キーワードで読む経営塾

第四回:
TCO(Total Cost of Ownership)
経営が求める攻めのIT投資と変革プロセスを併せて解説する。

『CEOは、道具としてのコンピュータの使い方を決めるのは自分だと言うことを知らなければならない。与えられた情報に対して責任を果たさなければならない。CEOとしてどのような情報を持たなければならないか。だれから手に入れなければならないか。どのような形で手に入れなければならないか。それはいつか。どのような情報を与えなければならないか。だれに与えなければならないか。どのような形なのか。そしてそれはいつか、を問い続けなければならない。残念ながらCEOのほとんどが、これらのことを考えるのはCIOだと思っている。そのようなことはこれからは通用しない。』とP・F・ドラッカーは言った。ITは金食い虫だと感じる経営者は多い。一方で情報システムのコスト削減や人的リソースの確保に躍起になっているCIOも多い。この両者のコントラストを TCOというキーワードを使って考察してみよう。

IT投資の本質的課題

2007年にガートナーが行ったCEOサーベイには、IT投資における重点項目の実態に日米の差がはっきりと現れている。「顧客満足度の向上」「競争優位の確保」「新規顧客の獲得」といった攻めのIT投資項目が米国では高く、逆に「業務プロセスの効率化」や「業務コストの削減」などの守りのIT投資項目が日本では高い実態が示されている。冒頭のP・F・ドラッカーの言葉にあてはめてみると、例えば「顧客満足度の向上のためにCEOはどのような情報を持たなければならないか。それはどのような形か、またその情報を社内のだれに与え、組織として何を実行しなければならないのか」となるが、ITを経営に効果的に活用するには、この例のような攻めのIT投資を戦略的かつ積極的に行わなくてはならない。もちろん日本の企業がまったく戦略的な投資を試みていないわけではないが、ITによる企業革新に頓挫(とんざ)するケースが後を絶たないことも事実である。その失敗の構造には上流工程から経営戦略とIT革新を一体化できない、または一体化した構想を描くがきれいごとのレベルに終わってしまう、企画の観点からはIT施策中心の検討になり、経営施策や業務施策の深堀りが足りないなどの原因があげられる。また、同調査によると日本企業のCIOが取り組まなくてはいけないと感じている経営課題は「企業競争力(純利益)の強化」や「顧客関係の強化・維持・拡張」などが上位を占めている。これはCIOが取り組むべき経営課題を理解し、かつ把握していることを表しているが、情報システム部門が現実に取り組んでいる内容は、システム運用コストの削減や、情報システム部門の要員確保である。すなわち、IT部門の多くはシステムの運用管理や、そのための人員確保に追われており、戦略的な取り組みに手がついていないのが現実である。なぜ日本企業の多くが、このような事態になっているのか。戦略的なIT投資を阻む最大の元凶がTCO(Total Cost of Ownership)の大部分を占める固定的IT支出の構造である。

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日本企業のIT支出構造の問題点

図1をご覧いただきたい。日本企業のIT支出額のうち「戦略的IT投資」と「固定的IT支出」の割合を見ると、固定的IT支出の割合が78%も占めている。対してグローバルの標準はおよそ50%前後である。ここで言う「戦略的IT投資」は収益率の向上や業務効率の向上のためのIT投資であり、「固定的IT支出」はシステムの改定、ハード・ソフトの保守、システムの運用維持など経営的には価値を生み出さない支出である。同じIT予算をもつ2つの企業があったと仮定して、一方はその予算の5割で将来の利益につながる投資を継続する。もう一方は2割しかIT投資が行えないとすれば、TCOが高い企業は競争優位性を失っていく。ITと経営がこれだけ密接になった現代において、高いTCO比率は経営リスクと表裏一体なのである。もう一つ考慮しなくてはいけない点は、TCOは放置すれば増大することである。メンテナンスの容易性を失った情報システムは、時間がたつほどに保守や運用が困難になり、かつアプリケーションのバージョンを上げる作業などにより多くの支出を強いるようになる。時間とともに運用が複雑化するシステムは、比例して多くの情報システム要員を必要とする。前述のようにIT部門の要員確保や育成に躍起になっているCIOが多いのはこの表れである。また筆者の経験則から言えば、80%のTCO構造は運命の分かれ道の比率である。おおむね80%前後の固定的IT支出構造をもつ企業は、対策を打たない場合2~3年後にはその割合が90%超に急激に増加する。9割を超えてインフラ維持コストを捻出せざるを得ない状況になったITシステムの支出構造を劇的に改革することは非常に難しくなる。

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IT支出構造の改革が急務

なぜ日本企業のIT支出構造はこのような高いTCOスパイラルに陥ってしまったのだろうか。80年代までは多くの企業の情報システムはメインフレームを中心とした構造であった。単一のメインフレームの上に複数のアプリケーションが乗っている構造はある意味、保守運用がシンプルであった。しかし90年代に入りオープンシステム化の潮流となり、情報システム全体が従来のメインフレームを残したまま分散化してしまったことが一因としてあげられる。すなわちメインフレームを残しつつ新しいシステムが乱立してしまったのである。オープン系のシステムはサーバごとにアプリケーションが乗っている構造である。ゆえにアプリケーションの数だけ異なるサーバが存在するようなケースでは保守運用も多様化する。加えてメインフレームとオープンシステムという異なるITアーキテクチャが混在することは、情報システム部門の役割や要求されるスキルを分散化してしまう。結果として高い運用コストにつながるのである。

では、図2に示される概念図のようにIT支出構造を変革するにはどうすればよいかを考察してみよう。既存ITの固定費と戦略に対する開発生産性の二軸でIT投資を整理すると、転換への道のりは図3に示される3ステップをたどる。

ステップ1: 現行IT固定費削減による戦略投資の原資の確保

最初のステップのねらいは多額の固定費が定常的に必要な状態から脱却し、戦略的な投資に必要な原資を確保することである。固定費肥大化の主な要因として、現行ホストの高額なアウトソース費(保守・運用)、機能が重複した複数システムの保守・運用コスト、現行業務に不適合なITを使う故に発生する手戻りコストといった課題が見つかるはずである。よって、まず支出の内訳を可視化し、真の原因を特定、固定費削減に最も効果的な対策を選び実施する。対策はピンポイントで他に影響が及ばないような形で行う。最初のステップで重要な点はスピードを重視することである。まずは現状業務の維持を考え、肥大化の問題解決を優先する。単純なシステム再構築は、新たな要件が入り、周辺システムにも影響が出るためスピードは必ずしも速くない。次に重要な点は企業固有の強みとなるノウハウは捨てないことである。

ステップ2: 企業固有の強みを活用できるIT基盤の整備

次のステップは戦略投資における開発コストを抑える仕組みを確立し、「継続的な戦略IT投資」に向けた体制を整えることをねらいにする。将来の変化を想定した柔軟な業務・ITアーキテクチャを導入し、既存資産や外部資産を効率よく組み合わせる共通基盤を整備する。このステップで重要な点は、変わる部分と変わらない部分を経営視点で考えることである。5年先、10年先を考え、強みとなる既存IT資産や外部資産をどのように活用すべきか、変化する部分と変わらない(変えない)部分を経営者の視点で見極め、企業のアーキテクチャに組み込む。メインフレーム(レガシー)を捨ててすべてオープン系に移行すべきだと早とちりする必要はない。前述のように企業固有の強みとなる「システムの機能」がメインフレームにあるのであれば捨てる必要はない。

今日、このようなメインフレームに組み込まれたソースコードを自動的に解析するITが進歩してきた。これはメインフレームの中にあるプログラムを機能ごとに抽出(ラッピング)することを可能にする。ラッピングされたプログラムが企業固有のノウハウであれば捨てずに再利用する。一方で特段必要としない機能がラッピングされた場合は外部IT資産を活用する方策を検討する。従来はパッケージ製品が外部IT資産の代表であったが、代替案としてSaaS(Software as a Service)と呼ばれる外部のサービスを取り込む施策も登場してきた。ページ数の関係からSaaSについては詳しく述べられないが、単純に言えばプログラムを買ってくるのではなく、プログラムが提供するサービスに対価を払って必要な情報システム機能を調達することである。効果的にTCO構造を改革するにはシステムを作り直すのではなく、再生または外部部品調達といった新しいITを組み合わせて変革をすることである。

ステップ3: 戦略的IT投資継続による、経営効果の拡大

最後に競争力をよりいっそう高めるIT投資を継続的に実現し、他社に対する競争優位を長期にわたり確保する。この好循環サイクルを既存IT資産と外部IT資産の組み合わせにより実現し、生産性と経営効果を評価し、かつ経営効果の拡大を実現する。このステップで重要な点は、経営トップは「IT=現場の業務効率化の道具」という認識を改め、「IT=イノベーションの実現を早め、優位性を獲得するための重要な経営資源」ととらえ、積極的に活用する意識を持つことである。

レーガン政権の時代に米国は「レーガノミックス」と呼ばれる経済政策により、好景気を生み出した。企業は未曾有の利益を出したにもかかわらず米国企業は労働力の削減を行った。並行して大々的なIT投資を行ったのである。従来、ヒトが行っていた付加価値を生まないプロセスを積極的にシステム化することにより、労働コストの削減をめざしたのである。この現象はBPR(Business Process Reengineering)と呼ばれ脚光を浴びた。単なるプロセス改善ではなく、都市計画のようにビジネス全体のアーキテクチャを設計した上でシステム投資に先行したことが、現在の米国の企業のTCOの低さの一因であると考えられる。今日、効率的にシステム再生を可能にする「情報技術(IT)」の完成度が高まってきた。TCOを削減する変革を、米国とは異なり「技術」を駆使して克服する。ここに日本型経営の復権に向けた一つの可能性があると筆者は考える。

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株式会社 日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長
芦邉 洋司

1965年静岡生まれ。
大学卒業後、イーストマン・コダック社に入社。
その後、米国にて大学院に進みMBAを取得。
1992年、KPMG Peat Marwick監査法人ニューヨーク事務所に入社。
監査・税務業務・経営コンサルティングに従事。
1997年、同社日本事務所開設にあたり帰国。
大手ハンバーガーチェーン経営戦略本部を経て、現在日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。
趣味は外洋ヨットレース。プライベートな時間は駿河湾にて外洋ヨットのクルーを楽しむ。

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