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スマートシティー先進国 シンガポールの取り組み

田中 総一郎 株式会社 日立コンサルティング シニアコンサルタント

仲村 裕太 株式会社 日立コンサルティング アナリスト

2020年6月1日

1.はじめに

我が国ではAIやIoT、ロボットなどの先端技術を駆使し、社会課題の解決と経済発展を両立させる社会をSociety 5.0と名付け、その実現に向け、官民挙げて取り組みを進めている(Society 5.0の説明については当社のコラム「Society 5.0とは」を参照)。Society 5.0実現の肝はデータである。しかし、必要なデータの全てを自前で生成することは現実的ではないため、他者から提供してもらう必要がでてくる。すでに製造業では、サプライチェーンを構成する各企業と生産計画や状況を共有することで、生産効率を高めようという取り組みがなされている。また観光分野においても、旅行会社から宿泊予約情報を提供してもらい、地域の観光客数予測に活用することで、飲食店の仕入れ量やアルバイトのシフトを最適化する取り組みが生まれている。
他者からデータを入手して活用することは、Society 5.0をめざす日本のみならず、世界的な潮流である。本コラムでは、今後のデータ流通・活用を検討するうえで有用な海外の事例として、アジアにおけるデータ流通・活用の動向を3回にわたって紹介する。
前編(本稿)では、シンガポールにおけるスマートシティーの動向を紹介する。スマートシティーは、さまざまな組織の間でデータを流通させ、活用する格好の舞台であることに加え、シンガポールは世界有数のスマートシティー先進国である※1
中編では、インドにおける個人データの流通・活用の動向を紹介する。インドでは、Aadhaar(インド版マイナンバー)をベースに中央政府が開発したAPI(Application Programing Interface:機能やデータを提供するための仕組み)の集合体であるIndia Stackを紹介する。また、India Stackで整備されたフレームワークを踏まえ、個人の金融データを流通させる仕組みとして実用化が進むAccount Aggregator事業についても取り上げる。
後編では、中国および韓国におけるビッグデータ流通の動向を紹介する。中国では、中央政府の後押しの下、設立が相次ぐビッグデータ取引プラットフォームを、韓国では、官民が協働して整備を進める分野別のビッグデータプラットフォームを紹介する。

※1
シンガポールは英国の調査会社Juniper Research Ltdが2018年3月に公開した「Smart City Index2017」の”The Top 20 Smart Cities Globally, Consolidated Performance 2017”およびスイスのビジネススクールIMDの付属機関であるIMD World Competitiveness Centerが2019年10月に公開した「IMD Smart City Index 2019」内にある”The Top 10 smartest cities in 2019”において国際ランキング1位を獲得している。

2.シンガポールにおけるスマートシティーの動向

シンガポールではスマートシティー政策として、2014年からSmart Nation Singaporeが進められている。Smart Nation Singaporeとは、デジタル技術とデータの活用を通じて、シンガポールが抱えるさまざまな課題(少子高齢化、経済成長の鈍化、交通渋滞等)の解決、イノベーションの創出および国民生活の向上をめざす政策である。Smart Nation Singaporeでは、6つの分野(①Strategic National Projects ②Digital Government Services ③Startups and Businesses ④Urban Living ⑤Transport ⑥Health)が設定されており、それぞれで複数のプロジェクトが進められている(図表1参照)。

図表1:Smart Nation Singaporeで進行する主なプロジェクト
①Strategic National Projects (戦略的国家プロジェクト)
E-Payments 官民が連携してキャッシュレス決済を推進する取り組み。
具体的には以下のようなプロジェクトが進められている。
  • 電話番号や個人番号を宛先にして送金ができるシステムの開発
  • 各キャッシュレス決済事業者が独自に定めている二次元コード規格の共通化
Smart Nation Sensor Platform (SNSP) 全国に展開されたIoTデバイスのデータを活用した住民サービスを提供するプラットフォーム(以下、PF)を整備する取り組み。
行政機関だけでなく民間企業へのデータの提供が計画されている。以下のようなデータがSNSPによって収集、提供される予定である。
  • 大気汚染の観測値
  • 気温の観測値
  • スマートメーターの計測値
  • 顔認証の結果など
②Digital Government Services (電子行政サービス)
Business Grants Portal & GoBusiness Licensing 事業者向けに以下2つのポータルサイトを整備する取り組み。
  • 事業者に対する政府助成金の検索・申請をするポータルサイト(Business Grants Portal)
  • 事業を行う上で必要となる許可などを申請するポータルサイト(GoBusiness Licensing)
OpenCerts™ 電子卒業証明書の発行や閲覧ができるPFを整備する取り組み。
当該PF上で電子卒業証明書の真正性検証もできる。OpenCerts™の活用により、教育機関は証明書の発行コストを削減できる。
③Startups and Businesses (スタートアップ・ビジネス支援)
Punggol Digital District (PDD) シンガポールのPunggol地区で実施されているスマートシティー開発のプロジェクト。
産官学の連携による新規ビジネスの創出を通して、活気に満ちた強力なコミュニティーの育成をめざしている。
Networked Trade Platform (NTP) ワンストップで貿易業務ができるPFを整備する取り組み。
貿易、物流、金融等に関するデータがPF上に集約されることで、事業者は出荷の手配、船舶の追跡、貿易保険の申し込みなどを一元的に行えるようになる。
④Urban Living(都市/住民サービス)
Smart Elderly Alert System 高齢者向けの見守りシステムを整備する取り組み。
住居内に設置されたセンサーで高齢者の行動をモニタリングし、一定時間動きが確認されない場合に介護者へアラートを送る。
2016年から実証実験が行われ、現在は通信事業者等がサービスを提供している。
Drones to Survey Dengue Hotspots デング熱撲滅のため、人手ではチェックが難しい箇所(雨どい等)での蚊の繁殖有無の確認や殺虫剤の散布をドローンで行う取り組み。
⑤Transport (交通)
Contactless fare payment for public transport 公共交通機関における非接触型決済を開発・普及する取り組み。
この取り組みによって駅の改札やバスの乗降口での支払いをモバイルデバイス(例:スマートフォン)、クレジット、デビットカードで行えるようになる。
On-demand shuttle オンデマンドで配車を行う自動運転のシャトルバスを開発する取り組み。
⑥Health (健康・医療)
Assistive Technology and Robotics in Healthcare ヘルスケア分野におけるロボットや新技術を開発する取り組み。
ロボットによる高齢者や障がい者の介護支援、ドローンによる医薬・医療機器の配送、医師向けのAR※2技術の開発などが行われている。
HealthHub 医療施設の位置や健康に関するアドバイス等を提供するポータルサイトを整備する取り組み。
当該ポータルサイトの利用で、公的医療機関が保有する個人の健康データや予防接種の記録などの閲覧が可能になる。
※2
AR(Augmented Reality)とは拡張現実のことである。スマートフォンのカメラ機能等を使い、現実の世界に画像や文字などのデジタル情報を重ねて映し出す技術やサービスのことを指す。

上記を含め、多くのプロジェクトが政府機関、民間企業、研究機関等のさまざまな組織の協力の下で進められている。次章では上記プロジェクトのうち、Punggol Digital District (PDD)とNetworked Trade Platform (NTP)について詳述する。

3.具体的なプロジェクト

3-1:PDDについて

(1)PDDの概要
PDDとは、シンガポールの北東部に位置するPunggol地区で進められているスマートシティー開発プロジェクトである。Punggol地区の開発や産官学連携による技術開発等を通して、新たな産業と雇用を創出することで、活気に満ちた強力なコミュニティーを育成することをめざしている。Punggol地区にはさまざまな施設が整備される予定である(図表2参照)。

図表2:Punggol地区に整備される予定の施設の例
No 整備予定の施設 概要
1 Business park 民間企業等が入居するオフィスエリア。
2 Residences 市民が居住する住宅エリア。
3 Market Village 小売店が入る商業施設エリア。
4 Heritage Trail 緑道や公園がある自然エリア。
5 Campus Boulevard 商業施設が立ち並ぶ、約800mの歩行者道路。
6 Singapore Institute of Technology (SIT) シンガポール工科大学のキャンパス。

PDDでは、都市開発や情報通信政策、緑化政策を所管する政府機関、ディベロッパー系、エネルギー系、工学系の民間企業、大学、研究機関など多様な組織の参画の下、さまざまなインフラの整備が進められている(図表3参照)。

図表 3:Punggol Digital Districtで整備が進むインフラ
No インフラの種類 概要
1 Open Digital Platform (ODP) Punggol地区の建物や地区内を走行する車両等のセンサーから収集したデータを分析・活用するPF。物流管理や設備管理等のソリューション開発が可能となる。
2 Centralised Logistics Hub 貨物の統一された物流拠点。荷下ろし、仕分け、配送を行い、物流の生産性向上と渋滞緩和等をめざす。
3 District Cooling System 地区内の冷房を一元管理するシステム。各建物の需要を踏まえ、冷房を制御する。各建物の利用者の快適性と二酸化炭素排出量およびコストの削減の両立をめざす。
4 Pneumatic Waste Collection 空気圧による廃棄物収集システム。地下に設置するごみ収集用のバキュームパイプをごみ収集トラックの代替とすることで、臭気問題の解決をめざす。
5 Smart Energy Grid, Smart Metering 再生可能エネルギーの安定供給や省エネルギーのために、スマートグリッド※3およびスマートメーターを管理するシステム。
※3
スマートグリッドとは次世代送電網のことで、電力の流れを供給・需要側双方から制御し、最適化を図るものである。

次節では上記インフラの中から、PDDの中核的な役割を担うODPについて詳述する。

(2)ODPの概要
ODPはPunggol地区内の各所にあるセンサーから収集されたデータをさまざまなアプリケーションで活用できるように処理・分析するPFである(図表4参照)。ODPは、行政のデジタル化を推進する政府機関であるGovernment Technology Agencyを中心に、学術機関、民間企業等が協力して開発・実証実験が進められている。ODPは車両や設備のセンサーから得られるデータをさまざまなアプリケーションが利用できるように処理、分析を行うコアサービスPF、情報の交換やシステムを管理する統合PFの2つから構成されている(図表4参照)。

図表4:Open Digital Platform(ODP)の全体像

Open Digital Platform(ODP)の全体像

(資料:Government Technology Agency へのヒアリングを基に日立コンサルティングが作成)

コアサービスPFでは、データの管理・分析、オペレーションの管理、デジタルツイン化(3Dモデル化)などが行える。例えば、オペレーションの管理で設備管理のワークフローを設定することで、ある設備の異常、故障を検知した場合、メンテナンス会社に自動で修理依頼を通知できるようになる。また、デジタルツインを用いて建物の3Dモデルをシステム上に構築することで、建物内の故障設備の位置を直感的に把握し、建物の設計時に、風の流れや日照量等、建物が周囲の環境へ及ぼす影響等をシミュレーションできるようになる(図表5参照)。なお、デジタルツインの開発には、過去に行われていたVirtual Singapore(シンガポール全土をデジタルツイン化するプロジェクト)で得た知見が生かされている。

図表5:デジタルツインの画面イメージ

デジタルツインの画面イメージ

ODPが処理・分析したデータは、さまざまなアプリケーションで活用される計画である(図表4参照)。そのうちの一つ、ドローン配送のアプリケーションでは、料理の配達が交通渋滞によって遅延することを避けるため、ドローンを用いて空輸することが検討されている。顧客がスマートフォンのアプリケーションで飲食店に注文をすると、飲食店はドローンオペレーターに配達ドローンを要求する。ドローンオペレーターは飲食店の要求に従い、飲食店での料理の受け取りおよび顧客への配達をドローンに指示する。これにより、顧客は飲食店に出向くことなく、指定した時間に料理を受け取れるようになる (図表6参照)。

図表6:ドローン配送のイメージ

ドローン配送のイメージ

(資料:Government Technology Agency ヘのヒアリングを基に日立コンサルティングが作成)

ドローン配送以外にも、センサーで計測した室内の照度データと建物の外部環境(季節・天候)のデータをデジタルツインで分析し、外部環境に応じて照明の出力を最適化することが検討されている。また、トイレの利用者数とトイレ内の臭気をセンサーで計測し、一定の利用者数や臭気の基準を超過したら、換気扇の出力を高めたり、清掃ロボットを派遣したりすることなどが構想されている。さらに、ベンチャー企業などが新たなビジネスアイデアをデジタルツインで実験することで、アイデア検証の経済的、時間的コストの削減も期待されている。例えば、電動バイクのステーションをデジタルツイン上の地図に設置すれば、利用者数のシミュレーションに活用できるとされている。
データ流通・活用の活性化に向けて、ODPはシンガポールのそのほかのデータPFとも連携する計画である。連携先にはSNSP、陸上交通局や住宅開発庁が運用するPFが挙げられている。また、データを活用したアプリケーション開発を促進するため、収集したデータを民間企業や個人に提供することも計画されている。
2018年に開発が開始されたODPは、2023年から一般に提供される予定である。その後は、Punggol以外の地区にもODPを提供していくことが計画されている。

3-2:NTPについて

NTPは、貿易や物流に関する業務をデジタル化することで、ワンストップで国内外のステークホルダーとの取り引きを行えるようにするPFである。シンガポールが貿易や金融取り引きなどの分野で世界をリードする国になることをめざして、Government Technology AgencyとSingapore Customs(シンガポール税関)によって開発され、2018年より提供されている。
NTPでは2020年5月現在、主に①書類の共有システムと②サービスマーケットプレイスを提供している。また③アプリケーション開発環境・ツールの開発を行っている(図表7参照)。

図表7: Networked Trade Platform (NTP)の全体像

Networked Trade Platform (NTP)の全体像

  • (資料:Government of Singapore 「Discover NTP Features」を基に日立コンサルティングが作成)
書類の共有システムは、貿易事業者間で注文書、請求書、納品書などをデータで共有するものである。これを利用することで、書類の共有、管理が容易になるうえ、紙の書類が不要となる。
サービスマーケットプレイスは、民間事業者が提供するValue-Added Services (VAS:貿易関連サービス)を提示するものである。サービスマーケットプレイスでは、提供者名、概要、提供開始日、対応OS等が記述されたVASがカテゴリー別に一覧化されている(図表8参照)。これにより、貿易事業者は利用したいサービスを簡単に探すことができる。また、VAS事業者はサービスマーケットプレイスに自社サービスを登録することで、新たな販売チャネルを得ることができる。
図表8:主なVASの種類(2020年5月20日現在)
No VASの
カテゴリー
サービス
の件数
サービスの例
1 Trade compliance 7件 各国の輸出入規制を順守した貿易手続きを支援するサービス。
2 Insurance 2件 貿易関係の保険を提供するサービス。
3 Arrange shipment 16件 貨物の輸送船舶の手配を支援するサービス。
4 Declaring customs 22件 税関への申告書類等の作成を支援するサービス。過去の申告書類のデータを活用してデータ入力を省力化することもできる。
5 Financing trade 14件 貿易に関する融資を金融機関に申請できるサービス。複数銀行の融資プランから自身に合ったものを選べる他、申請書類の作成支援も受けられる。
6 International connectivity 19件 取引先との文書管理や輸送物を保管する倉庫管理などの業務を効率化するサービス。
7 Market insights 5件 シンガポール国内や海外の物流市場の分析レポートを提供するサービス。
8 Permit preparation 18件 輸出に必要な許可申請書の作成支援ツールを提供するサービス。
9 Reports and payment 22件 海外の取引先への支払いや取引先からの集金を支援するサービス。取引先が海外でも支払いや集金は自国通貨で行える。
10 Sourcing customer 3件 複数ある貨物の海運サービスの中から、費用対効果のよいものを検索できるサービス。
11 Tracking shipment 20件 輸送中の貨物をGPS等を用いてトラッキングするサービス。
12 Others 37件 物流業界向けにITソリューションを提供するサービス。
  • (資料:Government of Singapore「Value-Added Services (VAS)」(2020年5月20日現在)を基に日立コンサルティングが作成)
アプリケーション開発環境・ツールは、NTP上に蓄積されたデータを活用したアプリケーション開発を支援するためのものであり、2020年5月現在、開発中である。開発環境・ツールでは、貿易事業者が自社向けアプリケーションを開発したり、VAS事業者がVASを開発したりできる予定である。

シンガポール税関は、中国やオランダの税関のPFとNTPを連携させることを構想している※4。他国のPFとの連携により、海外の企業や税関との貿易手続きもスムーズにすることをめざしている。

※4
参照:Singapore Customs「FACT SHEET 26 September 2018 Networked Trade Platform

4.まとめ

本稿ではシンガポールにおけるデータ流通・活用の動向として、Smart Nation Singaporeおよびそこでの取り組みを紹介した。シンガポールのスマートシティーに関する取り組みとしては、以下2点が特徴的である。
まず、社会課題を明確にした上で、その課題に的確に対処できる方法を編み出している点である。赤道直下に位置し、東京23区と同程度の国土に多くの人々が暮らすシンガポールでは、デング熱の発生、感染拡大リスクという社会課題に直面している。ひとたびデング熱が発生すると、瞬く間に感染が広がり、大きな被害が生じる恐れがある。そこで、デング熱撲滅のため、デングウイルスを媒介する蚊の抹殺をゴールに設定し、ドローンを活用して、人が立ち入れない場所まで徹底的に蚊の生息有無を確認し、駆除を行っている。また、都市国家であるシンガポールは、交通渋滞による配達遅延という社会課題を慢性的に抱えている。そこで、配達遅延を解消するため、空から配達できるドローンの活用に積極的に取り組んでいる。
そして、過去のプロジェクトから得た知見を次のプロジェクトに着実に生かしている点である。ODPの開発には、過去に取り組まれていたVirtual Singaporeでのデジタルツイン開発の知見が生かされている。特にスマートシティーのような終わりのないプロジェクトにおいては、このように過去の知見を生かし、発展させていくプロセスを確立することが重要であると考える。
本連載の中編となる次回は、インドにおける個人データの流通、活用の動向を紹介する。

本コラム執筆コンサルタント

田中 総一郎 株式会社 日立コンサルティング シニアコンサルタント

仲村 裕太 株式会社 日立コンサルティング アナリスト

AIやIoT、ロボットなどの先端技術を駆使し、社会課題の解決と経済発展を両立させる社会「Society 5.0」。
その実現のための肝はデータであり、他者からデータを入手して活用することは世界的な潮流となっています。
本コラムでは、今後のデータ流通・活用を検討するうえで有用な海外の事例として、アジア(シンガポール・インド・中国・韓国)における動向を3回にわたって紹介します。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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