石田 哲朗 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー
2024年5月7日
「競争力強化のため、いまやDX推進は大命題。システムやツールを導入したけれど、肝心の成果がまだまだ…」
そんな悩みを解決する鍵はDX人財の育成にあるようです。本コラムでは“ジブンゴトDX人財”をキーワードに、課題と解決アプローチを紹介します。
DX(デジタルトランスフォーメーション)という概念が示されてから、はや20年。DX推進を経営課題の一つと捉える企業が年々増加し、投資も拡大するなど、日本のDX市場は急成長を続ける一方で、新たな課題も浮上してきました。
経済産業省の政策実施機関が発行する『DX白書2023』※1によると、DXの取り組みによって「成果が出ている」と回答した国内企業は58.0%に上るものの、そのうち「すでに十分な成果が出ている」と回答したのは1割程度にとどまっています。つまり、成功している企業は取り組み企業全体のわずか5〜6%、それ以外の企業はDX投資を行っているにもかかわらず、思うような成果が上がらないという課題感を持っていることが見えてきます。
DXの成果が上がらない要因としては、
などさまざまですが、とりわけ“DX人財の不足”を要因として挙げる企業が多数あります。先の『DX白書2023』の調査でも、DX人財の「質」的不足、「量」的不足を訴える企業はいずれも9割近くに上り、しかも状況は悪化しています。
企業がDX人財を確保する手段には、DX系コンサルティングファームへの委託、DX専任人財の採用、既存従業員の育成などがあります。DX系コンサルティングファームへの委託や専任人財採用は、競争の激化によって獲得コストが上昇している上、確保できる人数(量)が限定的です。また、委託や採用で人財が確保できた場合でも、その企業の実態や強みも考慮したDX施策を推進し、根付かせていくためには、求めるDX人財を内部で育成することが重要なプロセスになります。しかしながら、この育成が一筋縄ではいかないミッションであり、多くの企業が頭を抱えているのです。日々、企業の方々に接していると育成の難しさこそがDX推進における根本課題ではないかとすら感じます。
そこで本コラムでは、日立コンサルティングがこれまでお客さまとともに取り組んできた経験に基づいた、DX人財育成の成功へのアプローチを紹介していきたいと思います。
企業におけるDX人財育成は、事業部横断でのDX実現を念頭に置いたDX推進部門(以下、横串DX推進部門)や人事部門で主に統括しているケースが多いです。
弊社がご担当の方々からよく耳にするのは、
「研修やアイデア創出の機会を設けても、受講者は常に受け身の姿勢」
「eラーニングや研修などの施策が活用されず、形骸化している」
といった声です。
座学や実践型ワークショップなど多様な学びのツールや機会を設け、実施しても、「従業員に響かない」「成果が見えてこない」という課題は、DX人財育成に行き詰まる企業の代表的な課題といえます。
これらの課題の背景にあるのが、“DXのジブンゴト化”不足です。
“DXのジブンゴト化”とは、「従業員が変革の必要性を理解し、DXの実現に向け、自ら持続的に取り組む状態となること」を意味します。
そもそもDXとは、組織、業務、企業風土のトランスフォーメーション(変革)であり、従業員一人一人が変革の必要性に納得し、行動する風土がなければ成し得ないものです。
SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)やクラウド、生成AIといった「DXの手段」と、eラーニングなどの「学びの手段」は年々発達し身近になっていく一方で、前向きにこれらの手段も活用し、試行錯誤し続ける“ジブンゴトDX人財”は依然不足していると考えます。
前述のように横串DX推進部門が、DXや学びの手段を提供するだけでは成果につながらず、それを受け取る側の従業員の意識改革(ジブンゴト化)をどう生み出すか、が鍵となります。
では、自社の従業員にDXをジブンゴト化してもらえるような育成とは、どのようなものなのでしょうか。
DX人財育成の学びの手段は一般的に以下のようなものがあります。これらの手段を対象者や目的、シチュエーションに応じて使い分けていくのは言わずもがなですが、ここでポイントとなるのは「DXの具体的な目的や取り組みテーマ(何を実現するために学ぶか)を先に明確にできるか」にあると考えています。以下、このポイントを念頭に失敗しやすいアプローチと成功しやすいアプローチの双方を解説していきます。
学びの手段を、下図のように階段を一段ずつ上っていく順序で実施する方法がありますが、これが失敗しやすいアプローチの代表です。
企業がついついこのようなアプローチに陥ってしまう理由は次のようなものです。
これこそ失敗への第一歩といえます。従業員からすれば、自分がこの先、何をすべきか分からないまま、ただひたすらに、DXについてリテラシーや知識を付けよとeラーニング受講を命じられても、ジブンゴト化できません。義務的に取り組んだ結果、多忙を理由に途中でリタイアしてしまうという末路は想像に難くないでしょう。
これに対し、従業員が自発的に学び、ジブンゴトとしてDXに取り組むようになるアプローチは、目的や取り組みテーマから従業員自ら逆算して必要な学び手段を選択していくやり方です。
つまり、DXプロジェクトの実践によって、従業員が具体的な取り組みテーマやタスクに取り組みながら必要となる知識やスキルを逆引きで習得していくのです。
まず、DX戦略や各部門のミッションに従い、DXの取り組みテーマを明確化します(例えば、「ECサイトの顧客データ分析」「製造プロセスの課題の見える化」といった具体的な推進プロジェクトです)。そしてそのプロジェクトに育てたい従業員をアサインします。
するとその従業員は、プロジェクトを通して自分に与えられたタスクを完遂させるため、その都度、必要となるeラーニングやハンズオン演習を受講し始めます。このようなプロセスを経て「誰かに強いられて取り組んでいた学び」が「目的を果たすための学び」、すなわち、ジブンゴトの学びに変化するのです。
また、プロジェクトメンバーとしてDX推進に携わっていくと、関係部署の説得や顧客との交渉などにおける教科書にないスキルやノウハウも必要となってきます。社内でDXをけん引する立場の人、つまり“ジブンゴトDX人財”に必須となるこれらの実践的スキルを、自然な流れの中で習得していくことができます。
以上のことから“ジブンゴトDX人財”を生み出す秘訣(ひけつ)は、
にあると考えます。
次の項では、“ジブンゴトDX人財”育成の環境づくりや推進、実際の展開について、弊社のコンサルティング事例から紹介します。
「事業部管轄のDXプロジェクトを活用して育成といっても、どうやって社内の仕組みをつくればいいのか」
そのような育成担当部門の皆さまの疑問に答えるため、弊社がご支援したいくつかの事例から、“ジブンゴトDX人財”育成の進め方、ベストプラクティスのポイントを整理してみました。
4つのポイントをもう少し掘り下げて解説します。
「変革リーダー層」とは、“DXの方向性を示しながら現場を引っ張っていく人財“です。変革リーダー層に位置する人財の具体的なイメージは、事業部門の部長クラスを思い浮かべてもらえるとよいでしょう。事業部門のビジネスを俯瞰(ふかん)し、かつ社内幹部や顧客に能動的に働きかけ、提案を行えるエース人財です。
対して「フォロワー層」とは、変革リーダーのリードを受けながら、デジタルを活用して現場の業務を遂行する人財です。コーポレート部門、製造部門、顧客接点部門などで実際の業務を担う人財をイメージしてください。
2つの層が、いずれもジブンゴトで自発的に学びを得ながらDXを推進していくことがめざすところですが、育成アプローチはそれぞれ異なると考えます。「フォロワー層」には、現場の業務変革を担う立場ではなく、日々のオペレーションを着実に遂行する役目の方々も含むため、いきなりDXプロジェクトへのアサインやゼロイチの変革活動を求めることは現実的ではありません。そのため、「変革リーダー層」から育成に着手し、「フォロワー層」に意識や行動を波及させる流れをつくります。
いかに責任感の強いリーダーであっても、「デジタルを駆使してどのような変革をもたらすべきか、具体的に何をやるべきか」が見えなければ行動を起こすことは難しく、学びの機会も生まれません。そこで、変革リーダーが所属する事業部門と横串DX推進部門が連携して、ワークショップ形式などで集中討議を行い、DXの取り組みテーマを具体化していきます。
このように、人財育成を担う横串DX推進部門とDXの現場となる事業部門が分断されることなく、「(ビジネスとして)DXに向けて何をすべきか?」「そのために必要な人財育成とは何か?」をともに検討、立案し、変革を推進していくことが成功の大きなポイントといえるでしょう。
しかし、全社、全事業部で一斉に推進というのはハードルが高いので、スモールスタートで一部の事業部門から取り組みを始めること、その際に特に前向きで実行力のある人財を「変革リーダー層」の最初の候補に選定することもポイントとなります。
②で立案されたDXの取り組みテーマの一例を挙げて解説します。
例えば、サプライチェーンマネジメント部門が定めた取り組みテーマが「仕入れ・取引先との連携プラットフォーム活用によるサプライチェーン効率化」とすると、変革リーダーはまず、仕入れ・取引先のニーズ調査が必要だと考えます。ニーズを調査するためには、バリューチェーン分析、取引データから課題を抽出するためのデータ分析などが必要です。これらの「DXのためにやるべきこと」について、リーダーは書籍による自己学習やハンズオン型データ分析研修への参加などの行動を起こします。これらの知識やスキルを習得していく過程はまさにジブンゴト。実践的な学びであり、学んだことは即アウトプット(実践)につなげることができます。
このような「やるべきことから逆算し、自然発生的に(必要に迫られて)学ぶ」ことは有効な学び方の一つです。一見して当たり前のように思われることですが、“ジブンゴトDX人財”育成においてもこのプロセスを根付かせることが重要となります。
③でリーダーの意識、行動をほかの事業部門および「フォロワー層」に波及させ、横展開していく工程です。
“ジブンゴト”を、限られた変革リーダー層から他のリーダー層やフォロワー層へ波及させていくには、以下のようなストーリーで「変革の好循環」を生み出すことがポイントとなります。
「ジブンゴトで取り組む変革リーダー層(先駆者)」が部門内に小さな成功を生み出す
↓
先駆者の姿勢や成果を周囲が目の当たりにすることで行動が波及
↓
受け身ではない意識を持った“ジブンゴトDX人財”が増える(マインドシフト)
↓
人財一人一人が変革の主人公となり、組織の変革(マインドシフト)が起こる
上記ストーリーを実現すべく、本ケースでは、DXの取り組みテーマ推進の事例を、変革リーダーの学びの過程を見せながら成果として示すことで啓発を行います。具体的には、変革リーダーにスポットを当てたインタビュー記事を作成して社内広報として公開、DXの取り組みを対象とした社内表彰制度の立ち上げを実施するなどです。
これらの活動により、「DXに取り組むと、組織や自分がどのように成長、変革するのか」を皆に示すことができます。例えば、先述の「取引先との連携プラットフォーム」のシステムをローンチしたことで、調達業務の見える化と効率化が進んだといったようなDXによる成果を社内に訴求していくことは、従業員と組織全体のマインドシフトに欠かせない活動といえます。
上記のような意識醸成の啓発を実施することに加え、学びのプロセスをモデル化(下図:ラーニングプロセスマップ)し、第2、第3の変革リーダーおよびDXの取り組みテーマの創出に横展開させていくことで、スモールスタートで始まった取り組みを段階的に全社の活動へと育てていきます。
いかがでしたでしょうか。今回は「DX人財育成をいかに成功に導くか?」をテーマに日立コンサルティングがお客さまとともに培ってきた知見の一部を紹介いたしました。
いずれの企業においても、DX実現までの道のりは決して平坦ではなく、人財育成の課題のほかにも、「経営トップのコミットメント」「個別のDX施策のガバナンスと全体最適化」「変革人財の評価の在り方の見直し」といった困難な課題が存在し、それらを乗り越えて前進を続けた企業だけが、DXの成果を企業価値向上につなげることができます。
「自社の現在地はどこなのか」そして「どこをめざすのか」、日立コンサルティングはともに考え、答えを一つずつ導いていく手助けをご提供いたします。ぜひ、私たちにご相談ください。
石田 哲朗 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー
※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。