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株式会社 日立コンサルティング

共想する未来
〜地方創生:ローカルな課題解決に奔走する地域の現場にて〜

河野 麻衣子 (こうの まいこ)
株式会社 日立コンサルティング マネージャー

前回のコラムからだいぶ日が経ってしまいましたが、今回も会社と離れたところでの活動のお話です。
前回は有給休暇を利用して世界中の仲間と共に世界の未来について議論した体験について書きましたが、今回はなんと会社を「休職」して、がっつりと日本の地域の現場に関わってきました。これも、私が日ごろ意識している「現場感」を大切にしながらコンサルティングをしていきたいという意識から来た行動です。

バルコニーからダンスホールへ降りていく

以前通っていた社会人塾で、バルコニーとダンスホールを行き来することの重要性を教わりました。「ダンスホール」はもちろんみんなが踊っている現場の一線のことで、「バルコニー」とはそのダンスホール全体を見渡せる高い位置のことです。つまり、現場の最前線の視点と、全体を俯瞰する鳥の目の両方を使い分けることが重要なのだと。
(もともとの概念は、ハーバード・ケネディスクール教授ロナルド・ハイフェッツのリーダーシップ論からきています。)

私は普段コンサルティング会社のダンスホールで踊っている(踊らされている?)わけですが、この「ダンスホール」と「バルコニー」の構造も入れ子になっていて、コンサルタントは顧客の現場(ダンスホール)を一歩引いた位置(バルコニー)から分析し、事業戦略や企画を立てていきます。
そしてバルコニーからいくら戦略を叫んでもダンスホールにいる人々には伝わらず、彼らの踊りをワルツからタンゴに切り替える事ができないことも多々あります(クラシック音楽好きなので、例えが古いところは悪しからず。)。それは企業戦略だけではなくまちづくり等の案件でも同じことで、これまで復興戦略やスマートシティ戦略等を手がけてきましたが、なかなか実際の現場を動かすことは難しいものです。コンサルティングの案件としては情報を整理し、的確に分析し、戦略を作って顧客に提示するところまでが仕事だと考える人もいますが、私はダンスパーティーをスタートさせられないコンサルタントはバルコニーにいる価値はないと思っています。そんなもどかしさもあり、私は今回ダンスホールで思いっきり踊ってみることで、現場を動かす力学を体感したいと思ったのです。

ダンスホールの“熱気”

2015年10月から2016年2月半ばまでの約4ヶ月半、私は会社を休職して地域活性化や地域ブランド化に成功している先駆者のもとでOJTを受けられる中小企業庁の事業、
「ふるさとプロデューサー育成支援事業」に研修生として参加しました。 私が派遣されたのは石川県七尾市のまちづくり会社、(株)御祓川。御祓川は全国でもめずらしい民間のまちづくり会社で、地元の有志や企業の方々が株主となり、まちのためになる事業を展開している会社です。自分へのリターンを目的とした投資ではなく、まちへのリターンがある事業を実施するという社会的意義が認められ、地域の人の出資により成り立っている株式会社。設立から16年以上の歴史があるので今流行りの「ソーシャル」という事は敢えて謳っていませんが、なんとも先進的な「社会起業」のビジネスモデルだと思いました。

私はここのスタッフとして名刺を持たせてもらい、着地型観光事業のプログラム開発や地元のステークホルダーを巻き込んだワークショップの開催等をメインに担当しました。正社員4名程度の小さな会社なので、とにかくみんなでなんでもやります。事業企画や事業推進はもちろん、オフィスの掃除も備品の購入も社員みんなの役目。そして私が住んだところは社員や他の学生インターンと一緒のシェアハウス。私が参加した月はちょうど新しいコミュニティ大学である御祓川大学を立ち上げた月であり、オフィスもそれに伴って移転したので新オフィスの大掃除から壁のペンキ塗り、引越しの家具運びまでやり、最初の一か月はほぼ力仕事だった気がします。
この能登半島の「ダンスホール」はとにかく熱気に溢れていました。(踊りのペースは東京に比してだいぶゆっくりでしたが。)誰もが目標に向かって毎日文字通り汗をかいている現場にいきなり飛び込んだ事で、「鳥の目」などと考えていられない状況になりましたが、それはまさに私が望んだことでした。
御祓川の社長やそのご家族をはじめ、社員、顧客、地域の方々等、皆が自分の生まれ育った土地を愛し、この土地に惚れ込んで移住してきた方々も含めてまさに「自分ごと」として熱い志を持って仕事をしていました。

反対意見にも耳を傾ける

熱い人々に囲まれて現場の仕事をする一方、当初はとにかく地域の方々に顔を覚えてもらうために商店街や事業者さんたちにヒアリングに行き、話を聞いて回りました。とにかく反対意見も含めて話しを聞くこと。考えが異なる人の意見でも、最終的に物事を動かす時には重要なインプットとなるだろうと感じていたからです。これは以前力を入れていた仕事で、最終的に現場を動かすことができなかった苦い経験に基づいています。
当時の私はまだ若く、戦略を作るにあたって地域の人や周囲の意見をもっと聞いて回るべきではないかという疑問は持っていたものの、クライアント・カウンターパートさへしっかりと捕まえておけばそれ以外の反対意見は邪魔にしかならない、という上司の意見にはっきりとノーと言えなかった。その結果、戦略を実行するという段階になってクライアントも思ってもいなかった反対派が多数現れ、結局それ以上プロジェクトを前に進めることができなくなってしまったのです。
今思うと、足繁く通っていたとはいえ、やはり地域の現場を良く知りもしないコンサルタントが一部の人と作り上げた戦略や企画には血が通っておらず、たとえプロジェクトを進められていたとしても、現場の人々を熱く突き動かすことはできなかったであろうと思います。
だからこそ、今回は最初から多くの人に話を聞き、私たちがやろうとしている事に対する反対意見にも耳を傾け、それを踏まえた上で前に進めること。そして、多くの人を巻き込んで地域の方々が「自分たちのつくったものだ」と思えるような企画の作り方をすること。そうでありつつ、いざとなったら自分がやる、というくらいの覚悟で取組もうと考えていました。
結果としてもちろん多くの反対意見も見聞きました。怒鳴られたこともありました。でも、それらは全てその土地を愛し、自らの信念があるからこその反対意見であり、「無関心」よりよっぽど意味のある反応なのです。心に残っているのは、私に対して相当警戒心があって怒鳴っていた方が、それでも何度か顔を出していたところ、東京に戻る前にご挨拶に行った際に「厳しいことばかり言って本当にごめんね。でもいつも笑顔で話を聞いてくれてありがとう」とおっしゃってくださったこと。目指す道が完全に一致していなかったとしても、粘り強く会話をしていけば少しずつでもお互いを理解することが可能なのだと改めて感じた地域の現場でした。これは、やはり東京のオフィスを飛び出してみたからこそ得られた経験でした。

次回は、この4ヶ月半で私が実践したことと、今後の「地域創生」(あくまで括弧つき)のあり方について思うところをご紹介したいと思います。

本コラム執筆コンサルタント本コラムへの感想などはこちらから

河野 麻衣子 (こうの まいこ)
株式会社 日立コンサルティング マネージャー

物体としての「売り物」を持たないコンサルタントという職種は自分たちの頭で考えたアイデアや情報を整理して見せ、ステークホルダーに納得して動いてもらうことが仕事になるため、ともすれば一日中パソコンと睨めっこして説得のための資料作成に膨大な時間を費やすことも多くなります。しかし毎日同じように、オフィスでうんうんと一人頭を悩ませていてもなかなか良いアイデアは浮かびません。自分の枠から飛び出して物事を考え出すためには社内外の様々な考えを持った人との交流や議論の場を積極的に持ち、常に自分の頭を柔軟にしておくことが大切だと思います。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。