2018年3月27日
「Society 5.0(ソサエティ5.0)」という言葉が世に出て※13年あまりが経過しました。
ようやく政府も広報活動に力を入れ、新聞広告を出したり、政府広報オンライン上で『ソサエティ5.0「すぐそこの未来」篇』という動画を公開したりするようになりましたが、世間の認知度はまだまだ低いのではないでしょうか。
Society 5.0は、IoT、AI、ロボットを中心とした先端技術によって社会課題を解決していこうという、日本政府が提唱する科学技術政策の基本指針の一つですが、人類史上5番目の新しい社会(Society)と表現されているとおり、私たちの生活の姿、そして社会の在り方までをも変えうるイノベ−ションによって、今後の日本はもちろん、世界を大きく左右する可能性を秘めています。現在安倍総理が進めている「生産性改革」を実現するための重要なファクタ−の一つでもあり、政府も取り組みに力を入れています。本コラムでは複数回にわたって「Society 5.0」とは何か、世の中をどう変えていくものかを解説していきますが、初回は、改めて「Society 5.0」の概要と、政府の取り組みについて解説します。
Society 5.0で実現する社会を一言で表現すると以下のとおりです。
社会です。
情報革命の産物の一つであるインターネットの普及をきっかけに、私たちは非常に多くの情報をいつでも、どこでも入手することができるようになりました。インターネットを利用すれば、買い物や調査等の多くの活動を移動せずに行うことが可能となったのです。ただし、そのためには、パソコン、スマホ等に情報を表示させ、それを自分の「目」や「耳」で確認し、自分の「頭」で判断したうえで、情報を表示させた端末を自分で操作することが必要です。
Society 5.0では、人間が行っていたこれらの動作の多くを、機械に代行させることができます。現在開発中の自動走行車に当てはめると、
ことで、人間はほぼ何もしなくても、目的である「移動」を実現することができます。
図1. Society 5.0における実行主体の変化
このように、人間が行っている活動の多くを機械に代替させることで、人間の活動をより付加価値の高いものへとシフトしていくことができるようになり、その結果、社会全体として大幅な生産性の向上が実現できるようになるのです。
AIが人間の能力を超えるまでには、まだ30年近くかかるといわれていますが、Society 5.0 の社会実装が進むにつれ、人間が行ってきた作業、仕事の多くを機械に代替させていくことができるようになります。折しも日本は、人口減+高齢化という不可避の社会課題を抱えており、生産性が人間の数に比例する現在の社会では、経済発展を望むことは困難です。Society 5.0の実現により、少しでも多くの作業を機械に任せていくことが、人口減+高齢化の下で日本を発展させていくためのカギと言えるでしょう。
現在、AIやロボットを利用するサービスはまだわずかですが、Society 5.0実現後は、私たちの生活、産業の各分野で、どんどん増えていきます。
例えば健康・医療・介護分野では、AIによる遠隔医療、介護ロボット等が活用されます。
金融分野では、Fintechの発展とともに、AI判断を根拠とする投資が行われます。農林産業分野ではデータ分析に基づいた安定生産が計画され、作業は無人農機、ドローンにより自動化されます。そして移動分野では、まず公共交通機関等の車両の自動化が先行して進み、宅配もドローンにより自動化される見込みです。
図2. Society 5.0 実現後の社会像
図2で示した社会が実現するのは、政府のロードマップでは2020〜25年ごろと見込まれていますが、政府広報では「すぐそこの未来」と表現されています。政府は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックが一つの目標タイミングとして重要であるとしているのです。
例えば自動車分野では、高速道路(新東名)でのトラックの後続無人隊列走行、地域では無人自動走行による移動サービス(小型カート等による移動で、ルートは限定)の実現が目標とされています。
これまでの人類の歴史では、科学技術のイノベーションが人間の生産活動を根本的に変え、その結果、社会構造までが大きく変化してきました。人類史の最初の社会である狩猟社会を一つ目の社会とすると、現在はSociety 4.0(情報社会)にあたりますが、IoT・AI・ロボット等が活躍する社会は、Society 4.0に続く人類史上五つ目の社会となることから、Society 5.0と命名されているのです。
図3. 人類史におけるSociety 5.0の位置づけ
資料:(一社)日本経済団体連合会の資料を基に当社にて作成
これまでの人類社会の革命的変化を整理すると以下のようになります。
Society 5.0で私たちの前に登場するのはロボットやAIですが、AIが的確な判断を下すためには十分な量の信頼できるデータが必要です。また、分析するデータはIoTで集められる情報だけでなく、政府が保有しているデータ、民間企業が保有しているデータ等多岐にわたり収集する必要があります。これらを幅広く集めてAIが利用できるようにする仕組みがないと、AIはタダの箱になってしまいます。
そのため、データ提供者とデータ利用者が連携し、データのやり取りを可能とする「データを集め、分析する」ためのシステム基盤が官民それぞれで構築されていく予定です。
図4. Society 5.0 におけるデータ連携のイメージ
この「データを集め、分析する」ための仕組みとして、政府では分野横断的にデータを連携利用するためのデータプラットフォームである、分野間データ連携基盤の構築を計画しています。政府が保有するデータはすでにオープンデータとして公開が進められていますが、民間のニーズの高い分野から順に、徹底的に開放していく方針が示されています。
ただし、データを集めてくるだけでは、利用することはできません。現在、政府および民間で利用されているデータには「方言」のようなものがあり、ある分野では「住民」と呼んでいるデータが、違う分野では「市民」と呼ばれていたりします。データの単位も「メートル」「フィート」とばらばらです。これらの用語や単位を変換するため、語彙基盤と呼ばれる辞書のようなデータベースも併せて整備していく必要があります。
世界では、データを連携させるだけでなく、その売買も活発になると考えられています。企業や個人が、持ってはいるが使えていないデータであっても、それらを利用したいと考える企業があるはずで、このデータの売り手と買い手を結びつける「データ取引市場」が今後広がっていくと考えられています。
例えば、各家庭が保有している「家電の種類」「家電の稼働状況」は、家庭では特に価値があるものではありませんが、このデータが取引市場で売買されるとどのようなことが起こるでしょうか。家電量販店では、10年も同じ製品を使っている家庭に対し、消費電力の少ない商品への買い替えのレコメンデーションが可能となります。宅配事業者では、家電の稼働状況から在宅の有無を推定することで、再配達の回数を削減し、宅配コストの低減につなげることができます。
もちろん、このようなパーソナルデータの利用には本人の同意が必要ですし、場合によってはプライバシーに配慮した適切な流通のために「匿名加工」や「統計化」等の加工も必要になるでしょう。
Society 5.0において安全、安心にやり取りを行うためには、巨大なネットワークの中で弱点をつくらないよう、全体で高度なセキュリティ対策を行うことが必要です。米国では、国防関係の調達へ参加する事業者およびその下請け事業者に対し、国の定めるセキュリティ要件※2へ準拠することを2017 年末以降に義務化し、その他の分野にも広げる方針を示しています。日本でもこれを参考に、データ連携に参画する主体に対して一定のセキュリティ基準を設け、認証された主体のみがデータ連携に参画できるような仕組みが必要と考えられます。
民間分野では、前述のデータ取引市場に参画するデータ流通事業者に対し、運用基準および技術基準に基づく認証・監査を目的の一つとする「データ流通推進協議会」が2017年11月に設立されており、安全、安心なデータ流通を実現するよう準備を進めています。
前述のとおり、Society 5.0 は第5期科学技術基本計画の中で登場した言葉であり、日本政府が発案、推進している政策の一環です。
原点は科学技術分野のロードマップではありますが、アベノミクスにおいて、この新たな技術をあらゆる産業や日常生活に取り入れています。社会課題を解決する手段と位置づけたことで、政府戦略の一丁目一番地にも大きな影響を与えており、数多くの政策がSociety 5.0の実現手段として位置づけられています。
科学技術が起点ではありましたが、現在ではアベノミクスを実現させるための政策の根幹となっているといっても過言ではありません。
図5. Society 5.0をめぐる政策体系
Society 5.0をめぐる政策体系は図5のとおりです。個々の政策体系の説明は次回以降に譲りますが、「未来投資戦略2017」がSociety 5.0の実現のための総合的な政策集となっています。その中で、既存のIT施策との連続性を担保しつつ、Society 5.0の実現のための施策を盛り込んだIT政策集が「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」となります。
また、安倍政権の重要政策である地方創生に寄与するため、地域をターゲットとした地域未来投資促進法に基づいて予算配分を行うと同時に、都道府県/市町村官民データ活用推進計画※3の策定を求める等、地域目線での施策整備、地域発展の起爆剤としての役割も求められています。
Society 5.0をいち早く実現するために、産官学が連携して研究、実証実験を進める仕組みが構築されています。
その一つが「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)」です。これは政府の科学技術予算をCSTI※4主導で成長、重点分野に配分するプログラムです。SIP自体はSociety 5.0の概念が示される前からのプログラムですが、例えば自動運転等、SIPの研究テーマ(課題)の多くはSociety 5.0の実現に寄与するもので、Society 5.0の推進手段として機能しています。
各分野にPD(プログラムディレクター)と呼ばれる取りまとめ役が置かれますが、このPDを学識経験者、民間企業出身者(主に技術部門出身者)が務めているのが特徴です。PDにはプログラム推進のための大きな権限が与えられており、PD主導の下、関係府省が協力して研究を進める体制となっています。
図6. SIP体制図
(出典:「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)概要」 内閣府 政策統括官
(科学技術・イノベーション担当))
実際の研究はNEDO※5等の管理法人から、個別テーマを民間企業、大学等に委託する形となっています。単なる基礎研究にとどまらず出口(実用化・事業)までを見据えた取り組みが求められています。SIP自体は、2014年度から始まっています。
2017年9月25日、安倍総理が衆議院解散を表明した会見の中で、「生産性革命、人づくり革命の二つの大改革はアベノミクス最大の勝負」であり「ロボット、IoT、人工知能、生産性を劇的に押し上げる最先端のイノベーションが今、世界を一変させようとしています。生産性革命をわが国がリードすることこそ、次なる成長戦略の最大の柱」と発言しました。
そして衆議院選挙勝利後の12月8日には「新しい経済政策パッケージ」が閣議決定されました。その中で、「Society 5.0 の社会実装と破壊的イノベーションによる生産性革命」は生産性革命の3本柱の一つと位置づけられ、「2020年を大きな目標に、我が国が、世界に先駆けて実現することを目指し、あらゆる政策を総動員する。」※6と宣言されています。
この宣言は即座に実行に移されており、この直後の12月22日には、平成29年度補正予算が閣議決定されました(2018年2月1日成立)。この中で「生産性革命」が歳出項目一つとして登場し、3,931億円が計上されています。
また、2018年2月1日の未来投資会議(第13回)で示された、「産業競争力の強化に関する実行計画(2018年版)(案)」でも、生産性が伸び悩む分野の制度改革、地域限定型の「サンドボックス」実現のための国家戦略特別区域法の改正法案の通常国会提出を明言する等、Society 5.0 実現の妨げになっている規制を改革する動きも加速しています。
このように、政府は2020年を目標としたSociety 5.0の社会実装を本気で進めており、東京オリンピック・パラリンピックが開催されるころには、新しい社会がより身近になりそうです。
今回はSociety 5.0の全体像について解説しました。次回以降、政府の戦略、各分野の先端の取り組み等を解説していきます。
以上
神谷 浩史 株式会社 日立コンサルティング マネージャー
「Society 5.0(ソサエティ5.0)」という言葉が世に出て2年あまりが経過しました。
ようやく政府も広報活動に力を入れ、新聞広告を出したり、政府広報オンライン上で『ソサエティ5.0「すぐそこの未来」篇』という動画を公開したりするようになりましたが、世間の認知度はまだまだ低いのではないでしょうか。
Society 5.0は、IoT、AI、ロボットを中心とした先端技術によって社会課題を解決していこうという、日本政府が提唱する科学技術政策の基本指針の一つですが、人類史上5番目の新しい社会(Society)と表現されているとおり、私たちの生活の姿、そして社会の在り方までをも変えうるイノベ−ションによって、今後の日本はもちろん、世界を大きく左右する可能性を秘めています。現在安倍総理が進めている「生産性改革」を実現するための重要なファクタ−の一つでもあり、政府も取り組みに力を入れています。本コラムでは複数回にわたって「Society 5.0」とは何か、世の中をどう変えていくものかを解説していきますが、初回は、改めて「Society 5.0」の概要と、政府の取り組みについて解説します。
※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。