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DX時代のITアーキテクチャとグランドデザインによる展開

高橋 規生 株式会社 日立コンサルティング マネージャー

2019年9月30日

1.DXが求めるITシステムの要件と実現方針

近年の企業情報システムにおけるキーワードはデジタル・トランスフォーメーション(DX)といわれている。従来のシステム技術の進展だけでなく、コンピューティングリソースの高性能化、大容量化、低価格化による処理可能データの巨大化(ビッグデータ)、それを用いたAI技術の爆発的な進展がその背景にある。その活動はデータ処理、AI技術を身近な社会インフラへ適用して高度化をめざすSociety5.0の考え方を生み出し、情報化社会を超える新たな時代への移行を促そうとしている。

DXはIDC Japanによれば以下のとおり定義されている
“企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革をけん引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面で顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること”

上記定義を読む限りクラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術などの先端IT技術を用いていれば、DXシステムが構築できそうである。しかし、上記先端IT技術はあくまで「手段」であり、漫然と利用したり、必要に迫られて場当たり的に取り入れてみても、局所的にはうまく稼働するかもしれないが、長期的にひずみが蓄積されたり、全体的に非効率で複雑に関連するシステムが出来上がってしまうことが多い。

例えば、RPA(Robotics Process Automation)はシステム利用者の作業自動化に最適であるが、無節操に導入するとメンテナンス不全で勝手に作業を延々と実施してしまう「野良ロボ」が発生し、誤動作によるシステムダウンや情報漏えいの原因になってしまう可能性がある。このように導入効果特性や運用リスクを考慮せずに先端IT技術を導入することは、大きなリスクに直面することになってしまう。

企業情報システムにおいて、先端技術ITを導入する際の考え方として、「SoE」「SoR」「SoI」というシステム領域特性がある。企業情報システム群を役割に応じて上記3領域へ分類し、適した技術を用いる考え方である。

企業情報システムにおける分類
企業情報システムにおける分類

(a)SoE(Systems of Engagement)

個人消費者や社外企業などの取引先とのコンタクトに利用するシステム群。これらのシステムは、消費者の嗜好(しこう)多様性に合わせて的確に新サービスを提供し、提供形態に合わせてユーザーインターフェースを迅速に変更する必要がある。また、技術潮流が速い端末(スマートフォン、タブレット、各種ハンディデバイス)に対応する必要があり、改修スピードの高速化が求められる。さらに、取引先企業もベンチャーやFinTech企業が増えてきており、APIなどの最新技術での連携を求められる領域である。
特性として迅速な開発・提供、多様性が求められ、品質よりは効率が重視される。
適用する技術はクラウド系基盤(PaaS,SaaS)、API連携、FinTech対応などが挙げられる。

(b)SoR(Systems of Record)

企業内の業務を実行するための基幹システム群。会計や経理・人事、商品・製品管理、受発注管理、製造・在庫管理などのシステムから構成される。これらのシステムは企業活動に欠かせないものであり、その品質・精度・性能が重視される。近年の企業コンプライアンスが重視される風潮から、法令順守や情報漏えい防止などの目的で、エビデンス取得・保管能力や堅固なセキュリティ機能が必要となる。
特性としては、事業継続性確保が重要視され、「適切な情報保持」「正確性」「再現性」「拡張性(法律適合性)」が求められる。
現在のSoRシステムは依然としてホストシステムが担っており、そのオープン化技術(Java言語、オープンCOBOL、マイグレーション技術)の適用が進んでいる。

(c)SoI(Systems of Insight/Intelligence)

ビッグデータを収集してAI技術による分析を行い、他のシステムへ反映するシステム群。機器に取り付けられたセンサーからのリアルタイムデータや、インターネット上で伝送される情報などの膨大なデータを収集、機械学習などのAI技術を用いて分析することで、新たな商品の創造や、消費者への効果的な販売促進、商品搬送経路の最適化、機器の故障予兆検知、経営方針の検討などの活動を支援する。
適用される技術は、OSSをベースとするビッグデータ処理技術やAI技術である。

従来のIT投資の傾向として、SoR領域のシステムの改修・運用コスト(TCO)の削減を目的としたオープン化、新技術の適用が重視されてきた。しかし、DX時代の到来とともにITシステムの経営における位置付けが、新規ビジネスの創出、新ビジネスへの迅速な対応による事業拡大、収益増加へと変化してきている。そのことから「守りのIT」であるSoR領域から「攻めのIT」である「SoE」・「SoI」領域のシステムへ重点の遷移が起こっていると言える。

具体的なシステム機能の配置例を下図に示す。

システム機能の配置例

(a) SoE領域に含まれるシステム

SoE領域には消費者が直接接触するデバイスと、それに向けたアプリケーション配信、データ提供を行うシステムが含まれる。この領域にはスマートフォン向けアプリケーションや、Webブラウザ、ATMなどの自動端末、コールセンターや代理店といった、消費者向けのシステムが存在する。さらに、既存大規模取引先や、ベンチャー・FinTechなどのIT企業とのデータ連携に利用されるシステムが存在する。そのようなシステム、アプリケーションへ社内データを提供するために、API基盤が利用されている。

さらに、SoI領域と関連するシステムとして自動車や船舶、トラックなどに設置されたセンサーや、工場の生産ラインやプラントに設置されたセンサーからデータを収集し、データ処理可能な形式へ変換するデータ収集基盤が含まれる。

(b) SoR領域に含まれるシステム

SoR領域にはホストコンピューターをはじめとした、大規模オープン系システムが含まれている。従来のIT投資の大半はこの領域へなされており、メインフレーム、ハイエンドサーバー、ブレードサーバー、PCサーバーなどのハードウエアに、ホストOSやLinux系OS上に構築された膨大なアプリケーションが存在する。またERPパッケージシステムやDWHシステムも含まれている。

(c) SoI領域に含まれるシステム

SoI領域にはAIによるビッグデータ分析を実施するためのシステムが含まれている。分析対象となるデータは分析の目的・種類により異なり、分析により想定外のデータが必要になる可能性もあるため、できるだけ多種多様なデータを集めておく必要がある。それら大量のデータを容易に蓄積可能な仕組みとしてデータレイクシステムが必要となる。それらデータを分析に掛けるために整形、前処理するためのデータ加工基盤(ETLなど)や、蓄積するためのデータマートが含まれる。さらにAI機能を提供する機械学習や統計処理、データ解析などを行うシステムが含まれる。加えて、分析結果をサービスとして提供し、機器の管理や機器制御を実施し、商品レコメンデーションなどの拡販や調達調整、配送最適化を行う基幹業務改善を行うシステムが存在する。

2.アーキテクチャを支える先端技術

「SoE」「SoR」「SoI」それぞれのシステム領域において、システム構成を決定づけるアーキテクチャが若干異なっている。それは、システムの利用者、対象機器、データ、処理の特性がそれぞれ異なるからである。本章では、各領域における代表的なアーキテクチャとそれを構成する先端技術を紹介する。

(1)SoE領域におけるアーキテクチャ

本領域におけるアプリケーションは、対象端末機器がスマートフォンやタブレット、個人PC、専用端末などの多様な種類が存在するが、基本的にはWeb技術を利用して構築される。端末には利用者用の入出力処理、画像処理などの機能のみ実装されるため、主要な処理はクラウド上に構築された強力なサーバーで実行される(クライアント-サーバー構成)。

クライアントを構成する技術として、Webブラウザへ配信されるWebページの形式でありながら、HTML5の非同期通信機能を用いて画面遷移を抑止し、あたかも専用アプリケーションのように動作するSPA(Single Page Application)や、リッチコンテンツの利用が一般的になっている。開発言語としては、品質よりも処理記述の容易性が重視されJavaScriptなどのスクリプト言語が利用されることが多い。

本領域は、消費者の興味を引き付け続けるため新技術が頻繁に導入される。そのため短期間で周期的にアプリケーションをリリース・バージョンアップを重ねていくことができるDevOps環境(継続的開発環境)を利用して開発が行われる。

DevOps環境
DevOps環境

DevOps環境は、(1)効率的な開発を実現する開発(Dev)環境と、(2)新機能の厳密な検証・リリースを実現する運用(Ops)環境から構成される。それぞれOSSで提供される作業自動化ツールを連携させることで、開発者・運用者がそれぞれの設計作業・検証作業に注力でき、効率的にパフォーマンスを発揮することが可能となる。

制約が少ないSoE領域は、実行環境においても「クラウド技術」という最新技術の恩恵をうけることができる。
クラウドはハードウエアや基本ソフトウエア(OS)を大量に用意し、それらを複数の利用者が共有する技術である。利用者には、割り当てられた量のリソースをあたかも占有利用しているように扱える、仮想的な環境が提供される。利用する環境のレベルによって、IaaS(Infrastructure as a Service:CPUやHDDのみ利用)、PaaS(Platform as a Service:DBや開発環境を利用)、SaaS(Software as a Service:ERPやグループウエアなどの業務アプリケーションを利用)の3種類のサービスが提供されている。

クラウドを代表する新技術として以下が挙げられる。

  • コンテナ技術
    コンテナ技術はアプリケーションを実行環境ごとパッケージ化する技術であり、コンテナをクラウドへ展開するだけでアプリケーションが即時利用可能となる。ダウンロードしたアプリケーションを迅速に展開・実行させたり、コピーして複数のアプリケーションを並行稼働させたり、他クラウドへ容易にコピー・移行するといった使い方に利用される。Kubernetesなどの実用に耐えうるOSS製品が出そろってきておりデファクトスタンダードになりつつある。コンテナ技術により負荷分散機能の標準化、品質向上が見込めるだけでなく、どんなクラウドでもアプリケーションが同様に稼働するので、配置場所を意識しなくても使える位置透過性向上や、ベンダーロックインの排除など、クラウド利便性の向上に大きく貢献するものと考えられる。
  • サーバーレス技術
    サーバーレス技術とは、システム構成やミドルウエアを意識することなく、プログラムをインストールして実行するだけで処理を実行可能とする技術である。データベース管理や負荷分散管理、システム設定などの付帯業務が一切不要になるため、開発者はプログラム設計に専念でき、効率向上に多大な貢献が見込める技術である。

コンテナ技術とサーバーレスアーキテクチャ
コンテナ技術とサーバーレスアーキテクチャ

(2)SoR領域におけるアーキテクチャ

SoRシステムはコンピュータの黎明期からメインフレームをベースとしたホストコンピューターで構築されてきている。ホストコンピューターは専用技術を利用した高性能・高信頼ハードウエアとそれに特化した高品質ソフトウエアで構成されており、単体として高い完成度を誇っている。
しかし、汎用コンピュータ技術を利用したオープンシステムの興隆に伴い、高価なホストシステムから安価なオープンシステムへの移行が推進されてきた。ハードウエア単体での性能はメインフレームが非常に高いので、比較的安価な汎用ハードウエア(PCサーバー)を大量に並行利用することで同等以上の処理性能を確保する、スケールアウトの考え方が採用された。
ハードウエアの多重化という観点では、CPU内の演算処理コアの複数化(マルチコア、マルチスレッド)、マザーボード上の複数CPU実装といった技術に加え、大量のPCサーバーを高速データバスで接続するブレードサーバーといった技術が開発されている。
アプリケーションの多重化という観点では、分散処理技術がそのベースになっている。同じ処理を複数サーバー上の同じアプリケーションで並行処理する対称性分散処理(Symmetric Multi-Processing)と、処理を特性ごとに分割して別々のサーバーで処理を行う非対称性分散処理(Asymmetric Multi Processing)の2種類が存在する。対称性分散処理では、負荷分散器(ロードバランサ)などを利用したスケールアウト構成が利用される。非対称性分散処理では、Webサーバー、アプリケーションサーバー、データベースサーバーといった、基盤ソフトウエア別に分割したサーバーを組み合わせる構成を採ることが一般的である。
代表的なオープン系アプリケーションアーキテクチャとして、Java EE(Enterprise Edition)を挙げることができる。高度な処理も比較的容易に記述でき、オープンシステム開発言語として発達してきたJava言語を利用して、大規模システムを構築するために規定された標準仕様がJava EEである。Java EEはMVC(Model,View,Controller)モデルをServletやEJB(Enterprise Java Bean)で実現しており、OracleやIBM、日立などの著名な実行基盤製品に取り入れられ、多くの大規模システムの基盤として採用されている。

SoRシステムのアーキテクチャ例
SoRシステムのアーキテクチャ例

上図はオープン系技術を適用したSoRシステムのアーキテクチャ例である。アーキテクチャに含まれる要素は以下のようになる。

(1)
業務システム
業務処理を実行し、サービスと画面によるGUIを提供する。
(2)
サービス
システムが持つ機能を外部から利用できるようにしたI/F機能。SOAPプロトコルで通信を行う。
(3)
コントローラー
要求を実行するため処理呼び出しを行う機能。処理順序を規定し、最小粒度の機能(要素機能)を呼び出す。ビューにおけるコントローラーは画面遷移もコントロールする。
(4)
APロジック
業務を行うために必要なプログラム。業務ロジックを組み合わせて業務を行う機能を構成する。共通オブジェクトを利用したり、データアクセスオブジェクトを介したりしてデータベースアクセスを行う。
(5)
共通オブジェクト
ロジックのうち、共通的に使われるオブジェクト。オブジェクトのインスタンスは再利用されず、プログラムのみ再利用される。
(6)
データアクセス
データを保持するオブジェクトを集めたライブラリ。データ保持オブジェクトには、データベースとのやり取りに利用するDAO(Data Access Object)と、モジュール間のデータ受け渡しに利用されるDTO(Data Transfer Object)がある。
(7)
共通サービス
複数業務に共通な機能を提供するサービス。
(8)
システム連携基盤
システムやサービスを連携させるためのソフトウエア。各システム・サービス接続機能を提供する。
(9)
ビジネスプロセス管理
業務フローに沿ったサービス呼び出し(ビジネスプロセス)を実行する機能。ビジネスプロセスを別途定義し、外部から設定することができる。
(10)
プレゼンテーション
エンドユーザーにシステムの機能利用インタフェースを提供する機能。
(11)
ビュー
Webブラウザやハンディターミナル、スマートフォン、保守機器などの、システムのエンドユーザーが利用するデバイスと接続し、データの送受信を行う機能。デバイス専用フォーマットへデータを変換する機能なども持つ。
(12)
ジョブ管理
大量一括処理を行うバッチ処理などを起動し、管理する機能。
(13)
ETL(Extract、Transform、Load)
大量一括処理を行うバッチ処理を、データベースなどを用いて実施するソフトウエア。

なお、本領域では長年にわたり、オープン化の試みや最新技術の開発・適用が行われているが、なかなか成功したプロジェクトが多くないのが現状である。目的が運用効率化・ITコスト削減であり事業拡大への貢献や発展的な効果が薄く、オープン化に成功してもシステム構成が複雑になりがちで運用コストがかえって増加する傾向にあるためと考えられる。そのため現在では、無理してオープン化したり、システムの刷新・拡張を行ったりせず、現状を維持するために必要最小限の投資のみ行う「塩漬け」システムが増えている。
しかし、DX時代に対応するためには、急速に進化・変化する「SoE」・「SoI」領域のシステムへ、安定的で高品質な業務機能(サービス)を提供することが、SoR領域の基幹システムに求められている。基本機能の維持・強化を行いながら、柔軟に機能(サービス・API)を提供できるようにAPI連携基盤を用いたインターフェース整備などを行うことが本領域の今後の方針と言えるだろう。

(3)SoI領域におけるアーキテクチャ

本領域は近年大流行しているビッグデータ分析、AI技術を利用するシステムで構成されている。そのため、アーキテクチャには最先端のデータ処理、クラウド、OSSの技術が活用されているが、その源流は企業内経営情報の収集・分析・報告を行う意思決定システムやDWH(Data Warehouse)システムにあり、その規模・機能・構成を拡張したアーキテクチャになっている。
本領域は大きく二つの技術領域に分かれる。一つは、インターネットや機器センサーから発生する大量のデータを収集・蓄積し、分析に適したデータへ変換、再編成する「データレイク基盤」である。データレイク基盤は多種多様で膨大な量のデータ(ビッグデータ)を蓄積・処理するために考案された仕組みである。ビッグデータの分析方法は目的によって多様なため、生データをそのまま格納できる必要があり、非構造化データを格納でき、ファイルシステムよりもスケーラビリティ、検索性が高い「オブジェクトストレージ」に蓄積される。それらを分析エンジンに入力するため、ETL(Extract、Transform、Load)ツールなどで「データプロセス」(処理・加工)して、検索・分析専用DB「データマート」へ格納する。

SoI領域のアーキテクチャ構成
SoI領域のアーキテクチャ構成

もう一つは、収集してきたデータをAI技術を用いて分析し、グラフィカルで分かりやすい結果を表示することで、意思決定や行動決定を支援する「データ分析基盤」である。AI技術を用いて分析を行う機能を「データアナリティクス」という。AI技術は古くから情報学における主要分野であり、様々な研究がなされてきたが、近年のコンピューティング処理能力の飛躍的な向上と、メモリ、通信、記憶装置の大容量化、クラウド技術による低価格化が進展することにより、理論の実践・実用化が可能となっている。さらにGUI機能の性能向上により、より多様・鮮明で分かりやすいグラフィカル表現が可能となり、安価で分析画面「データダッシュボード」が構築されている。

3.グランドデザインでDXの未来へ

前章で述べたとおり、各システム領域に対する最適な技術・アーキテクチャは異なってくる。目的に対して異なる領域の技術を適用すると非効率なだけなく、目的達成不可能な「動かないコンピュータ」を作り出してしまうことになる。よって、システム開発を行う際には、目的にあった領域の技術を適用することを心がけ、適切なシステムアーキテクチャを採用すべきである。
では、具体的にどのような検討を行えば効率的で効果的なシステムを構築できるのであろうか?本来開発すべきシステムがどの領域に属するのか、属すべきなのか?その領域で利用される数々の先端技術のうち、どれを採用し、どれを不採用とするのか?その技術の採用が社内の方針に抵触しないか?社内業務・システム的に適用が困難なのではないか?このような多くの疑問がシステム企画者・開発者の頭を悩ますこととなる。このような問題を解決するために利用するのが、グランドデザインである。
グランドデザインは、ブループリント(青写真)とも呼ばれ、プロジェクト全体の見取り図、俯瞰(ふかん)図をといった意味合いを持つドキュメントである。プロジェクト管理の標準知識体系(PMBOK)のプロジェクト計画書を拡張し、構築すべきシステムのアーキテクチャを明確化することで、システム開発の方針書となるものである。

グランドデザインの構成と位置付け
グランドデザインの構成と位置付け

グランドデザインは、Part1.プロジェクト構想、Part2.システム基本構想、Part3.システム開発基準で構成される。作成するために必要な入力情報は、システムを構築する企業における経営計画とIT戦略である。経営計画に沿ったシステムでないと経営層によるシステム開発の認可が下りず予算が確保できなくなる。また、システムを利用する業務実施部署の理解が得られないため、慣れ親しんだ現行システムから移行せず、使われないシステムとなってしまうことになる。IT戦略は情報システム部署の方針であり、それを考慮しないと多大な非効率性が発生するだけでなく、最悪既存システムと連携できない孤立したシステムが出来上がってしまう。
グランドデザイン作成後、システム開発工程が実施される。グランドデザインで規定されるのは方針であるので、それに従った具体的・詳細な業務要件定義・システム要件定義が実施されることになる。

グランドデザインが規定する項目
グランドデザインが規定する項目

グランドデザインで規定される項目は以下のとおりとなる。

(1) Part1.プロジェクト構想

対象システムの開発プロジェクトに関する方針を規定する。プロジェクト計画書の方針を規定する。

目的・ゴール
プロジェクト自体の目的とゴールを規定する。開発すべきシステムだけでなく、関連業務・システムを含めた全体として達成すべき項目を記述する。
プロジェクト全体像
プロジェクト自体の経営計画、IT戦略上の位置付けを記載する。全社活動に対する関わり方(入出力、成果適用先)、関係部署、中長期スケジュールを記載する。
めざすべき最終形態
開発するシステムと関連する業務・システムの最終的な関係を記述する。開発終了時に実現しているべき形態を示す。
実現すべき事項
目的・ゴールを達成するために実現しているべき項目の状態を具体的に記述する。
実現方針・仕組み
目的・ゴールを達成するために採用する技術や業務の方針を記述する。

(2) Part2.システム基本構想

開発すべきシステムの実現技術・アーキテクチャに関する方針を規定する。システム計画書の方針を規定する。

システム化の目的・コンセプト
開発するシステムの目的・範囲・コンセプト(方針)を記載する。
現システム(AsIs)や新規の課題
現行システムや関連する課題の調査を行い、整理する。
課題の実現方式(ToBe)
課題の解決策を列挙し、実現方式を記述する。
将来業務アプリの実現イメージ(ToBe業務)
解決策を実施した場合の業務アプリケーションの概要を記述する。
新規アーキテクチャ(ToBe)
複数の解決策を組み合わせてシステム全体の構成・実現方法を記述する。
新規アーキテクチャ(ToBe)検証
シナリオを用いてアーキテクチャ検証を実施した結果を記載する。

(3) Part3.システム開発基準

システム開発を実施していく上で、基本構想を実現するために行う作業項目と、その実施方針を規定する。下記内容を記載したシステム開発ガイドを作成する。

システムコンセプト
システム開発における方針を象徴的に記述したコンセプトを記載する。
アーキテクチャ詳細
全体的なアーキテクチャと構成要素を記述する。
階層モデル・分割基準
アーキテクチャを実現する上で必要となるソフトウエアを階層化して記述する。アプリケーション開発を実施する単位(モジュール)への分割方針を規定する。
開発プロセス・成果物形式
開発作業の進め方をプロセスとして記述する。各プロセスでの成果物を規定する。
品質基準・チェック項目
プロセスの終了条件と成果物の品質合格基準を規定する。判定のためのチェック項目を規定する。
設計サンプルとポイント
成果物のサンプルと作成のためのポイントを規定する。

上記のようなグランドデザインを規定することにより、システムだけでなくプロジェクト全体の目的や範囲が明確になり、プロジェクトを成功させることが容易になるだけでなく、考慮すべき技術ポイントが方針に盛り込まれ、作業タスクにまで分解されるため、方針と実装の乖離(かいり)を減少させることが可能となる。

4.今後の展開

DX時代における情報システムは、ますます多様化を深めていく方向性にあると考えられる。通信技術の大容量化、高速化、デバイスの微細化に伴い、従来では考えられなかったような機器や物品まで饒舌(じょうぜつ)に情報発信を始めている。収集されるデータも機器の物理的な位置や状態(姿勢、温度など)だけでなく、目的に沿った稼働状態(仕事量、消費エネルギー)など、多種多様・大量化している。生体情報や行動履歴など、人間の活動に関わる情報の分析も盛んに行われてきている。ITは従来、企業従業員の業務支援が中心であったが、その分野を超越して工場やプラントなどの企業活動のみならず、現在では一般社会のインフラへの成長を開始していると言える。

このことから、現在のIT潮流の変革は「SoE」・「SoI」領域を中心に起こっており、盛んに新技術が創出されている。仮想通貨に基盤となるブロックチェーンはすでに実用化に向かっており、FinTechと共に金融機関の存在意義やコアコンピタンスに大きな影響を与えている。ドローン配送や機械化倉庫は小売り・物流業界に大きなインパクトを与えており、amazonなど巨大プラットフォーマーの一極集中に貢献している。社会インフラ分野では自動化運転やMaaSによる移動系生活基盤のAI化が進んでおり、実現に向かって着実に進歩している。

システム開発の動向においては、活発な「SoE」・「SoI」領域の技術革新に影響を受けて、SoR領域のシステムも変化の兆しが見えてきている。政府による規制緩和の動きに合わせて、経済活動の根源である基幹システムがクラウドやAI分析の先端技術を取りいれることが可能になってきている。それにより、IT高度化が効率化・コスト削減だけでなく新事業創出や業種融合といった、価値創造へ貢献できるように変化していくものと考える。今後の動向をさらに注視していきたい。

以上

本コラム執筆コンサルタント

高橋 規生 株式会社 日立コンサルティング マネージャー

デジタル・トランスフォーメーション(DX)時代における企業情報システムの構築を、より効果的かつ効率的に進めるために。
システム領域に適応するアーキテクチャ、それらを支える先端技術、技術の潮流に応じた開発手法などについて全3回の連載を通じてご紹介していきます。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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