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米国での調査によれば、知識労働者の47%が、eメールから十分な情報を得られていない、あるいは、eメールの量に圧倒されて生産性が落ちているという。また、知識労働者の56%が、会社のイントラネットやウェブサイトで適切な情報を探すことは難しいと述べている。幾何級数的に増大するメールやウェブの情報量に対して、知識労働者はすでに限界を感じていると言えるだろう。あふれる情報の中から、必要な情報だけをいかに効率よく取り出すか。企業の中に散在する知識を、いかに柔軟に結びつけ、新たな知識を創造していくか——。多くの企業がこうした課題に直面する中で、企業内におけるWeb2.0の活用が広がり始めている。進化したウェブ技術を用いる、その知識管理・知識創造の新しい形を、筆者は「ウェブ・ナレッジ・コンバージェンス」と名づけた。知識社会において、「企業知」の持つ可能性をいかに引き出すのか。このキーワードから、前・後編にわけて考察してみよう。
欧米の企業における知識管理のシステムは、ポータルなどを活用したイントラネットベースから、ウィキやブログなどの新たなウェブ技術を活用するスタイルへと移行し始めている。背景には、冒頭で述べた情報の洪水とともに、企業活動のグローバル化にともなって分散した拠点間で、効率的・効果的なコミュニケーションを実現する必要性が高まっていることがあげられる。
市場のグローバル化、多様化もますます加速し、企業は近い将来の市場動向を予測することすら困難となっている。この環境の中で、的確な対応と経営を行っていくためには、組織の壁を越えた広範囲な社内コミュニケーションが欠かせない。市場の最前線でお客さまと直に接している社員をはじめ、あらゆる職種や広い年齢層にわたる社員の自発的なコミュニケーションを促し、部門を越えた連携を実現することは、社員一人ひとりの持つ「知」を確実に企業活動に結びつけ、持続的な改革や価値の創造を可能にする。社員のモチベーションの向上、ひいては生産性の向上にもつながると期待できる。
これらの見地から、インスタントメッセンジャー、チャット、ブログ、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)、ウィキなど、Web2.0と総称される新たなウェブ技術が企業内コミュニケーションや知識管理に取り入れられ始めた。
企業の知識管理の本質は、個々の情報や知識の活用だけでなく、それらを融合させて新たな知識を創造し、企業価値を高めることにあると筆者は考える。そのためには、企業活動に必要な情報や、企業知として蓄積されている形式知と暗黙知を効率的に管理し、組織内で共有することが欠かせない。個と個、個と組織、広く組織全体を有機的につなぐ、ウェブによるコミュニケーションスタイルが、そうした知の共有を可能にする。
あたかも脳内の神経細胞網が互いにつながり合うように、情報や知識がダイナミックに結びつき、融合する、知識管理・知識創造の新しい形。それが「ウェブ・ナレッジ・コンバージェンス(Web Knowledge Convergence)」である。
「ウェブ・ナレッジ・コンバージェンス」は、具体的な手法としてWeb2.0に代表される新しいウェブ技術を用いる。これにより、社内外に散在する知識を連携・融合し、知識管理の効率化や活用容易性の向上をめざす。ツリー(樹)構造やインデックス、ハイパーリンクのような形で情報や知識を集約・整理・共有することで、メールやデータ検索の時間を節約するだけでなく、その結果としての創造性や知的生産性の向上を可能にする。企業知の共有は、さらに、事業企画や商品企画の効率化、イノベーションの創生、知識創造へとつながっていく。
冒頭で述べたように、企業活動にともなって生じるデータ量は年々増加し、近年では増加率が年率60%とも、100%以上とも言われている。多くの企業にとって、eメールをはじめとする企業データの量とそのバックアップは、情報管理上の大きな悩みとなっている。そして、管理の難しさは、そのまま活用の難しさに直結し、知的生産性を低下させている。高度化した情報社会から、知識社会への移行が進みつつある中で、皮肉な現象である。
従来の知識管理の、何が問題なのだろうか。それは、情報や知識の構造と、それを蓄積し、活用しようとするコミュニケーションの構造との関係を意識していないことである。例えば、双方向のコミュニケーションとしてのeメールは、書き手と読み手の間での情報共有とその活用を可能にはするが、1対1もしくは少人数間でのコミュニケーションに限定される「通信型」の手段である。一方、ウェブは、原則として不特定な多人数に公開、参照されるプラットフォームであり、個人もしくは少人数で書かれた情報を多くの人が参照、共有し、活用することを可能にする「放送型」の手段である。柔軟かつ効果的な情報活用のためには、「通信型」と「放送型」の特徴を最適な形で融合、連携させる必要がある。これを実現しているのが、Web2.0の代表とされるブログやSNS、ウィキであると言える。
これらの機能を活用することにより、無形の要素を含んだ暗黙知を、文書や図表で表される形式知に変換することや、それらの知識を整理、共有、利用するなどして、新しい知識を創造することが容易に可能となるはずである。これを企業内に適用すれば、社員個人や組織の中で形式知や暗黙知として蓄えられてきた知識、すなわち「企業知」を有効活用することが可能となる。これこそが、Web2.0機能を活用するウェブ・ナレッジ・コンバージェンスが企業にもたらす最大の価値なのである。
企業知をより明確に認識して活用することは3つのS—Scale・Speed・Share—で表されるメリットを企業にもたらす。それは、イノベーションや事業アイデアの創出、経営改善、品質向上などにつながるさまざまな機会を生みだし、企業の持続的発展を後押しする、重要な知的資産となる。「企業知」の中には、新たな価値を生み出す大きな潜在力が秘められているのである。
企業における情報・知識管理の構造は、ウェブ技術の3段階の進化にともなって発展してきた。第1段階は、いわゆるWeb1.0時代からのeメールの利用である。1対1の双方向コミュニケーションがチャネル構造になっており、情報発信というよりもメッセージ伝達に近い。情報共有も効率的とは言えず、知識の伝達という点でも未成熟であり、知識の蓄積や共有、深化も実際上困難である。
第2段階は、ブログやSNSの活用である。ここからWeb2.0活用の段階に入る。ブログの登場によって、ホームページ作成などの面倒な作業は不要となった。自分が発信したい情報を簡単に公開、共有できるだけでなく、読者からのコメントの掲載、意見交換も容易に行えるようになったため、情報の公開や共有に関するモチベーションの向上にも役立つ。
また、コメントが時系列に掲載され、項目やタイトル間で相互リンクが張られることにより、知識の蓄積が始まりつつある段階と言える。しかし、個々のブログやSNSどうしの間での連携はなく、さらに同一のブログ内でも重複した情報の記述が可能であることなど、知識の効率的な集約や活用はまだ難しい。
第3段階は、やはりWeb2.0技術の一つ、ウィキと呼ばれるツールの活用である。この技術により、複数人による情報の編集が可能になり、知識の蓄積や集約、共有プロセスは大きく変化した。ブログやSNSが個人の情報発信を中心としているのに対し、ウィキは、知識そのものをプラットフォーム化し、参加者全員で蓄積した情報や知識を、やはり全員で編集、改訂し、共有化して、全員が利用できるようにするものである。知識管理の観点から考えると、ウィキは、知識の持つ相互連携性をそのままシステム化したとも言える仕組みであり、知識の集約と蓄積、共有における利便性は飛躍的に高まった。
日本では、ようやくブログやSNSを活用する企業が現れた段階であるが、米国では、すでにウィキも活用され始めている。日本におけるウェブ・ナレッジ・コンバージェンスも、今後、上述のWeb2.0技術の進化を追う形で進展していくと考えられる。
【フェーズ1】
ブログ・SNSの活用による情報の集約と共有の促進
米国では、企業におけるブログの活用が進みつつあり、その浸透率は20%以上と言われている。日本でも、5%強の企業がすでにブログやSNSを利用しており、さらにそれ以上の企業が、今後利用したいと述べている。
企業内におけるブログやSNSは、知識管理ツールとして役立ち始めている。メールには知識を共有する機能はなかったが、ブログやSNSには、みずからが発信した情報を起点としてさまざまな意見をもらい、個々のページで知識として集約、蓄積していく仕組みがある。これにより、イントラネット上での情報の集約と共有が、従来よりもはるかに迅速かつ低コストで、また、はるかに広い範囲で可能となった。これを事業アイデアの評価やそのフィードバック、開発案件での情報共有などに活用すれば、社内の知的生産性を向上させる可能性も広がる。
社員が個人的に作成しているブログについても、プレスリリースなどの公開情報を補う、マーケティングツールの一つと位置づけることもできる。また、社員が公開のブログに参加することによっても、多くのメリットが得られると考える企業もある。
さらには、社内ブログやSNSを活用することにより、企業内でのオープンイノベーションやクラウドソーシングなど、社員間のコラボレーションをベースとした価値創生も可能となるだろう。
【フェーズ2】
ウィキツールの活用による知識の集約化
ウィキの環境を提供するソフトウェアのことを「ウィキツール」と言う。このツールと運営するシステム、そして、これらによって作り上げられたコンテンツ群全体を称してウィキと呼ぶこともある。
ウィキツールは、これまで別々の「塀で囲まれた庭」に保存されていた異種の情報を単純で作成が容易な参照ページに統合する。すでにページが作成されている場合でも、新たな情報があれば、それを付加していくことにより、情報の質を高め、知識として蓄積することが可能となる。さらに、ページ間の参照と相互リンクの増加によって、ナビゲーションと検索が容易になり、知識労働者が関連情報の検索に費やす時間を節約でき、コスト削減にもつながっている。
企業内での活用では、プロジェクトごとの関連情報の共有と蓄積や、企業内に分散して保有されているさまざまなノウハウ、隠れた知識の集約に役立てることが可能である。
もちろん、ウィキツールのみを用いればよいというわけではない。ウィキを軸に知識を集約化するとともに、eメール、ブログ、SNSなども、目的に応じて組み合わせて利用すると、より効果的な知識管理が実現できる。知識の共有量を拡大しつつ、それらを総合的に活用することによって、知識管理の効率化と創造性の拡大が可能となるのである。
ここまで、ウェブ・ナレッジ・コンバージェンスの概念とその進展について述べてきた。次号の後編では、この概念の下で知識管理・知識創造の実現をめざして動き始めている、最前線の取り組みを紹介したい。

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1965年静岡生まれ。
大学卒業後、イーストマン・コダック社に入社。
その後、米国にて大学院に進みMBAを取得。
1992年、KPMG Peat Marwick監査法人ニューヨーク事務所に入社。
監査・税務業務・経営コンサルティングに従事。
1997年、同社日本事務所開設にあたり帰国。
大手ハンバーガーチェーン経営戦略本部を経て、現在日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。
趣味は外洋ヨットレース。プライベートな時間は駿河湾にて外洋ヨットのクルーを楽しむ。
第六回
Web Knowledge Convergence(前編)
第三回:
第二回: