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株式会社 日立コンサルティング

2011年3月の東日本大震災以降、各自治体では復興に向けた取組みが着々と進められています。

復興に関わる検討においては「スマートシティ」の導入が注目されています。しかしながら、新聞等のメディアをにぎわす復興の「スマートシティ」は、本来必要とされるべき復興の姿から距離感のある取組みであるといわざるを得ません。

日立コンサルティングでは、震災復興について下降線をたどる地域経済を復活させるまたとない機会と捉え、協業関係にあるグローバル企業や同じ問題意識を持つ企業と共に、「成長する復興」をめざす自治体を後押ししていきます。

世界が変わった日 —3.11東日本大震災—

2011年3月11日14時46分、日本を戦後最大の災害が襲いました。三陸沖の海底約24kmを震源とするマグニチュードは9.0(国内の観測史上最大規模)の地震が発生、この地震により、場所によっては波高10m以上、最大遡上高40m以上となる大津波が発生し主に東北地方を中心とした沿岸部に甚大な被害をもたらしました。さらに、この大津波を発端とした福島第一原子力発電所の水素爆発や炉心溶解を始めとする一連の事故はチェルノブイリ以来とされる史上最悪レベルの原発事故になりました。これら災害により約1万5千人の尊い人命が失われ、現在でも多くの被災者が避難生活を強いられています。

復興に向けた議論のはじまり

津波被害を受けた東北沿岸部において、災害を受けた当初は破壊された住居など建築物の残骸が積みあがり、漁船やタンカー、観光船などが陸地に打ち上げられ、農地は水没するなどの悲惨な状況でした。しかしながら、自治体と自衛隊、ボランティア等の懸命な努力により、驚くほどのスピードでがれきが片付けられ、被害の少ない地域では災害前に近い生活を取り戻すことができました。

一方で、がれきが片付けられた被災地はその一面が広大な更地になり、改めて復興に向けた道のりの険しさや長さを感じる事となりました。行政や企業の間でも、がれきの片付きはじめた2011年4-5月あたりから、本格的な復興に向けた議論が盛んに行なわれるようになりました。

「スマートシティ」に対する誤解

被災地の復興方法として注目を集めるようになったのは「スマートシティ」というキーワードでした。原発事故等の影響により首都圏では電力需要が逼迫して輪番停電や国を挙げた節電が行なわれる中、再生可能エネルギーを活用して電力の融通を図り、災害に強い街をつくろう、というものです。

折しも社会インフラ技術のパッケージ型輸出を国策とする行政は、被災地の復興に「スマートシティ」を導入する活動を後押ししています。また多くの企業は、スマートグリッドの技術や再生可能エネルギーの発電装置、またそれらをコントロールするITシステムなどをスマートシティに欠かせない要素として、国や自治体に対する営業活動に力を入れています。

さて、復興を取り巻く「スマートシティ」においては、2つの誤解があるのではないかと考えます。

1つは、「スマートシティ=電力インフラ」だけではないことです。国内では「スマートシティ」と言うと太陽光パネルや蓄電池、電気自動車を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかしながら電力インフラは街を構成する社会インフラの1要素に過ぎません。現代生活を行なう上で上下水道やガス、通信網、道路や鉄道などのインフラも重要ですし、人の生活に関わる公共的な基盤を「社会インフラ」と呼ぶ場合に、例えば図書館などの公共施設や公園なども含まれます。本当に意味のある「スマートシティ」導入が実現していくために、電力に関係のない部分も含めた社会インフラ全体を対象にした検討が行なわれることが望まれます。

ふたつめは、「復興=スマートシティ」だけではないことです。「スマートシティ」がコンセプトとして掲げる災害に強くて低炭素な社会インフラはそこで生活する人々にとって利益を享受できるものであり、東北沿岸部か否かを問わず将来的には全世界的に拡大していくべきものでしょう。

その一方で、バブル経済の崩壊から20年以上を経て日本は国全体が下降局面を迎えています。地方では、多くの地域で経済成長の鈍化や人口の流出、限界集落化が叫ばれています。そのような状況において、今回の震災復興における街づくりを「地域経済を持続可能な成長に導くまたとない機会」として捉えることが出来るのではないでしょうか?東北の復興を成長のモデルケースとして、全国へ拡大させていくことは将来にとって非常に意味のあることではないでしょうか。

そうした場合に、「スマートシティ」だけではない復興のあるべき姿が見えてくるはずです。