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第6章 中小製造業におけるデジタル化のポイント

辻村 裕寛 株式会社 日立コンサルティング ディレクター

2022年3月14日

ここまで大田区中小製造業で取り組んできたイノベーションとデジタル化を紹介してきた。前述のように、デジタル化はアナログで処理していた業務をデジタル情報に乗せ換えるIT化だけにとどまらない。デジタル化により得られるメリットを最大化するために、ビジネスモデルをいかに変革すべきか、変革に際して業務をどう変えるべきか、その上で何をデジタル化すべきであるかを把握できたのではないかと思う。本章では、実際に中小企業でデジタル化を推進する際に押さえておきたいポイントを説明する。中小企業だけではなく、中小企業支援者や中小企業へデジタル技術を導入するベンダーにとっても参考になると考える。
プロジェクトを開始した2016年当時は、大企業・中小企業がIT/IoT化の取り組みを強化していた。工場間連携、加工現場での稼働状況把握による可視化などのさまざまな事例が紹介された。現在デジタル化、そして、デジタルトランスフォーメーションが叫ばれているが、いまだ多数の中小企業が多くの推進課題を抱えている。中小企業における必要性は皆が感じているがデジタル化が前進しないのは、デジタル人財やデジタル化推進組織を保有する中小企業が少ない、デジタル化の予算を確保できない、自社に適したデジタル化や導入方法が分からないといった背景からである。本プロジェクトでもこれらの課題に直面した。しかし、実証実験を通して、中小企業目線でのデジタル化推進が課題解決のポイントになることを見いだしている。これまでのデジタル化は大企業や中堅企業中心で進んでいた。ここにきて中小企業で必要性が再認識され、取り組みが活発化しているが、デジタル技術を導入するベンダと導入される側の中小製造業の目線合わせが課題である。この課題を解決するポイントを3点ピックアップして紹介する。

1.
予算とIT・デジタルリテラシーを念頭にデジタル化する順番を考慮する
2.
自社の生産形態やデジタル化状況を踏まえ身の丈に合うデジタル化を進める
3.
デジタル化の困りごとに対応する体制で導入のハードルを下げる

6.1 予算とIT・デジタルリテラシーを念頭にデジタル化する順番を考慮する

中小企業(製造業)と一言でいっても、その中に含まれる企業の規模は異なる。中小企業は51万社(13.2%)、小規模事業者は334万社(86.5%)である。中小企業(製造業)の定義は、資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人。小規模事業者の定義は、従業員20人以下である。中小企業規模の幅は広く、20人以下の小規模事業者が圧倒的に多いのが現実である。企業規模の違いにより、デジタル化に投資可能な予算や、IT・デジタルリテラシーの違いがあり、各社で異なるアプローチが求められる。
まず、予算面。大田区内の中小製造業へのヒアリングを通して、デジタル化にかけられる月額運用費は5万円から10万円といった規模であることを確認した。また新たなシステム投資は、決算前の当期利益が見えてきた段階や、自治体などで補助金が支給される時期に実施される傾向がある。したがって、できるだけ運用コストの負担を小さくすること、導入タイミングも決算が見えてきた段階、もしくは補助金が支給されるタイミングなどにシステム投資時期を設定する必要がある。
次に、IT・デジタルリテラシー。大企業や中堅企業と違いIT・デジタル人財が各社にいるわけではない。このため、デジタル化の導入企画が進みにくい、着手できても導入が進みにくい、導入時に専門的な知識が必要なものは手が出にくいなどの課題がある。
つまり、ここから言えることは、いきなり要件定義に時間がかかる難易度が高いデジタル化を推進するのではなく、比較的使いやすく日常で活用するツールの優先順位を上げて、デジタルツールに慣れる期間を設定することで、段階的にIT・デジタルリテラシーを上げていくことが可能になるということである。また、工程管理などのすり合わせが必要なツールなどは、導入費用が大きくなるケースが多いため、補助金が公表される時期や決算で利益が見えてくる時期に導入を検討し始めることが望まれる。プロジェクトでもこうした背景を念頭にデジタル化導入の優先順位付けを設定した。
大田区プロジェクトでの流れを図6-1 デジタル化ツールの導入順序に示した。まず、I-OTAコンソーシアムに参加した際に、日常的に活用することになるコミュニケーション系ツールをASPサービスやSaaSなどの利用を前提として検討を進める。こうしたツールは、利用者が多いため比較的安価に利用可能であり、かつ、各社で仕様を検討することも少ないため導入しやすい。次に、案件受注時の見積もりや仲間探しのツールを活用できるようにする。最終的には、製造工程間の情報連携を実現するために必要な工程管理などのツールを段階的に導入することで、IT・デジタルリテラシーを向上させつつ、中小企業の予算感を踏まえた導入を実現する。

図6-1 デジタル化ツールの導入順序
図6-1 デジタル化ツールの導入順序

6.2 自社の生産形態やデジタル化状況を踏まえ、身の丈に合うデジタル化を進める

IT業界に属する人にとっては今更の話ではあるが、デジタル化を推進する際には各社の業務実態に合わせた考え方が重要になる。特に工程管理系ツールではこの考え方がポイントになる。実証実験を通して、工程規模や外注先の数に応じたITツールの選択が必要であることを把握した。概要を図6-2に示す。具体的には受注した仕事をいくつの工程を経て完成させるのか、仲間まわしは何社と行うかによって、選択すべき工程管理系ツールには相関がある。例えば、加工工程が2つ程度、工程ごとの作業時間が10分程度で終了してしまう簡易な加工の場合、着手から完了まで20分程度で終了してしまう。このように工程ごとの作業時間が短い仕事が多い工場で工程管理ツールを導入すると、工程計画を入力し、指図書を発行する前に実際の仕事が終了してしまい、システムを活用する効果がなくなってしまう。連携する仲間企業も1〜2社程度であれば、表計算やすでに保有している会計ソフトの発注書機能を活用することで、発注および納期、消し込みが可能になる。実証実験では3社程度で複数案件が重なり始めると管理が必要になるという結果を確認している。それらの結果を整理したものが以下である。

  • 加工工程のみで、単工程管理といった生産形態には、工程計画策定などは不要で、受注入金が分かればよい。表計算や会計ソフトでも十分管理可能である。
  • 管理工程の規模が小さく、仲間まわしを1〜2社程度で実施する業態には発注管理が必要である。
  • 管理工程の規模が中程度で、仲間まわしが3社以上の業態では工程が複雑になる。この規模になると表計算などでの管理は難しくなり、内製工程と外注工程の双方を管理する工程管理ツールが必要となる。
  • 管理工程の規模が上記よりも大きく、装置などの開発・製造を取り扱う業態には、部品管理や在庫管理などの生産管理が必要となる。

このように各社の工程管理、発注規模数によって導入ツールの選択が必要になる。もう1点、注意しておきたいポイントがある。図6−2のX軸は、規模の拡大・生産形態・受注・対応する案件タイプの変化とともに変化し、一般的には企業成長とともに右方に位置づけがスライドしていく。この動きに合わせて、必要になるツールも先に示したとおりY軸の上方に変わる。X軸の右側に工程数や規模が拡大する例は、内製だけで対応してきた企業が、仲間企業を数多く活用する案件を手掛けるとき、装置などの加工種類や部品が多い案件に対応する場合である。生産形態や案件タイプが変化すると、多くの中小企業の業務で新たな管理上の課題が発生し、必要なITツールがより高度なツールに変わる。つまり、中小企業のデジタル化ツールに必要なのは、中小企業と一くくりにせず必要な機能を選択・導入できる形態であることがポイントである。本プロジェクトでは、こういった要素も踏まえたツール選定を行っている。

図6-2 製造業の工程管理規模に応じた適切なツール選定の考え方
図6-2 製造業の工程管理規模に応じた適切なツール選定の考え方

6.3 デジタル化の困りごとに対応する体制で導入のハードルを下げる

大企業では多くの企業でデジタル化への取組が推進されている。コロナ禍にも迅速に対応し、リモートワークに必要なツールも定着してきた。しかし、中小企業は投資枠、IT・デジタルリテラシーなどの問題があり、大企業と同様なデジタル化を進めることは難しく、いまだリモート環境が十分に整備されている企業は多くないと考える。背景は、すでに記載したとおり、デジタルツールを使いたくても、IT専門部門やIT専門家が少なく企画検討が進まないということが挙げられる。こうした状況の中で、中小企業各社の社長がデジタル化をどのように受け止めているのかヒアリングを進めた。デジタル化をポジティブに受け止めている企業も多い一方で、ネガティブに受け止めている企業がそれ以上に多いことが分かった。ヒアリング時に確認した発言を図6-3で示す。

図6-3 中小製造業がデジタル化ツール導入時に抱える問題
図6-3 中小製造業がデジタル化ツール導入時に抱える問題

大田区プロジェクトではこうした問題に3つの施策を設定した。

1.
1つ目は、実証実験で効果を確認済みであるツールや使い方を理解したツールを大田区製造業内に紹介していくことである。どのようなツールをデジタル化すればよいのか分からないという問題に対して、効果確認済みのツール説明をとおして安心感を醸成し、デジタルツールに興味を持ってもらう。
2.
2つ目は、実際にツールを活用している仲間企業が導入方法、使った感想、効果などを説明するセミナーを開催することである。どのデジタルツールを選べばよいか分からない、ITベンダーの話す内容を信用できない企業が多いため、仲間である製造業社長から説明してもらい、ツールに対する信頼感を高める。
3.
3つ目は、これまで実証実験を一緒に推進してきた信頼できるITベンダーと連携し、デジタルツールを導入する流れである。中小製造業に精通しており、地域におけるデジタル化の全体像を把握しているため、各社にツール導入する際も中小企業目線での展開が可能になる。

これらの取り組みを推進するスキームを図6-4に示す。このスキームを活用し、中小企業のデジタル化を後押ししていく計画である。

図6-4 中小製造業がデジタル化ツール導入スキーム
図6-4 中小製造業がデジタル化ツール導入スキーム

中小企業のデジタル化は本コラムで説明してきたとおり、一筋縄ではいかない部分もある。今後はデジタル化により、中小企業が新たな成長を実現していく時期になる。本コラムが次の成長をつかむ中小企業各社、そして、中小企業を支援するさまざまな人にとって参考になれば幸いである。

最後に、本コラムでは業務を実現するために必要な細かいノウハウを紹介できていない。例えば、営業活動時のノウハウをはじめ、フェーズごとの契約方法、そして契約で記載すべき事項、企画時に把握すべき内容、各ツールの実証結果など、各社単独では蓄積しにくいノウハウである。これらのノウハウは中小製造業の方々や、中小製造のデジタル化を支援するさまざまな機関や企業の方々に大いに参考になると考えている。そこで、中小企業のデジタル化支援を目的に2022年度秋口にはノウハウも加えて書籍化していきたいと考えている。

本コラム執筆コンサルタント

辻村 裕寛 株式会社 日立コンサルティング ディレクター

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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