キーワードで読む経営塾
先日の新潟を襲った地震により、ある自動車部品メーカーの製造ラインと共に日本のほぼ全ての自動車メーカーの生産ラインが止まってしまった。このニュースはまだ記憶に新しい。日本は有数の地震国であると同時に、エアバスやボーイングに使われている特殊なボルトなど、高度な技術を持ち、さまざまな工業製品の要となる製品を製造する企業が日本中に点在している。また各種業界の主要部品を、技術的に独占している、かつグローバルなサプライチェーンの要所を担っている企業が多数存在する。例えばiPodTM(※2)の裏側の金属パネルを作れるのは特別な技術やノウハウを持つほんの一握りの会社である。今回の新潟の大地震から僅か数日で生産に復帰できた秘密が事業継続マネジメント(BCM)である。今回は「BCM」というキーワードを元に、企業のリジリエンシー(復元力)について考えてみよう。
※1 BCM:Business Continuity Management
※2 iPodは、米国及びその他の国々で登録されたApple Computer, Inc.の商標または登録商標です。
米中部にアルバカーキという小さな街がある。今から7年ほど前のある日、この街にあるA社の工場に雷が落ち半導体の生産ラインで火事が発生した。火は消防隊が到着するより早く従業員に消火されたほどの小さな火事であったのだが、実はこの火事は半導体の生産工場であるクリーンルームで発生したのである。半導体工場のクリーンルームはご存知の方も多いと思うが、1立方メートルあたりミクロン単位のチリが存在しない空間である。小さな火事とはいえ、これは半導体の生産設備には致命的なダメージであった。シリコンのインゴット(塊)からウエーハ(シリコンの薄い円板)が作られ、ウエーハからは数百のチップが作られる。この工場は携帯電話のチップを生産していたのだが、火事によって膨大な数の携帯電話用ICが仕損品にった。この火事によって、ある携帯電話メーカー2 社が数奇な運命をたどることになる。
A社は同工場の主要顧客であるB社とC社にすぐに連絡を取った。状況の説明と復旧には1週間程度かかる見通しという第一報であった。グローバルサプライチェーンにとって1週間程度の遅れはたいしたことではない。しかしB社のサプライチェーンの責任者は、念のため状況を同社の危機管理責任者に報告したのである。同社はこの調達ルートにフラグを立てモニターを徹底した。後日B社の懸念は現実のものとなる。半導体のラインの復旧および生産の遅れを取り戻すには数カ月かかる可能性がでてきたのである。これはB社が予定していた新型の携帯電話数百万台分(年間生産量の5%)に影響がでると想定した。B社は直ちに役員を含む特別チームを編成し、代替品の調査と発注、またA社の他の工場での余剰生産能力を使った増産の手を打ったのである。これによりB社の携帯電話は大幅な遅延もなく生産・発売された。
一方、C社は異なる対応だった。小規模な火災であったこと、また1週間程度の遅れという当初の見通しから特別対応をとることはなかったのである。後日、C社が事態の深刻さに気がついたときには手遅れであった。ライバルであるB社がA社の余剰生産ラインを押さえた後であり、かつC社は代替品を調達できるサプライヤーを持っていなかったのである。ICが途絶えたことにより、最新機種の投入が遅れ、C社の携帯電話事業の損失は 23億4000万ドルに及んだ。最終的にC社はD社との合併に至ったのである。
外圧に対して変形した状態が元に戻る復元力のことをリジリエンシーというが、障害に対する事業の強さである「リジリエンシー」を強化することが事業継続マネジメントの目的である。今回のキーワードである事業継続マネジメントは2つの概念で構成されている。一つ目は事業継続の計画(BCP)であり、これは潜在的なリスクから発生する事業損失への影響を認識し、不慮の事態が発生した場合の事業継続に関する具体的なアクションプランを策定し、計画を立案することである。二つ目が事業継続の管理(BCM)であるが、これは潜在リスクが発生した際に事業への悪影響を最小化するための管理フレームワークである。この2つを事業戦略に組み込むことにより障害に対するリジリエンシーの強さを発揮させる経営が事業継続マネジメントのポイントである。どんな会社でも緊急時対応計画などが存在すると思うが、これらの計画と事業継続マネジメントが異なる点は、潜在的なリスクを体系的に整理し、その影響度から一定の優先度が高いリスクに包括的に対応策をまとめる点、および重要度の高い活動に的を絞って計画することである。モンテカルロ法(※3)といった統計分析を基本としてリスク発生度合いを測ったりするが、事業への影響はその潜在リスクが発生した際に「どの程度P/Lにインパクトを与えるか?」という視点で考える。
事業継続マネジメントと聞いて、全てのリスクを洗い出してプランを作成すると考えてはいけない。そのようなアプローチは膨大なコストと時間を労する。むしろ効果的な適用はビジネスモデルを構成する重要な要素を事業継続マネジメントという手法で評価しなおすアプローチであると筆者は考える。その中でもサプライチェーンは最も評価に適したテーマである。
※3 シミュレーションや数値計算を乱数を用いて行う手法
現在サプライチェーンはますますグローバル化している。たとえばパソコンのCPUはシリコンのインゴットから完成品になるまでに地球を1周以上は旅している。生産事業者だけではなく、運輸、倉庫、流通、販売等さまざまな企業がその連鎖をつないでおり、複雑性と脆弱性をはらんでいる。かつ地球規模のマーケットに直結している企業活動は、厳しい競争環境から徹底したサプライチェーンのコスト抑制が図られており、かつ徹底した無駄の排除が組み込まれている。その連鎖の一部が切れただけで多大な影響が波及する脆弱性を持っているのである。
では、リジリエンシーに目を向けたとき、サプライチェーンの脆弱性を強化するにはどうすればよいか?そのコツは柔軟性の組み込みである。といってもサプライチェーン上の全てのポイントに柔軟性を持たせたのでは、事業の強みを支えるサプライチェーンを機能不全にしてしまう。通常サプライチェーンには、事業継続性への重要度から見た場合、必ず1カ所もしくは数カ所の改善点があるはずである。この改善点を事業継続マネジメントの手法を使って洗い出し、ピンポイントで柔軟性や冗長性を取り入れるべきである。特にハイテク産業とアパレル産業に代表されるような需要の変動が不規則で変動幅が大きい業種はサプライチェーン途絶のインパクトが大きい。このような産業では小さなサプライチェーンの中断による供給の減少が、結果的に大きな需給バランスの乖離となるため、特に対策が必要だ。例えば、製品は可能な限りユーザースペックに合わせたカスタム品とするのではなく、他の用途の余剰品が使えるようにしたり、汎用的な部品やモジュールの製品を開発する。あるいは同じ部品や特別な部品を複数の完成品に使えるようにする、数量の変動や納期変更などある程度幅を持たせた調達契約を結ぶなどである。
現代の競争の激しい市場でグローバルに勝ち残っている企業は強いリジリエンシーを持っている。新潟の地震では普段はライバル会社である各自動車メーカーが協力して復旧を行った。筆者が想像するに、その復旧の手順には具体的なマニュアルはなかったのではないか。しかし、震災によって倒れた工場の機器を見て、担当者同士が、その場で創造力を発揮し、的確な判断を下して僅か数日で復旧させたことは、日本の製造業が持っている「現場力」の素晴らしさである。今回の復旧劇は結果としては成功事例だったと思える。しかしこの事態が海外で起きていたらどうだっただろうか?現場力は通用しないかもしれない。グローバルな視点から事業継続マネジメントという視点でサプライチェーンについて評価してみることをお勧めする。

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1965年静岡生まれ。
大学卒業後、イーストマン・コダック社に入社。
その後、米国にて大学院に進みMBAを取得。
1992年、KPMG Peat Marwick監査法人ニューヨーク事務所に入社。
監査・税務業務・経営コンサルティングに従事。
1997年、同社日本事務所開設にあたり帰国。
大手ハンバーガーチェーン経営戦略本部を経て、現在日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。
趣味は外洋ヨットレース。プライベートな時間は駿河湾にて外洋ヨットのクルーを楽しむ。
第三回
事業継続マネジメント (BCM)
第二回: