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第1回 ドローンを活用した社会インフラ施設・設備の点検・保守業務

早島 圭太 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

2022年6月23日

1. 社会インフラ施設・設備での点検

■ 国内インフラ施設・設備の現状

国内における橋梁、道路、ダム、トンネル、送配電線、プラントなどの社会インフラ施設・設備は、国民の安全・安心や社会活動の基盤であり、そのインフラ機能が発揮されるよう、平時から適切なメンテンナンス・維持管理が重要である。しかし、既存の施設・設備の多くは高度経済成長期以降に整備されており、今後、建設から50年以上経過する施設が加速度的に増加することが見込まれ、老朽化による不具合なども懸念されている。近年の自然災害等の激甚・頻発化により、防災・減災のため社会インフラが担うべき役割が重要視されている。

■ 担い手不足への対応の必要性

老朽化する社会インフラ施設・設備が増加していく中で、適切な維持管理を継続的に行うためには、点検や修繕等を効率的に実施する就業者の確保が必要となる。しかし、こうした技術ノウハウを持つ技術労働者が不足しており、社会インフラ施設・設備への点検・保守業務の生産性向上は喫緊の課題である。

■ ドローン活用の背景

これらの課題において、空中移動が可能、人間では撮影が困難な箇所への到達が容易、撮影データでの確認といった、点検時の危険性排除や作業代替が可能となるドローンの有用性が着目されており、点検・保守に係るさまざまな実証実験が行われている。

2. 点検・保守業務の概要とドローン活用による期待効果

社会インフラ施設・設備での点検・保守は、その対象となる構造物(橋梁・道路・ダム・トンネル・送配電線・プラント等)によって具体的な点検箇所・項目や検証方法などは異なるが、おおむね対象設備の点検計画の策定から作業員による目視などによる現場点検を実施。その後、点検結果に基づく措置を講じ、報告書の作成・保存による維持管理を行う。

点検・保守業務でのドローン活用を考える場合、空撮による点検用画像の取得、運行管理機能による事前の飛行計画・ルート策定や取得画像の損傷検知(AI)など、利用するテクノロジーはいくつかあげられる。それらを活用して、安全、かつ品質にバラつきのない点検情報の取得や、損傷検知(AI)による損傷・異常の自動検知により、現場作業員のマニュアルベースの点検から、より高度な点検・保守業務へと進化が期待できる。
また、点検履歴がデータとして蓄積されるにつれ、報告書の自動生成や点検情報のデータベース化などの維持管理業務にテクノロジーを段階的に導入していくことで、点検・保守業務プロセスの全般にわたる最適化が図れるものと期待されている。(図1)

図1.点検業務の概要とドローン点検による期待・効果
図1.点検業務の概要とドローン点検による期待・効果

3. ドローンを活用した社会インフラ施設・設備点検の実証

ドローン活用への期待が高まる中、各地でさまざまな実証が行われている。しかし、特定のユースケースでの実用化は見受けられるものの、本格的に社会実装されるまでの技術や仕組みは確立されていないのが現状である。
ここからは、当社がこれまで支援した「ドローンを活用した社会インフラ・設備点検の実証実験」から、実用化に必要となる検討論点と、それに対する考察を述べる。実用化・社会実装の一助とされたい。

■ 実証の目的

当社が支援した主な実証実験では、プラント施設・設備を対象とし、ドローンと画像解析AIを活用した保全管理への適用可能性の検証を目的としていた。対象とした施設・設備は操業30年を超えて老朽化が進んでおり、メンテナンスコスト、および重大事故リスクが増大していた。また、労働力人口の減少により熟練技術者が高齢化し、引退を迎えることによる技術者の減少が問題化していたため、ドローンや画像解析AIを活用することで点検作業時間数の削減や補修時期の適正化をめざしたものである。

■ 検証内容

これらの実証実験では、プラント施設内の各種設備(タンク、風力発電、橋梁など)を対象に、ドローンでの空撮時に取得した画像データからAI画像解析によって設備の損傷箇所を検出。ドローンを活用したインフラ点検手法および画像の経年比較、損傷の発生・成長確認の可能性を検証した。また、単一画像での損傷検出では、設備の損傷位置を把握できないため、撮影した大量の画像データから位置関係を算出し、立体表示する3Dモデルを作成。また、目視およびAI画像解析で注視したい損傷箇所を特定(マーキング)し、データ連動することで、その注視箇所の確認作業が容易となるかを併せて検証した。

■ 検証項目とアプローチ

主な検証項目としては「ドローン自律飛行による点検画像の取得」「AI画像解析による点検手法の実現検証」の2点とした。(図2)
「ドローン飛行による点検画像の取得」は、近接目視と同等の損傷検出が可能な高解像度画像が必要となる。そのため、撮影機材として高解像度カメラと望遠レンズを使用し、赤外線シャッターによるオートフォーカス機能を活用した。また、3Dモデル作成用の画像取得のため、適切なカメラ角度や画像ラップ率を検討している。撮影環境にもよるが、風による機体振動の増加が見込まれる場合は、シャッタースピードを短くし振動によるぶれを抑え、ISO感度で補正し明るさを補うなど、天候、時間、撮影対象物によりカメラのパラメータ設定が個別に必要となる。
飛行ルートの設定では、GPSの位置誤差(±2m)や、GPS信号の反射による精度低下を防ぐための離隔を設定し、ドローン落下時のリスクを最小化させるため、事故発生による影響の大きい落下位置を特定し、それを避けるルートを策定している。

「AI画像解析による点検手法の実現検証」は、画像解析で点検が困難な箇所を除外するため、点検簿の確認や作業現場員へのヒアリング後、目視・AI画像解析で検出が可能な損傷を特定、評価対象を選定したうえで検証に臨んだ。実証に利用するAIモデルは、一般的なクラックやサビといった損傷を学習させたものをベースに、本実証で取得した損傷データを再学習させたものを利用した。また、誤検出を低減するため、AIによる損傷検出に加え、損傷箇所の色彩を解析する手法を組み合わせた画像解析の方法を採用している。

図2.検証項目とアプローチ
図2.検証項目とアプローチ

■ ドローン点検に必要な体制・スキーム

本実証では、ドローンによる施設・設備の撮影から撮影データの取得・蓄積、撮影データによる画像解析・損傷検出や3Dモデルの作成といった、新たな点検業務モデルを構築した。このような新たなモデルには、役割別のプレイヤーによる共同体制の構築が必要となり、その体制・スキームは点検業務の委託有無等によって複数のパターンが考えられる。今回の実証では設備管理元が点検業務を自社で行っていたため、将来の自社でのドローン飛行を見据え、機体を提供するドローン機体メーカーと、各種ITサービスを提供するソリューション提供業者が加わり実証に臨んだ。

図3.ドローン点検に必要な体制・スキーム
図3.ドローン点検に必要な体制・スキーム

4. 実証結果と導出された課題・解決策

■ 実証結果と解決策

今回の実証では、ドローン空撮画像を用いた損傷検出の実現性に関して一定の成果を上げた。一方で、AI解析による損傷検出の精度や3Dモデルによる画像解析手法の適用が困難な点検設備や箇所も導き出された。以降、導出された課題とそれに対する解決策について述べる。

(ドローン自律飛行による点検画像の取得)
ドローンによる点検画像の取得においては、高解像度カメラと望遠レンズを使用することで、近接目視での点検に近い高解像度の画像を取得できることが確認できた。また、あらかじめ設定した風速以下での飛行であれば、安定した自律飛行が実現できることも確認できている。
一方、巨大な金属構造物への点検では、地磁気が安定せず自律飛行ができないリスクが顕在化した。こういった安定飛行に係る課題には、画像等によるビジョンセンサーを用いることで、本事象の回避(同一環境下での安定飛行)を実現している事例※1もあり、飛行環境に応じた適切なセンサー技術等の採用が解決策として考えられる。また、風力発電のように設備の停止位置が変動するものは、自律飛行における衝突の危険性が指摘された。こちらは衝突回避機能やGPSにより、風車のリアルタイムな位置情報を推定する技術が開発※2されており、これらを活用することで回避可能と考えられる。
強風下においては、安全性を考慮し設定した風速以上での飛行は回避したが、実際の定期点検業務では、環境に左右されず業務遂行が求められることを踏まえると、小型かつ耐風性能の高い機体の活用が必要となる。

(AI画像解析による点検手法の実現検証)
空撮画像による画像解析においては、画像比較による劣化の把握や損傷の面積・長さの推計が可能であることが確認された。また3Dモデルでは、点検対象設備の全体概要の把握や損傷位置の確認への有効性が明らかになった。
一方、AIによる画像解析では、点検対象の構造物によって損傷識別が困難である場合や誤検出も確認され、損傷検出精度は十分とは言えない結果となった。これは点検対象の構造物における教師データの追加が必要であることを示しているが、質の悪い教師データを投入すると誤検出率が上がってしまう。AIモデルによる識別結果と点検技術者による識別結果とを照合することで、実務に耐え得る精度が実現できるかどうかを継続的に検証する必要があると考える。
また、巨大かつ複雑な構造物の3Dモデルでは、目視での損傷把握が難しく、点検用としてより近接したズーム画像が必要であることが指摘された。しかし、近接したズーム画像では3Dモデル作成時に必要な特徴点を見つけるのが困難なため、3Dモデル用と点検用の画像を別々に取得し、3Dモデルと損傷位置の連携(ひもづけ)が必要となると考えられる。

図4.検証項目と課題・解決策
図4.検証項目と課題・解決策

※1
エアロセンス「自律飛行ドローンを用いた船舶貨物艙内検査の実証実験を実施」
※2
関西電力「浮体式洋上風力発電における点検技術の高度化に向けた開発」

資料:各社プレスリリースによる発表内容を基に日立コンサルティングが作成

5. 本格的な実用化を見据えた取り組み

以上、今回の実証実験では一定の成果を確認できたが、実用化までには課題が残る結果となっており、今後も成果への継続的検証や課題解決に向けた検討を続けていく必要がある。本格的な実用化・社会実装に向けては、実証結果を積み重ねることで徐々に精度やカバー範囲を拡大させていくことに加え、実運用への移行に必要な運用設計の具体化などの検討も必要となる。将来の実用化を見据えた検討論点や対応の方向性などについては、本コラムの最後に考察を述べる。

■ 求められる機体性能

現状、労働力不足を文脈としたドローン活用の検討が進められているが、近年ではさまざまなインフラ設備の経年劣化が顕在化しており、大きな事故にもつながっている。例えば、2021年10月3日に発生した和歌山県・六十谷水道橋の崩落事故では、前月(9月)の目視点検時には「異常なし」と報告されていたが、翌月崩落した。これは人間による目視点検の精度が100%ではないことを示しており、頻度の高い点検向上やより客観的かつ定量的な評価が必要とされていると考えるべきだろう。また、震災や大雨による災害が増えている中で、迅速な状況把握が求められている状況も踏まえると、今後は人間による点検が困難な箇所の撮影や頻度の高い点検を行うための、環境に左右されない実施性能を持つ機体選定が重要となる。
機体性能は、使いやすさや安全性に貢献する操作性能、耐風性能や危険検知をする安全性能、また、目視を支援する撮影性能という大きく3つが該当するが、あらゆる場面・環境での点検が求められている実態を踏まえると、インフラ点検分野においては安全性能、特に軽くて推力が大きい耐風性能の高い機体を選定が必要と考える。近年ではスモールドローンと呼ばれる、軽くて小さい機体も登場しており、衝突・墜落時の影響が小さく、複雑な構造物への点検が可能な点で注目されている。ドローン点検の活用領域を広げるためにも、今後も継続して実用化に向けて求められる機体性能を見極めていく必要があるだろう。

■ 制御技術の進化

ドローン空撮画像の解析では、経年劣化を把握するというニーズが高いため、定期的な撮影を必要とする。
しかし、撮影時の環境が異なることにより、明るさ・ピントのズレ・対象物の向きなどに違いが発生することがあり、同一の画像取得は難しい。またオペレーターの高度な操縦・操作が必要となるため、効率性・品質にばらつきが生じており、定期的な画像取得については課題が残るのが現状である。
そのため、経年劣化診断の実用化を見据える場合、自律飛行等を自動で点検できる技術をいち早く活用していく必要がある。現状でも、ウェイポイント※3での自動飛行設定等のアプリケーション技術が発達しており、ドローン飛行から画像取得・解析までを自動化するシステムの開発も進められている。オペレーターによる操縦でなく、ドローンの自律飛行により一層の省人化や点検精度向上に資する取り組みを継続していくことを求めたい。

※3
ドローンの通過ポイントのことで、高度や速度、録画の開始や停止などを指定できる

■ 点検モデルの具体化

ドローン空撮画像による解析手法が適用可能と認識できた施設や点検箇所に関しては、実運用への移行に向けて運用設計を進めていく必要がある。実用化を見据えたドローン点検の運用の設計・実行は、「点検モデルの策定」「点検モデルの構築」「移行・導入」の3つのフェーズに分けて進めることが妥当と考える。
「点検モデルの策定」では、ドローンを活用した新たな業務オペレーションとそれを支えるシステムの機能要件を定義する。これは、ドローン点検における運用サイクル、タイムスケジュールや業務プロセスと、それらを支えるドローンやシステムに関する機能要件を明らかにすることが目的である。加えて、定義した内容を実証実験へフィードバックすることにより、実証内容の補強につなげることも可能となる。
「点検モデルの構築」では、業務運用の詳細化と実運用に向けた落とし込み、システム基盤の設計・構築を行う。これにより、実運用に耐え得る業務基盤およびシステム基盤が整い、実運用への移行に向けた環境が整備されることとなる。
最後に、「移行・導入」にて、実運用のための体制構築や関係者へのトレーニングを実施、移行方針に沿った導入といった手順を経ることで、実運用がスタートすることになる。

図5.実運用に向けての進め方
図5.実運用に向けての進め方

資料:日立コンサルティングが作成

■ おわりに

これまで説明してきたとおり、インフラ施設・設備点検分野でのドローン実用化(利用の高度化)には、必要な機体性能の見極めや自律飛行技術の採用、実運用に向けた運用設計など、さらなる取り組みが必要となる。しかし、ここまで記載してきた実用化に必要な課題や取り組み、対応の方向性といった内容は、点検・保守業務の効率化・高度化をめざす方々に大いに参考になると考えている。本コラムが実用化、さらにその先にある社会実装をめざすさまざまな機関・企業の方にとって参考になれば幸いである。

本コラム執筆コンサルタント

早島 圭太 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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