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株式会社 日立コンサルティング

高齢者の就業促進につながる公的年金制度の在り方

永元 隆雄

2016年3月29日

1. 少子化に伴う高齢者就業の必要性

平成27年9月末、安倍晋三首相は「アベノミクスは第二ステージに移る」と宣言し、「一億総活躍社会」の実現を目指すと発表した。これは、50年後も人口1億人を維持した上で、一人ひとりの日本人誰もが、家庭で、職場で、地域で、もっと活躍できる社会を創るというものである。その実現に向けて、女性の活躍に焦点を当てた施策のあり方、一度失敗をした人の再チャレンジに向けた対応、高齢者の就労のあり方、障害者や難病患者等の自立に向けた支援など、様々な立場や状況におかれた方々に対して、幅広く必要な施策の検討を行うべきとしている。

この目標が掲げられた背景として、少子高齢化といった構造的な問題により「生産年齢人口(15〜64歳の人口)」が減少して、それが将来的な働き手の減少につながり、国内総生産(GDP)を押し下げるなどの影響が懸念されている点がある。少子高齢化は、社会保障費の増大にもつながっており、その状況下で制度を維持していくためには、従来以上の経済規模を保つ必要があり、「生産年齢人口」の減少を補う形で日本人一人ひとりが生産性を高めていくことが重要である。そして、特に期待されるのが、就業率が低い女性・若年者・高齢者・障害者などである。
その中でも高齢者に関しては、今後、更に高齢化が進行して対象層における人口が増加することが見込まれていることを踏まえると、従来以上に就業を拡大する必要性が高まっていくと想定される。

一方で高齢者の就業拡大は、結果的に若年者の就業機会を奪ってしまう懸念もある。これに関しては、専門的技能・経験を有する高年齢者と基本的に経験を有しない若年者とでは労働力として質的に異なる点、新卒採用の数は高年齢者の雇用とのバランスではなく、景気の変動による事業の拡大・縮小等の見通しにより決定している点が指摘(「平成24年 高齢社会白書 コラム4:高年齢者と若年者の雇用について(内閣府)」より)されており、直接的な影響は限定的であろう。
また、高齢者の就業拡大によって増加する収入が消費や投資に回ることで、対象サービス・商品などを提供する企業の収益増加につながり、それが企業における新規雇用の需要を生み、結果的にその一部が若年層の就業につながることも期待できる。
若年者の就業に対する影響が全く無いとは言い切れないが、直接的な影響は限定的であり、社会全体として良い影響を与える面もあるため、高齢者の就業促進には積極的に取り組むべきと考える。

現在、検討されている高齢者の就業促進策は、65歳以上への雇用保険の適用や中高年の退職予定者の人材バンク創設など、雇用面で様々な案がある。一方で、高齢者は収入の約7割を「公的年金・恩給」に依存(「平成26年 国民生活基礎調査の概況(厚生労働省)」より)しており、公的年金制度においても就業に及ぼす影響は大きいと想定されるため、公的年金制度面からも高齢者の就業促進策に取り組む必要性が高いと考える。
特に「在職老齢年金」に関しては、就業して賃金が一定水準を超えた場合に年金額が抑制されることから、以前より高齢者の就業意欲を抑制しているのではないか、という指摘がされている。
本稿では、「在職老齢年金」が高齢者就業へ及ぼす影響を仮説ベースで確認した上で、今後の見直し案について紹介する。

2. 高齢者就業の現状と就業促進の阻害要因

まずは、我が国における高齢者就業の現状を確認する。日本は諸外国と比較して高齢者の就業率が高く、これまでの高年齢者雇用安定法の改正による定年の引き上げや継続雇用制度の導入などの様々な高齢者の就業促進策に取り組んできたこともあり、図表1の通り、高齢者の就業者数及び就業率ともに上昇傾向である。
ただし、我が国は過去に例を見ないスピードで少子高齢化が進行して生産年齢人口が減少することが見込まれているため、今後の減少分を埋めるためには、引き続き高齢者の就業者数及び就業率を上昇させる必要性は高いと考える。

また、図表2の通り、高齢者の就業は正規雇用の比率が極めて低く、60歳以降でその比率が大きく低下している。非正規雇用は就業時間が短いケースが多いため、既に就業している高齢者においても、より多く働く余地が大きいことがわかる。

【図表1】高齢者就業者数(就業率)の推移

【図表2】年齢層別の正規雇用比率(平成26年3月時点)

(出所:「平成17年〜27年 労働力調査結果」(総務省統計局)を加工して作成)

高齢者の就業を促進する上では様々な阻害要因が想定され、健康状態や就業意欲などの高齢者本人の問題や、介護などの家族に関する問題、雇用側とのマッチングの問題などがある。その中で高齢者本人の就業意欲を阻害する要因の一つとなっているのが、公的年金制度における在職老齢年金であると言われている。

3. 在職老齢年金の仕組みと高齢者就業との関連性

在職老齢年金とは、年金を受けられる人が60歳以降も働く場合に「働くことによって得られる賃金と老齢厚生年金の年金額の合計額」に応じて、老齢厚生年金の一部または全額が支給停止される仕組みであり、働き続けることができる人と健康などの理由で働き続けることが困難な人の間で所得再分配を行う機能を有している。

【図表3 在職老齢年金の仕組み】
【図表3 在職老齢年金の仕組み】

働くことによって得られる賃金が増加するにつれて、年金額が減額されることから、パート労働者などにおける「103万円の壁」「130万円の壁」と同様に、老齢厚生年金受給権者は収入を一定額までに抑えた働き方をしている可能性がある。
モデルケースとして、老齢厚生年金の平均年金月額である約15万円(「平成25年度 厚生年金保険・国民年金事業年報(厚生労働省年金局)」より)を受給可能な60〜64歳の場合、月額賃金が13万円(28万円−15万円)を超過すると年金額が抑制されるため、月額賃金13万円が壁になりやすいと想定される。
また、これは年金受給権者本人だけでなく雇用者側の視点でも、60歳を超えて継続雇用する場合の賃金水準を決定する際に、在職老齢年金を意識して年金受給権者が不利にならない水準で調整している可能性がある。

では、この問題が実際に就業に対してどの程度の影響を及ぼしているのであろうか。前提として、就業において一般的に参照する指標(KPI)は「就業者数」であるが、高齢者は非正規雇用の比率が高く、既就業者における就業拡大の余地が大きいと想定されるため、既就業者数への影響が見えない「就業者数」ではなく、既就業者に与える影響を測定できる指標が必要と考えた。そこで、「在職老齢年金」が既就業者へ及ぼす影響は、「影響を受ける既就業者数」に「本来働くことが可能であるにも関わらず、働くことを抑制している時間の割合」を掛けることによって、導くこととしたい。

式の仕組み

なお、在職老齢年金が適用されて支給停止となる老齢年金受給権者は、老齢厚生年金の受給権を有する被用者に限られるため、ここでは老齢年金受給権者のうち老齢厚生年金受給権者に、就業者のうち被用者に、限定して整理した。

平成25年度末時点で、老齢厚生年金受給権者数は約2,849万人となっている。また、同時期における60歳以上の被用者数は約854万人で、そのうち在職老齢年金の適用によって年金の全額又は一部が支給停止されているのは約128万人となっている。 これを前提として図表4で示す対象者を3つの層に分類し、それぞれの層における就業への影響を導出した。

【図表4 在職老齢年金が就業に与える影響】
【図表4 在職老齢年金が就業に与える影響】

(出所:「平成26年3月 労働力調査結果」(総務省統計局)、「平成25年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」(厚生労働省年金局)、「平成22年 高年齢者の雇用・就業の実態に関する調査」(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)を加工して作成)

初めに「A.支給停止」層では、既に支給停止であることから、原則として在職老齢年金の適用による支給停止を考慮せずに就業していると想定される。

次に「B.全額受給可能な範囲で就業」層では、年金の支給停止を避けるために就業を抑制している人が一定数存在すると想定される。今回、「高年齢者の雇用・就業の実態に関する調査」の結果を参考に、抑制者の割合を22.3%と仮定して約190万人が就業を抑制していると導いた。その上で、就業を抑制している約190万人における、就業時間の抑制割合については、「労働力調査」の正規の職員・従業員と非正規の職員・従業員の平均週間就業時間を参考に、約35%と仮定した。その結果、在職老齢年金によって、約67万人分の労働力が抑制されていると想定した。

最後に「C.未就業」層では、適切な統計データが無いため今回は対象外としたが、年金の支給停止を避けるために就業そのものを控えている人も一定数存在すると想定される。

今回の試算は限られた統計データの中で、仮定を置いて導いたため実態と乖離している可能性もあるが、在職老齢年金制度によって少なくとも約67万人分の高齢者の労働力に影響を及ぼしていると導いた。これは、平成25年度末時点における高齢被用者の実質的な労働力(約685万人の労働力:高齢の被用者約854万人のうち、約482万人が非正規雇用であり、非正規雇用は実質65%と仮定して算出)の約9.8%に相当する規模である。そのため、在職老齢年金制度の見直しによって、押し上げられる可能性がある高齢者の労働力は十分に大きいと言える。

見直しの方向性として、高齢者の就業拡大のために、在職老齢年金制度において支給停止となる基準額(賃金と年金の合計額)を引き上げることで、今以上に働いて賃金を得ても年金額が減らないようにすることが望ましいと考えられる。
一方、年金制度の財政面で見ると、在職老齢年金による支給停止は平成25年度では約128万人、約1兆円(「平成26年 高齢期の就労と年金受給の在り方(厚生労働省年金局)」より)であるが、基準額の引き上げは、この支給停止者数及び支給停止額の減少につながる。つまり年金制度全体としては、給付額の増加につながることになる。
その影響額は、例えば在職老齢年金制度を廃止した場合、単純計算でも約1兆円の給付増となる。また、「60〜64歳の老齢厚生年金受給権者」において支給停止となる基準額を「65歳以上の老齢厚生年金受給権者」と同じ水準に引き上げるだけでも、過去の試算では約0.5兆円の給付増となると示されている(「平成23年 在職老齢年金の見直しについて(第4回社会保障審議会年金部会)」より)。
少子高齢化の影響で年金制度の財政が逼迫していく可能性がある状況を踏まえると、給付増はできるだけ避けたいため、財政への影響を極力抑えつつ、高齢者の就業拡大につなげられる仕組みが必要と考える。

4. 在職老齢年金の見直しに向けた方向性

それでは高齢者の就業意欲を抑制しないために、在職老齢年金制度において支給停止となる基準額をどのように設定することが望ましいだろうか。
少子高齢化に伴う年金制度の財政面における不安から、これまでに社会保障審議会などで、高所得者の給付抑制について議論されている面もあり、高所得者層まで含める水準に設定することは難しいと言える。一方、平均賃金程度を得ている一般的な層でさえも、年金の支給停止を意識して賃金を抑制する状況は望ましくなく、少なくとも一般的な層までは、賃金の上限を意識せずに働ける基準額で調整するべきと考える。

年金が支給停止となる妥当な水準を設定するには様々な面に配慮する必要があるが、一例として、「60歳以上男子の平均賃金月額」に「老齢厚生年金の平均年金月額」を加えた額とする方法がある。
参考までに、「民間給与実態統計調査結果(3−10 1年勤続者の年齢階層別給与所得者数・給与総額・平均給与(男、女、合計))(国税庁)」をもとに、平成26年における「60歳以上男子の平均賃金月額」を算出すると、約35万円であったが、実際には在職老齢年金などの影響で押し下げられている面があるため、仮に上記の例で対応する場合には、押し下げ分を補正するなどの考慮が必要と言える。

在職老齢年金制度において支給停止となる基準額を引き上げた場合、引き続き賃金と年金額の合計が新基準(上記例では、「60歳以上男子の平均賃金月額」に「老齢厚生年金の平均年金月額」を加えた額)を上回ることによって就業を抑制するケースや、就業意欲はあっても別の理由で就業に結びつかないケースもあるものの、在職老齢年金制度によって抑制されていると算出した実質約67万人分の一部が、新たに、賃金の上限を意識せずに働くようになり、GDPの押し上げに一定程度寄与することが期待できる。

一方で、年金制度は、自分や家族の「加齢」「障害」「死亡」などの要因で自立した生活が困難になるリスクを社会全体で支える仕組みであるが、少子高齢化に伴って年金制度の財政不安が指摘される状況下において、この機能を保つためには、生活が困難になるリスクが小さい層に対しては、引き続き年金額を調整することが必要であろう。

年金額を調整する対象者層として、「勤労収入だけでなく不労収入も含めた経常的な収入」が多い高齢者層が考えられる。
収入には「勤労収入(給与などの労働によって得られる収入)」と「不労収入(不動産や利子などの労働を伴わない収入)」の二つがあるが、「勤労収入」に着目して設計されているのが、現在の在職老齢年金である。これに対して、現在の「勤労収入+年金額」に、経常的な「不労収入」(利子・配当や不動産など)を加えた額を対象として、新基準(上記例では、「60歳以上男子の平均賃金月額」に「老齢厚生年金の平均年金月額」を加えた額)を適用した年金額調整を行うことで、「不労収入」が多い受給権者の給付額を抑制する方法がある。そもそも「勤労収入」のみを対象として年金額調整を行う在職老齢年金は、不公平な側面を有しており、不公平の解消も同時に実現することにつながる。仮に「勤労収入」が少ない場合でも、全体の収入が多ければ生活が困難になるリスクは小さいため、年金額を調整する層として妥当と言える。
この収入要件を追加した場合、追加しない場合と比較して、不労収入が多い受給権者の就業が想定よりも拡大しないことが懸念されるが、この影響はそれほど大きくないと考える。
これに関連して、高齢者の就業理由には「経済上の理由」「健康上の理由(健康に良いから)」「いきがい、社会参加のため」「頼まれたから」「時間に余裕があるから」などがあり、「経済上の理由」の内訳を参照すると、「自分と家族の生活を維持するため」の割合が88.4%と圧倒的に高く、「生活水準を上げるため」の割合はわずかに7.4%に留まっている(「平成22年 高年齢者の雇用・就業の実態に関する調査(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)」より)。
これに「不労収入が多い高齢者層」と「不労収入が少ない高齢者層」を当てはめると、「不労収入が多い高齢者層」は生活を維持すること自体は困難でないため、「自分と家族の生活を維持するため」を理由として就業するケースは少なく、「経済上の理由」で就業しているのは「不労収入が少ない高齢者層」の割合が相対的に高いと想定される。逆に「不労収入が多い高齢者層」は「経済上の理由」以外の理由で就業している割合が相対的に高いと想定されるため、年金の支給停止が就業意欲に及ぼす影響は小さく、不労収入を追加することによる影響は限定的と言えるであろう。

また、その上で、資産を多く保有する高齢者層も、年金額を調整する対象にするべきと考える。例えば、金融資産が一定以下の老齢厚生年金受給権者のみに対して新基準(上記例では、「60歳以上男子の平均賃金月額」に「老齢厚生年金の平均年金月額」を加えた額)を適用し、一定以上の金融資産を保有する老齢厚生年金受給権者に対しては、従来通りの基準額を適用する方法があり、資産を多く保有していれば、生活が困難になるリスクは小さいため、こちらも年金額を調整する層として妥当と言える。
類似事例として、特別養護老人ホームにおける補足給付に対する資産要件の適用がある。補足給付とは、居住費と食費を対象に支給される給付で、従来は所得水準を支給要件としていたが、平成27年8月から資産も要件に加えられ、配偶者がいる場合は2,000万円、配偶者がいない場合は1,000万円を基準として、それを下回る場合のみ支給対象とする、応能負担を強める見直しが行われている。

この資産要件を追加した場合、追加しない場合と比較して、金融資産が多い受給権者の就業が想定よりも拡大しないことが懸念されるが、これも収入要件と同様の理由で、資産が多い高齢者層は相対的に年金の支給停止が就業意欲に及ぼす影響が小さいと想定されるため、影響は限定的であると考えられる。

以上の点を踏まえ、高齢者の就業意欲を抑制しないために実施すべき、在職老齢年金制度の見直し例のイメージを、図表5に示す。

【図表5 在職老齢年金見直し例のイメージ】
【図表5 在職老齢年金見直し例のイメージ】

単純に在職老齢年金が支給停止となる基準額を引き上げるのではなく、追加要件を加えることによって、年金制度における公平性を確保しつつ、高齢者の就業拡大につなげられるのではないかと考える。
なお、これまでは国民の「不労収入」や「資産」を正確に補足することができずに、このような仕組みを構築することは困難であったが、平成28年1月から開始されたマイナンバー制度の仕組みを活用することができれば、それらの情報を把握することが可能となり、対応できるようになると想定される。

5. 最後に

就業は、まず本人に就業意欲があることが前提であり、その上で雇用の受け皿などが存在し、それとマッチングすることによって生まれるものである。つまり就業意欲は就業の最も基礎部分であり、高齢者の就業意欲を高めるために今回示した在職老齢年金制度の見直しに取り組むことは極めて重要である。
一方で、仮に在職老齢年金制度の見直しによって就業意欲を高めることに成功したとしても、受け皿などの環境が十分に整備されていなければ、実際に就業に結びつくのはその一部に留まる可能性が高い。
今回、公的年金制度面から高齢者就業の促進策の案を示したが、他に検討されている雇用面の制度見直しなどと合わせることで、より大きな効果を生むことが期待できるため、一体となって取り組んでいくことが望ましいと考える。

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永元 隆雄

昭和17(1942)年における労働者年金保険法の発足に伴って創設された公的年金制度は、その後「国民皆年金」へと姿を変え、現在では国民生活を支える重要なインフラとなっております。
一方で、制度創設以降、我が国では少子高齢化や働き方・暮らし方の多様化など様々な環境変化が起きており、公的年金制度においても変化に順応していく必要性が高まっております。
こうした状況を踏まえ、今後の公的年金制度の在り方及び実現方法について、発信していきます。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。