キーワードで読む経営塾
2011年の地上アナログ放送停止に向けて、各家庭にはデジタル映像機器が普及しつつある。皆さんのリビングにも薄型テレビ、デジタルCATVチューナーといったデジタル映像機器が増えてきたと思うが、それらの機器の後ろをよく見ると電話線のジャックと似たLANのソケットがあることに気が付く。現在、ほとんどの家庭では、そのソケットにケーブルが接続されていることはないが、「ある日」そこにネットワークのケーブルをつなぐ日が来る。その時、放送でも通信でもないメディアが誕生するといっても過言ではないだろう。今回は「放送通信融合」というキーワードを元に、この放送でも通信でもないメディアを読み解いてみよう。
最近、社内で会う人に「昨晩見たテレビCMで覚えているのを3つ教えて?」という質問を投げかけてみた。その場で何か答えられる人は10人中1人程度。その回答も「何か鳥が空を飛んでいるCMだった」といった具合だ。さらに、「それは何という製品?どの会社のCM?」と聞いてみるが、ほとんどの人が答えられない。テレビCMの効果が薄れてきたと言われているが、想起率が低下しているという仮説を裏付ける結果であった。一方で昨年における企業の広告費配分の調査結果が今年2月に電通から発表された。この調査結果によると総額約6兆円にのぼる広告費のうち、いわゆるマスコミ4媒体(新聞・雑誌・ラジオ・テレビ)は2年連続で前年を下回り、中でもテレビ広告は対前年度比でマイナス1.2%の2兆161億円。一方、インターネットを使ったネット広告は前年度比30%増の3630億円であった。ここに2つのパラダイムシフトが示されている。1つは、今日の消費者はテレビに限らず、さまざまな媒体による広告にさらされ、意識をもって広告に接しなくなった。いわゆる広告クラッターによる現象である。たしかに1億人にリーチできるメディアはテレビ以外にないが、リーチしたところで想起してもらえないのでは効果は非常に薄い。2つ目は、ネット広告は情報を必要としている人に限定して配信でき、かつ興味を持った消費者には効果が高いというメリットがある。この投資対効果の良さに多くの企業が気づき始めたという現実である。なぜ私がこれをパラダイムシフトと呼ぶかといえば、その背景には企業が商品に合ったセグメント(消費者)を探す時代から、消費者が自分にあった商品を探す時代に変化したととらえるからである。
※広告が氾濫している状態
インターネットの特徴として消費者が必要としている情報を、能動的に意図をもってアクセスする点があげられる。この具体例として、薄型テレビを購買する場合、かつてのようにカタログだけの情報で検討するのではない。価格ドットコムなどの価格比較サイトを検索し、そこに書き込まれている「実際に買った人」からのコメントや、その商品について書かれているブログを、サーチエンジンを使って検索し「多くの人の意見」を参考にして購買を決める。このように「多くの人の意見」から生成される集合知をCGM(コンシューマー・ジェネレーティッド・メディア)と言う。現在インターネット上にあふれている集合知は、個人の体験だけではなく、製品やサービスの知識、使われている技術の解説など非常に多岐に及んでいる。カタログなどでは伝えにくい利用シーンなどが、この集合知から得られるため、質の濃い情報源となるわけだ。ブログといったWeb2.0的なプラットフォームの出現によって、これら多くの人の知恵を集積することが可能となり、バイラル(クチコミ)マーケティングを実現するメディアとして巨大な力を発揮するようになってきた。
先日、ブラウンが新製品の発表を画期的な方法で行った。アルファブロガーと呼ばれるブログを通じたオピニオンリーダーがネットの世界に存在するが、新製品の記者発表会場に数十人のアルファブロガーを招待し新製品をプレゼントしたのだ。アルファブロガーは彼らのもつブログ・コミュニティにおいて絶大な影響力を持つ。もちろん批判的な意見も排除できないであろうが、商品を持ち帰ったアルファブロガーは自身のブログにこの製品のことを書いたであろう。ブログがもつ参照される機能(トラックバック、リンクという)で、そのブログ記事がクチコミで閲覧される総数は指数関数的に増殖していく。おそらくこの新製品発表は従来のテレビCMと同等か、それ以上の告知効果を数百分の1の費用で実現したのではないかと想像する。このように、インターネットを使ったマーケティングはコストが少なく済む上にROIの測定が可能なことも大きな特長である。
インターネットの別の側面として、テレビのように一方的に届けられる広告はブロックすることが可能である。すなわちマーケティングメディアとして見た場合、インターネットは双方向の自由を有しており、かつ消費者が主導権を持っているメディアである。したがって、ネットの世界におけるメディア接触は、一方的に送りつけるプッシュ型から、許可を得ないと届けられないパーミッション型へと移行してしまった。インターネットでは、クッキーや参照履歴を活用したり、関心事項などをプロファイルに登録するなどにより、配信する広告などの内容を、そのユーザーが関心を持つと思われるものにフォーカスしたり、年齢や職業に応じたものに絞ったり、興味があると登録した内容に関連するものに絞るなどのカスタマイズが行われはじめている。インターネットを使った広告が、消費者が自分の好みや嗜好に合わせてパーソナライズできる本格的なサービスの登場は目前だと思われる。また、設定によって、広告を配信するようなポップアップウィンドウをブロックすることも可能である。一方、放送では、インターネットのようなカスタマイズはまったく行われず、すべての視聴者に同じコマーシャルが送られている。
では、この二つのメディアが融合すると言われている「放送通信融合」の時代では、一体どうなるのだろうか。
「放送通信の融合」とは、簡単に言えばテレビにインターネットがつながることをイメージすれば良い。別の言い方をすればテレビが見られるパソコンと、ネットにつながるテレビの区別がなくなることかもしれない。従来の電話機は電話線がつながっているが、インターネット電話機はネットワークケーブルがつながっている。同様に従来のテレビはアンテナが接続されているが、アンテナではなくネットワークケーブルがつながるわけだ。これはどんな世界だろうか…。前述のようにユーザーがプロファイルを設定しておけば不要なテレビCMがブロックされるなど、現在のインターネット上であたり前に起きていることが可能になる。もう一方で、個人や企業がまるで放送局と同じように自分で作った動画を、あたかも番組のようにネット上に送出することも可能になる。このような現象はYouTubeなどに代表されるサイト上ですでに起きている変化であり、ネット上の膨大な数の映像コンテンツを、パソコンではなくてテレビを使って視聴する姿が放送通信融合の別の見方かもしれない。このような放送通信融合時代では、現在の放送チャンネルのように電波の帯域からの制約がなくなるため、無限大のチャンネルが生まれることを意味する。したがって、放送通信融合は単に放送事業と通信事業が融合するだけではなく、コンテンツの数や量、生放送といった時間的制約からの開放、放送側・受信側といった区分けがなくなるなどさまざまな変化が起きる。かつ、これはテレビ・新聞・雑誌・ネットとは異なった新しいメディアが生まれることを意味する。
次に放送通信融合をメディアとしての観点から見てみよう。インターネットの特徴は双方向に自由に情報が伝達されることである。テレビにインターネットがつながることは、テレビ視聴に関する意見や、ユーザーの好み、希望が、ネットでつながった先、つまりは最終的に放送の送り手側に伝わるということになる。今でも、選挙報道やクイズ番組などにおいて、番組の中でユーザーからの電話やFAXによるフィードバックを受け取り、番組の進行に活かしたり、賞品を出したりしているものがある。ご覧になった方も多いかと思うが、日立製作所が長年スポンサーをしている「世界ふしぎ発見!」というクイズ番組では、解答の選択肢ごとに電話番号が表示され、視聴者が自分で選んだ解答に電話をかけるという試みが行われている。正解が一致した視聴者に抽選で賞品が当たる仕組みだ。この番組の視聴率と掛かってきた電話の総数を調べて見たら、このようなフィードバックを行っている視聴者の割合は、筆者の想像を遥かに超えて多かった。インターネットとの融合により、これまで以上に、より自由に、より簡単にこのような双方向の情報交換が可能となるのである。これは何を意味しているだろうか。テレビの視聴者は、自分が見聞きする番組に対して意見を述べたり、クイズに答えたり、コマーシャルを自由に選別、選択できるようになるということなのだ。極論すれば、視聴者は、手間をかけずに見たい番組やコマーシャルを選択できるようになる。また、視聴者の許し(パーミッション)がない限り、どのようなコマーシャルも視聴者のもとに届かないことになる。コマーシャルを送る側にとって、これはまさに大変な事態である。画一的な「一般」を対象とするマスマーケティングから、究極の1to1マーケティングへと一気に移行するのだから。送り手側は、きわめて重大な戦略転換を迫られているのである。
さて、このような新しいメディアが登場した時に、企業はどんな新しい取り組みをしなくてはならないだろうか。まずこの新しいメディアは現在のインターネット同様CGMといった性質を持っている。ブログやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)といった既存のCGMプラットフォームで発信されるクチコミ(バイラルマーケティング)は見逃せない威力を帯びてきている。しかし、放送通信融合によって生まれるメディアから発信される消費者の「体験」の共有は、ブランドの好感度や購買行動に大きな影響を持つと想定できる。また従来のテレビといったメディアは送り手側(企業)のブランドに配慮した情報発信を可能にしているが、CGM的メディアは企業だけではなくユーザーも情報発信ができる。つまり新しいメディアにおいて批判的な意見は排除できない。ここが従来のメディアと新しいメディアの決定的な相違点である。しかし、これは視点を変えると、ここには企業にとって大きなビジネスチャンスがあるはずである。冒頭に述べたように広告クラッター現象には、送り手側の都合でまとめられた「良いことだらけ」のメッセージはユーザーが100%信用しなくなったという背景がある。一方で多くの人の集合知であるCGMには一定のマイナス意見があるため、そのことが逆にCGMを「信憑性のある」情報として受け止められるプラス側面がある。
この力学を理解した上で、企業が取るべき戦略は『消費者によって構成された独自のメディアを創る』ことだろうと筆者は想定する。この新しいメディアの使い方は単にインフラを作って終わりではなく、そこを訪れるユーザーと対話しながら、コミュニティルールやシステムを改善しつつ、利用者にとって快適な環境を提供しつづけなくてはならない。ここに企業の独自性が求められるが、成功すれば消費者から見た企業のブランド好感度を高める推進力になっていく。かつメディアである以上、スケールメリットを追求する必要があるが、これはこのメディアを構成している利用者の数を増殖させることを意味する。そのポイントはネットワークの外部依存性をフルに活用する戦略である。ネットワーク外部依存性とは参加者が増えるほど蓄積されるコンテンツが広がるため、そのネットワークの利便性やサービスの価値が向上することをあらわす。情報を発信したい側は、多くの人に自分のメッセージを見てもらいたい、一方で情報を受ける側は自分が欲する情報に簡単にアクセスしたいという欲求がある。大事なことはこの発信したい側も受けたい側も、企業と消費者の両方であるという点である。この両者の目的のマッチング度合いが高ければ高いほど、両者のモチベーションが上がり利用者が増殖していく。結果、巨大な自社のメディアが構築できるわけだ。
実のところ、現時点での放送通信融合に関する議論は通信事業者、放送局、情報サービス事業者など、当事者の都合だけで活発に行われており、ユーザー価値の観点からの議論が欠如していることが筆者は残念でならない。このことが放送通信融合という大きな構造変化を見えにくくしているとともに、このビジネスチャンスに向け企業がとるべき対応に混乱を与えている。しかし、この新しいメディアが登場する時代に向けて経営者が『今』取り組まなくてはいけない点は明確だ。それはSNSやブログなどインターネットを使った新しいマーケティングの取り組みを、勇気をもって始めることである。ネットを駆使したマーケティングに慣れておかないと、放送通信融合によって生まれる世界で大きな遅れを取ることになりかねない。ブラウンのアルファブロガーのケースに示されるよう、ネットを使ったマーケティングはテレビといった従来のメディアと比較して圧倒的にコストがかからない世界である。まずは自社のマーケティング費用の配分と、そのROIを見直すことをお勧めする。それが放送通信融合へ向けた準備の第一歩である。

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1965年静岡生まれ。
大学卒業後、イーストマン・コダック社に入社。
その後、米国にて大学院に進みMBAを取得。
1992年、KPMG Peat Marwick監査法人ニューヨーク事務所に入社。
監査・税務業務・経営コンサルティングに従事。
1997年、同社日本事務所開設にあたり帰国。
大手ハンバーガーチェーン経営戦略本部を経て、現在日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。
趣味は外洋ヨットレース。プライベートな時間は駿河湾にて外洋ヨットのクルーを楽しむ。
第三回:
第二回
放送通信融合