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株式会社 日立コンサルティング

共想する未来
〜バルコニーから地域にどう関わるか〜

河野 麻衣子 (こうの まいこ)
株式会社 日立コンサルティング マネージャー

地域を動かすのに重要なのは“熱意”

今回は前回(第2回)ご紹介した石川県能登半島での活動の総括と、今後日立コンサルティングで地方創生に取組む際の私の想いについてお伝えします。

この段落につけたタイトルは、コンサルチックに言うと「地域創生のキー・サクセス・ファクターはパッションである」とでもなるでしょうか(笑)。地域の現場ではカタカナ用語を出来るだけ使わないように意識はしていたつもりですが、能登に行った当初は地元の人向けのワークショップ開催の後、「難しい言葉を使いすぎ。標準語で早口で難しいことをまくしたてられても、地元の人には何も伝わらないよ」と厳しくもありがたいアドバイスをもらったりしていました。そんな手探り状態で始まったプロジェクトでしたが、最終的には皆さんに暖かい言葉をかけてもらい、多くの助けを得ながら自分が担当したワークショップは無事成功し、観光事業も事業化に向けて動き始めています。私は現在は一旦東京という「バルコニー」に戻ってきましたが(ここから地域を俯瞰できるというのは幻想だとは思いますが、それはさておき)、研修終了後も能登の「ダンスフロア」と行き来することで事業化を進めていくつもりです。

この4ヶ月強の能登半島での活動で私が実践・体験させてもらったことを振り返ってみると、以下のようになります。

  1. 地域に入り込み、とにかく会話をすることで私という人間を知ってもらい、信頼してもらう(同時に地域の人間関係を把握する)
  2. 一緒に実現したいことは何か、最終目標をすり合わせる
  3. 実現したいことのために必要な情報を徹底的に調査する。
    他地域への視察等も積極的に行う
  4. 動かすためのキーパーソンを把握する
  5. 最後はとにかく「熱意」(と、キーパーソンにつながる政治力←これ、かなり重要)

(1)〜(3)は私が意識して行ったこと。特に、(1)は重要だと最初から思っていました。当初面食らったことには、「東京から有名大学出身で大企業に勤めている女性コンサルタントが来る」という前評判が地元で立っており、挨拶する人する人に「お話は聞いています」と恐縮したような感じで言われたのです。「コンサルタント」というだけで毛嫌いする人も世の中には多いことを知っていますし、逆にコンサルタントを「スーパーマン」のように思って過剰な期待をする人がいることも知っています。でも、自分のことは自分で良く分かっています。私は自分が特段優れた能力を持ったスーパーコンサルタントでないことは十分自覚していますし、ものすごいリーダーシップで積極的に人を率いていくタイプでないことも分かっています。その代わり、じっくり物事に取り組み、人とコミュニケーションをとって目指すべき方向性をそこから見出していく粘り強さはある方です。だからこそ、時間をかけて様々な人と会話をし、彼らの考えを知ると共に、私という素の人間を知ってもらい、信頼してもらうことが(そして東京のコンサルに対する嫌悪感や、もしかしたら過剰な期待をなくすことが)何を成すにも重要だと考えたのです。

(4)と(5)が、今回の研修参加で一番勉強になったことかもしれません。よく言われることですが、地域には必ずといって良いほど「この人を動かせば物事は動く」というキーパーソンがいます。しかし、よそ者はなかなかそういう人を見つけるのも、そういう人と繋がるのも難しいもの。それが、今回は地元に密着した「(株)御祓川」という動きやすいフィールドを与えてもらったことで、私がやりたいことを話すと、適切なキーパーソンを次々と紹介してもらうことが出来たのです。
そして、とにかく一番の気づきは物事を動かすものは人の「熱意」であるという事。(株)御祓川が設立されたのも社長の熱意からですし、今回、私が担当した企画の事業化に向けた予算がどうしても取れそうにない時にたくさんの方々がサポートしてくれたのは、私の能力やスキルを評価したからではなく、「熱意」を買ってくれたものと思います。

研修期間中には成功しているいくつかの地方の現場を見て回る機会がありましたが、それらを動かしている先駆者たちはどなたも「熱意」と「志」に溢れていました。そういう人々の「志」が地方に溢れる地域資源の魅力とかけ合わさったとき、思いもかけないようなパワーが生み出されるのでしょう。それこそが今後の「地方創生」に必要な力になるのだと思います。

「志」を大切にした自由な働き方を

ここからは、特に地方の現場で頑張っていらっしゃる方々からは反発も多いであろう事を分かった上での私見です。

冒頭にも書いたように、私は今回の研修プログラムに参加するために、会社を休職していました。もちろんそんな自分勝手な都合で休める制度など存在しなかったので、半ば強引に直談判し、休職扱いとしてもらいました。ところが、私が能登にいる間に「自己啓発休暇制度」が新設されたのです。コンサル業界はもともと人材の流動も激しいですし、会社以外の活動に積極的に参加したり、副業や著作活動を行う仲間も多いですが、正式な出向でもないのに組織に所属したまま他の組織で経験を積むことが今回公に認められたのは、特に日系の企業にとっては大きな事だと思います。(もちろん活動内容の制約はありますが。)

そんな事情もあり、能登の地域の方々からはぜひこのままこの地に移住してくれ、結婚してここで仕事を続けてくれ、というありがたいお言葉もたくさん頂いたのですが、日立コンサルティングに戻るという選択をしました。でも例え休職していなかったとしても、私はいずれ東京に戻るという選択をしたと思うのです。

それは私が感じた東京と地方の圧倒的な差にあります。まず、資金力の差。これは言わずもがなですが東京の大企業が自由にできる金額と、地方中小企業が精一杯動かせる事業規模には大きな差があります。大きい方が良いということでは決してありません。けれど、あとこれだけあったらもっと良いことができるのに、という「あとこれだけ」を捻り出すのがいかに難しいことか。
そして、人材の数。「熱意」と「志」で常に前進している地方企業でも、やはり人材確保にはどこも手を焼いています。若者の数がそもそも少ないので外から来てもらう他ないのですが、なかなかそこまで若手有能人材を惹きつけることは難しい。
そんな中、私が一念発起して会社も辞めて、お給料はいくら低くても良いので能登に移住・定住します!と言ったところでどれだけのインパクトがあるでしょう?上記のとおり、私はスーパーコンサルタントではないので地域への貢献はほんのわずかでしょう。
けれど、私が東京に戻ってからも能登に関わり続ける傍らこの体験や休職制度を広め、同じように「自分もふるさとに貢献したい」と思う人々が年に数ヶ月でも地方の仕事に没頭し、それが他の都会の人々にも広まっていったら?その方がよっぽど「地方創生」の力になり得るのではないでしょうか。「地方活性化のためには全てを捨てて移住し、コミットし続ける覚悟が必要だ!」それができる人は素晴らしいし、ぜひそうして欲しい。でもそうではない大多数の普通の人を動かすことも一つのあり方であり、それくらい肩の力を抜いた自由な働き方が色々なところで認められるようになれば、この日本社会を包み込む閉塞感も少しは和らぐのではないでしょうか。そして、地方の力は逆に、都会で疲弊して志を見失った企業人に働くことの真の意義をもう一度見出してもらうための最高のフィールドにもなり得ると思うのです。

先日、某地域の道の駅運営や地域産品のブランド化の先駆者である方にこんな言葉を頂きました。

「まさに地方はお金ではなく、志で動いている。東京の経済と地方の経済は真逆」

こういう真逆の構造を持っているからこそ、相互補完する関係になり得るはずなのです。

地方の現場には、バルコニーから俯瞰する鳥の目を持ちつつ、ダンスホールでみんなで汗を流して踊り狂うこともできる人材が強く求められているのではないでしょうか。どうすればそういう人材を育成できるのか、明確な解などありません。ただ、そういう決め細やかで実行まで繋げられるコンサルティングを目指し、今後も地方創生・活性化やまちづくりに取り組んで行きたいと思います。

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河野 麻衣子 (こうの まいこ)
株式会社 日立コンサルティング マネージャー

物体としての「売り物」を持たないコンサルタントという職種は自分たちの頭で考えたアイデアや情報を整理して見せ、ステークホルダーに納得して動いてもらうことが仕事になるため、ともすれば一日中パソコンと睨めっこして説得のための資料作成に膨大な時間を費やすことも多くなります。しかし毎日同じように、オフィスでうんうんと一人頭を悩ませていてもなかなか良いアイデアは浮かびません。自分の枠から飛び出して物事を考え出すためには社内外の様々な考えを持った人との交流や議論の場を積極的に持ち、常に自分の頭を柔軟にしておくことが大切だと思います。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。