討を進めており、その検討内容が同年7月に「中間とりまとめ」として公表されました。具体的には、研究会の中間まとめと同様に、マイナンバーを医療連携等に用いるのではなく、医療分野専用の番号もしくは符号(医療等ID)を創設すること、社会インフラ投資という観点からマイナンバー制度で構築するシステム、既存の機関等を最大限活用すること等が提言されています。
また、医療等IDの実現に向けた検討事項として、「①一人に対して目的別に複数のIDを付与できる仕組み」、「②本人が情報にアクセス可能な仕組み」、「③情報の突合が可能な仕組み」、「④医療等IDに関する法整備」が挙げられています。
さらに、医療等IDの記載・格納方法として、「現行の保険証」と「個人番号カード」を併記したうえで、医療等IDによる資格確認と保険証記載情報(記号・番号等)による資格確認の並存期間に、医療機関窓口での混乱を最小限に抑えるための措置や、国民に対する啓発の必要性について、指摘しています。
なお、検討委員会では、最終報告の取りまとめに向けて、中間まとめで示した検討課題を中心に、引き続き具体的な議論を進めていく予定です。

以上、医療等IDの導入決定に至るまでの大まかな経緯を振り返りました。

2.医療等ID導入によって期待される効果

前述のとおり、平成30年度に医療等IDの段階的運用が開始される予定ですが、医療等IDが導入されると、一体どのようなことが実現できるのでしょうか。
ここでは、医療等ID導入によって期待される効果について、説明します。

効率的な地域医療・介護連携の実現

地域の医療機関や介護事業者等が相互に連携し、患者情報等をやりとりするためには、関係機関間で当該患者を一意に識別できる情報(識別子)が必要となります。全国各地に地域医療・介護連携を実現している事例は複数ありますが、現状としてはそれぞれの地域レベルでネットワーク化が進められており、利用する識別子は個別に設定されています。今後は、地域包括ケアシステムの実現に向けて、地域医療・介護連携を一層促進することが求められ、既存の地域医療・介護連携ネットワーク同士を接続することも必要になると考えられます。
医療等IDが導入された場合、個々の識別子と関連付ける仕組みを用意することによって、個々の識別子を維持したまま、効率的に複数の地域医療・介護連携ネットワークを接続することができるため、地域の枠を超えた連携を推進する役割が期待できます。

医療情報の研究活用、データ分析等による医療の質の向上

医療等分野では、長期にわたって膨大な情報が蓄積されており、それらの分析等によって医学の発展につながる有益な結果が得られる可能性があります。
その前提として、長期間に渡る同一人物の追跡、複数の医療機関等が保有するデータ収集、突合等が必要となりますが、医療等IDを導入すれば効率的に実施することが可能です。
なお、平成27年9月に、特定健診データとレセプトデータの照合が約2割しかできないという事実が発覚し、各紙で報道されました。健診実施機関や医療機関によって、受診者の被保険者証等記号などの入力方法が「全角」「半角」で異なるほか、氏名も「カタカナ」や「漢字」が混在し、統一されていなかったことが原因であるため、医療等IDを導入すれば防ぐことができると考えられます。

3.マイナンバーとの比較

続いて、医療等IDに係る議論の中で、しばしば取りあげられる「マイナンバー」との違いについて説明します。

マイナンバーと医療等IDを分ける必要性

マイナンバー制度が導入されることによって、複数の機関に存在する個人の情報が同一人であることを確実に確認することができるようになります。したがって、「医療等分野でもマイナンバーを活用すればよいのではないか」と考える人がいるのも事実です。
しかし、前述のとおり、医療等IDは、マイナンバーとは別の番号とするという方針で検討が進められています。
そこで、まずはマイナンバーと医療等IDを分ける必要性について、説明します。

①医療情報は情報収集の目的に応じて同意の要否が異なる
マイナンバー制度では、マイナンバー法で規定した範囲の情報であれば、都度本人の同意を得ることなく、情報保有機関間で情報をやりとりすることが可能です。
一方で、医療情報の中には、病歴等の第三者に知られたくない情報が存在しており、その提供可否については、本人同意が必要だと考えられます。また、医療情報のうち、レセプト情報やがん登録情報等は、「公益のために」それぞれ関連する制度に基づいて情報が収集されることになっており、本人の同意は必要としていません。
このように、医療情報については、情報の種類によって同意の要否が異なっているため、マイナンバー制度の中で一律に規定して情報連携を行えるようにする方式は適切ではないと考えられます。

②医療情報とその他情報がマイナンバーで突合されるリスクが高まる
レセプト情報のように、既に利活用が進められている情報について、個人を一意に識別できる番号を導入し、様々な情報を突合可能とすることによって、新たな有益なデータが得られる可能性があります。また、全国各地で展開されている地域医療連携等の取り組みは、個人を一意に識別できる番号を導入することで、より効率的な仕組みになると考えられます。
しかし、上記を実現する番号としてマイナンバーを利用し、データベースに情報を格納した場合、医療情報を含む多くの情報がマイナンバーと関連付けられることになります。このような環境下では、悪意のある者がデータベースにアクセスし、不当にマイナンバーを取得した場合、本人が意図しない突合等が行われるリスクが高まります。

上記の①、②を踏まえ、医療等IDはマイナンバーと別にすべきと整理されています。

医療機関等は医療情報等の取り扱いにマイナンバーを利用しない

次に、マイナンバーと医療等IDの利用範囲の違いについて、説明します。
マイナンバーは、社会保障、税、災害対策の分野の手続きのために行政機関等が利用できることとされています。医療等分野については、資格や保険給付(現金給付※2のみ)、保険料徴収に関する情報をマイナンバーと関連付けて管理することになります。さらに、平成27年9月に公布されたマイナンバー法改正によって、医療分野におけるマイナンバーの利用範囲が拡充されました。具体的には、特定健診情報等をマイナンバーと関連付けることが可能になります。

※2
医療保険における保険給付は、出産育児一時金や傷病手当金等のようにお金を支給する「現金給付」と、医療機関等で医療サービスそのものを支給する「現物給付」に分けられます。

一方で、医療分野の情報のうち、診療情報(病状、治療内容等)等の機微性の高い情報はマイナンバーの利用範囲には含まれておらず、医療等IDを利用することになると考えられます。
ここで、注意していただきたいのは、今回のマイナンバー法改正を契機として、医療情報の取り扱いにおいて医療機関等がマイナンバーを利用することはないという点です。研究会の中間まとめで示されたオンライン資格確認の仕組みの実現イメージにおいて、個人番号カードを医療機関等の窓口でかざす案※3があること等が原因で誤解を招いている可能性がありますが、この点は改めて確認しておいてください。

※3
研究会の中間まとめでは、「保険医療機関等でマイナンバー用いる仕組みを想定したものではないので、個人番号カードを用いる場合、ICチップをカードリーダーで読み取り個人番号カードを預からない安全な仕組みや、表面のみが見えるカードケースの活用等、マイナンバーが視認されて不正に利用することを防止する仕組みが確実に担保されるよう、検討する必要がある」と指摘しています。

図3にマイナンバーと医療等IDの利用範囲の違いを示します。

図3:マイナンバーと医療等IDの利用範囲
出典:医療等分野の番号制度のこれまでの検討状況
図3:マイナンバーと医療等IDの利用範囲

マイナンバーと医療等IDの比較

マイナンバーと医療等IDの違いについてのまとめとして、両者の比較結果を表1に示します※4
なお、医療等IDについては、具体的な番号のあり方については未定であるため、研究会の中間まとめで示された内容に基づいて、整理しています。

表1:「マイナンバー」と「医療等ID」との比較

表1:「マイナンバー」と「医療等ID」との比較
# 観点 マイナンバー 医療等IDのあり方(案)
※研究会の中間まとめ
1 視認性 12桁の「見える番号」(通知カードや個人番号カードに記載) 安全性を確保しつつ、二重投資を避け、できるだけコストがかからないようにする観点からは、「見える番号」より「見えない番号」(電磁的符号)のほうが望ましい
2 生成方法 住民票コードから生成 一意性(重複がない)を確保するためには、住民票コード又はマイナンバーから変換する方法等により番号を生成する必要がある
3 付番対象者 住民票を有する全ての方 左記に同じ
ただし、希望しない者には番号を交付しない、又は使用しない仕組みとすることを検討する必要がある
4 番号の体系 1人に1つの番号 病気などによって「番号を使い分ける仕組み」も考えられる(1人に複数の番号)
5 変更可否 原則「不可」 「番号を変更できる仕組み」も考えられる
6 情報連携の仕組み マイナンバーと関連づく「機関別符号」を用いて、情報提供ネットワークシステムを介して連携 オンライン資格確認で実現されるインフラの活用も含めて検討する必要がある
オンライン資格確認等、医療等分野において安全で効率的な情報連携の仕組みを運営するためには、番号制度のインフラも一部活用することが必要になる
※4
あくまでも平成27年10月時点での情報に基づく整理結果であり、今後変更される可能性がある点については、ご了承願います。

4.まとめ

医療等IDの実現に向けては、まだ多くの課題が残されており、具体的な制度設計に向けた検討はこれからという状況です。
平成27年9月30日には、厚生労働省の「医療等分野における番号制度の活用等に関する研究会」が約10ヶ月ぶりに開催され、医療等IDの制度設計に関する主な論点が示されました。今後は、年内に一定の結論を得ることとされており、研究会での議論を中心として、具体的な制度設計等に係る検討が進められると想定されるため、引き続き動向を注視する必要があります。

以上

本コラム執筆コンサルタント

大谷 和也 株式会社 日立コンサルティング マネージャー

平成27年10月5日にマイナンバー法が施行され、マイナンバーの通知が開始されました。平成28年1月からは、いよいよマイナンバー制度の運用が始まります。
その一方で、医療等分野に関しては、マイナンバーとは別に「医療等分野の番号制度」を導入する方針が示されており、これから具体的な制度設計等が進められる予定です。
本コラムでは、医療等分野の番号制度とはどのようなものか、平成27年10月時点で明らかになっている情報に基づいて、その概要を説明します。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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