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第3章 産業集積構造とコンソーシアム構想

辻村 裕寛 株式会社 日立コンサルティング ディレクター

2022年2月10日

プロジェクトでは、提案型モノづくりを実現し、取り組みの成功事例を大田区内の製造業に広く波及させることが大きな命題であった。そのためには、1社でも多くの大田区製造業へ正確に改革の方向性を伝えること、かつイノベーションの実現に向けた活動に確実に着手してもらうことが求められていた。では、「どのように広範囲に点と点を結び、正確に方向性を伝えていけばよいのか?」「確実に着手してもらうためには何が必要のか?」。その検討の末に行き着いたのが、コンソーシアムである。大田区製造業でイノベーションを実現し、各社の売り上げを拡大するという同じ目標を持つ活動体を構築する必要があった。
本章では、大田区製造業のマクロ構造の確認と、「仲間まわし」でつながっているからこそ引き起こされるデメリットについて、またそのデメリットを解消するための活動体であるコンソーシアムの在り方について説明する。

3.1 大田区産業集積のマクロ構造

「平成28年経済センサス・活動調査」(総務省統計局)によると、大田区製造業の事業者規模別の工場数では、20人以下の工場が3,836社、20人以上の工場は393社との統計がある。中小企業庁は、「中小企業基本法」の中で、「製造業その他」に分類される中小企業者を「資本の額又は出資の総額が三億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が三百人以下の会社及び個人」と定義している。また同法では「製造業その他」の小規模事業者を「従業員20人以下」と定義している。これらの定義に大田区製造業の規模と社数を当てはめてみると、10%程度が中小企業者に含まれるが、90%が小規模事業者となる。つまり大田区内の製造業は小規模事業者で成り立っている。これらの小規模事業者の工場は、受注形態や生産形態が異なり、大きく5つの類型に分類が可能である。

研究開発・製品企画を行うファブレス(ファブレス)
自社製品の企画・設計力を強みに製造まで行う自社製品開発型(自社製品開発)
お客さまニーズに応え、設計改善力を武器にしつつ加工する工場(設計+加工)
試作もするが加工中心の下請け加工の工場(下請け型加工)
加工力を武器に下請け加工のみで生計を立てる全下請け型加工の工場(全下請け型加工)

大田区産業集積の中には大田区外から受注できる①②③の工場と、仲間まわしを中心にモノづくりを進める④⑤の工場に大きく分類される。
この大田区製造業のマクロ構造を図示すると以下のようになる(図3-1)。

図3-1 大田区製造業のマクロ構造
図3-1 大田区製造業のマクロ構造

大田区製造業のマクロ構造で押さえておきたいのは、従業員が20人以下、かつ、下請け加工で生計を成り立てている④下請け型加工、⑤全下請け型加工の工場が大多数を占めている点である。これらは営業力が低いため、景気が悪化すると自ら受注を獲得できない事態に陥ってしまう。下請け型加工で生計を立てている工場が大多数であること、そして大田区内で仲間まわしが成り立っていることを前提に置くと、大田区外から受注を獲得して、下請け型加工の工場へ仕事を発注している工場が存在することになる。これらがお客さまのニーズを設計書に落とせる①ファブレス型、②自社製品開発型、③設計+加工型の工場である。①ファブレス型、②自社製品開発型、③設計+加工型の工場が受注した仕事を④下請け型加工⑤全下請け型加工の工場に発注する。④⑤では製造の量・技術的に対応できない場合、お互いに連携する。これが大田区製造業における大田区外から受注し、大田区内の工場へ仕事を発注する仲間まわしの構造である。

3.2 工場数の減少が大田区製造業へ及ぼす影響

営業力が低いゆえに④⑤の下請け型の工場の数が減少してきていると考えられる。この類型は、経営者の高齢化に加え、安定した収入が得られないため後継者が育ちにくく、事業の継続性に影響が及んでおり、経営悪化だけではない廃業も度重なっている。こうした背景により仲間まわしを支えている領域の工場数の減少が加速化しているのである(図3-2)。

図3-2 大田区製造業の領域とそこで生じる問題
図3-2 大田区製造業の領域とそこで生じる問題

一方でこの領域には、規模は小さいながら、きらりと光る技術を持つさまざまな工場が存在しており、熟練度の高い金属加工技術を保有している工場も多い。この領域の工場の縮小・廃業は、仲間まわしを支えていた工場技能が消失し、加工技術対応力の低下、生産可能数量の低下、多品種少量生産の対応力低下につながる。そして、これまで強みといわれていた大田区産業集積のメリットが低下し、大田区の工場が大幅に減少し続けるという負のスパイラルに行き着く。仲間まわしを支えている工場の減少は、仲間まわしが成立しない状況を招く。これまで仲間まわしを活用することでお客さまニーズに応えていた①ファブレス型、②自社製品開発型、③設計+加工型の工場にも悪影響を与え、受注できていた仕事の失注へと連鎖する。廃業・失注により生じる負のスパイラルは、大田区製造業の産業集積を崩壊させてしまう大きな問題となっていた。
大田区全体で生じている負のスパイラルという問題を解消する方法を模索した結果がコンソーシアムである。ではコンソーシアムで、どのように問題を解消しようとしているのか。

3.3 大田区製造業に必要な、新たなビジネスモデルの取り込み

仲間まわしにより各社が構築してきた下請け加工ビジネスモデルは、景気が良いときは供給側からの多数の発注で受注が切れることはないが、景気が悪くなると発注量が減少し、仕事が獲得できなくなる。この「受注ができない」という問題を解決しないことには、大田区製造業が抱えている大きな問題は解決できない。そこで課題になるのが、大田区製造業の経営者たちがめざす姿として設定した提案型モノづくりを、新たなビジネスモデルとして取り入れていくことである。これにより、受注拡大を実現する。
しかし、ビジネスモデルを新しい形に変えていくことは容易ではない。会社のリソース(人・モノ)に加えて、業務プロセス、さらに客層までも変えていく必要がある。実業の中で変革を進めることは中小製造業にとってはハイリスクであるため、プロジェクトで実証実験の場をつくり、新しいタイプの顧客探しをするとともに、提案型モノづくりの試行錯誤から得られるノウハウの蓄積を進めた。この変革の考え方は、「プロダクトイノベーション」「プロセスイノベーション」で後述する。
プロジェクトで構築した挑戦する場を、現在はI-OTAコンソーシアムと呼んでいる。ここでは、自社のみではできない挑戦的な案件に、仲間企業と連携し、アドバイスをもらいながら取り組むことができる。挑戦の過程では、コンソーシアムで蓄積したノウハウを情報として伝える、情報を参考に実際に成功事例を保有する企業と一緒に動く、といったことを何度か繰り返して新しい仕事の仕方を身に付けていく。この繰り返しで新たなビジネスモデルへの対応を可能にし、新しい売り上げの獲得で成長につなげていく仕組みである(図3-3)。

図3-3 新しい案件に挑戦する場としてのI-OTAコンソーシアム
図3-3 新しい案件に挑戦する場としてのI-OTAコンソーシアム

3.4 ノウハウの展開を効率化するハブ――仲間企業体制の構築

ノウハウの効率的な展開には、前述した大田区製造業のマクロ構造と、仲間まわしを考慮する必要がある。図3-2では、仲間まわしが支えている領域を明らかにした。そして、大田区外から仕事を受注してくる工場が存在する領域も併せて明らかにしている。大田区への仕事を類型①②③の工場で受注し、類型④⑤の工場に発注しているため、①②③はお客さまと仲間企業のハブのような役割を果たす。つまり下図に示すとおり、モノづくりはハブ企業を中心に進むことが多くなる。したがって、プロダクトイノベーションやプロセスイノベーションもハブ企業を中心に活動し、そこを起点に仲間企業側に伝播(ぱ)させる仕組みができれば、受注、発注の関係性で徐々に変革の気運が広がっていく可能性が高い。

図3-4 ハブ企業と仲間企業の関係
図3-4 ハブ企業と仲間企業の関係

まず、外部からの受注を獲得し、ハブ企業に変革のノウハウを蓄積させる。次に、大田区製造業内へ仕事を流しているハブ企業を複数社選択して、変革の成功事例とノウハウを伝える。そして、ハブ企業が仲間企業である④⑤の下請け型の工場に仕事を発注する。この仕事を流す過程を通して、効率的に大田区製造業を点と点でなく面で変革に巻き込む。ハブ企業同士の水平連携と、ハブ企業と仲間企業の垂直連携の形をつくることで、I-OTAコンソーシアム内にノウハウを面で伝達するネットワークを構築し、より多くの工場にノウハウを伝え、変革に取り組む体制を構築する。そのための仕組みを下図に示す(図3-5)。

図3-5 コンソーシアム構想
図3-5 コンソーシアム構想

新しいモノづくりに挑戦し、ノウハウを得る場を担うI-OTAコンソーシアムでは、ノウハウの蓄積・展開だけではなく、共有利用するIT基盤の構築も進めている。さらに、後回しになりがちな中小製造業の営業力を強化するためのブランディング、広報活動なども推進している。コンソーシアムのこうした活動は、今後、発行を予定している書籍にて紹介したい。

次章は、プロダクトイノベーション、プロセスイノベーションの実証内容、分析結果を紹介していく。

本コラム執筆コンサルタント

辻村 裕寛 株式会社 日立コンサルティング ディレクター

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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