2016年4月18日
第2回は、欧州各国の電子政府に関する具体的な取組事例として、英国歳入関税庁とスペイン財務・行政省の取組を紹介します。
はじめに、英国歳入関税庁(HM Revenue & Customs)における行政サービスの電子化の現状を紹介する。今回の調査では、歳入関税庁のCDIO(Chief Digital and Information Officer)のMark Dearnley氏らに話を伺った。
歳入関税庁は、顧客サービスの向上や事務の効率性の向上のため、2005年4月に国税局(Inland Revenue Office)と関税消費税庁(HM Customs and Excise)が合併し発足した機関である。組織の特徴として、政策立案機能は財務省(Her Majesty's Treasury)が担当しており、執行機能を歳入関税庁が担当している。
図5 英国歳入関税庁の出入口
英国の年間の歳入は約5,177億ポンド(81.8兆円、1ポンド=158円換算)、過去5年間で年約4%の成長を続けている。対象は約4,100万人の個人と約500万の企業であるが、タックスギャップ(税法上の税収額と実際の納税額との差)は約340億ポンド(5.4兆円)に達している。また、2011年から2016年で約22%の人員整理を行ったが、議会からはさらに5%の削減を求められているという。
英国政府が国民等の顧客に対して行う事務処理の約70%を歳入関税庁が占めている。具体的には、オンラインによる事務処理数は消費者向けが約3億件、企業向けが約7.4億件、また、電話受付が約5,000万件に及ぶ。一方で、国内の郵送事務が約1,600万件、海外が約2.2億件発生しており、印刷コストは約7,400万ポンド(1.2兆円)に及んでいる。
このような状況のもと、歳入関税庁は今後5年間で更にサービス向上と歳入の適正化、低コスト化への変革が求められている。この実現に向けて行政サービスのIT化は中心的な取組の1つとなっている。
現在、歳入関税庁は、デジタルドリブンないしデータドリブンの組織への変革をめざして、まさに現在進行形で様々な取組を行っているという。
彼らの描いているITモデルは、大きく「戦略、アーキテクチャとデザイン(Strategy Architecture & Design)」、「セキュリティと情報(Security & Information)」、「開発、テストとオペレーション(Development Test & Ops)」の3つの機能ブロックから成る(図6)。特に「開発、テストとオペレーション」は大規模な組織であるが、目指す姿としてDevOps(※開発(Development)と運用(Operation)を組み合わせた造語。開発部門と運用部門との密接な連携によりシステムの開発や導入の迅速化をめざした組織の考え方)モデルを志向している。そして、これらの機能ブロックをIT提供(IT Delivery)及びデジタル提供(Digital Delivery)によって庁内を横断的に連携する構造を描いている。また、このモデルを支える人的資源としてCDIOと約5,000人のサプライヤー及びパートナーとのネットワークが形成されている。この数字の中には、アウトソーシング契約も含まれている。
出典:歳入関税庁のプレゼンテーションをもとに作成
図6 歳入関税庁のITモデル
また、歳入関税庁はオンラインによる申告納税等の取り扱いや新たなデジタルサービスの開発の拠点として、「デジタル提供センター(Digital Delivery Centre)」を国内5ヶ所に開設し、より迅速かつフレキシブルなオンライン行政サービスの提供をめざしている(図7)。
このデジタル提供センターでの2015年の実績は、オンラインでの申告納税の処理数が約876万件あった。また、税額控除の更新の申請は約75万件となり、2014年から開始して2年目で約2倍の利用がみられた。
顧客満足度の調査結果によると、約90%が満足しており、非常に良い結果が得られているという。
図7 歳入関税庁のデジタル提供センター
以上のような取組を通じて、歳入関税庁は政府の掲げる「Digital by Default Service Standard」の実現に向けて他の省庁をリードする形で寄与している。
また、このような電子政府の取組は、本当の意味で迅速な行政サービスの提供を可能とし、同時に、職員の日常の働き方にも変化をもたらし始めているという。
クラウドを利用した「デジタルTaxプラットフォーム」は、新しいサービスが必要となった場合でも6週間での構築を可能としている。また、顧客ユーザビリティの研究室をデジタル提供センターに設置するとともに、大規模プロジェクトに専念することができるようになっている。さらに、利用者のための調査員を各チームに配置し、日々行政サービスの向上に注力している。
今後は、業務変革を行いつつ、上述した1つのプラットフォーム上に、現在約600あるアプリケーションを集約していく方針である。
さらに、将来的なインフラのビジョンとして、彼らは「Virtual HMRC」を掲げている。これは、物理的なインフラを持たず、また、事務所やデータセンタといったロケーションに依存しない姿を描いたものである。さらに、ベンダーロックインを回避し、かつタブレット端末等の活用により、移動に伴う制約を低減し、よりダイナミックに仕事を行うことができる環境をめざしている。
欧州の電子政府の具体的な取組のもう1つの事例として、スペイン財務・行政省における電子政府の取組状況を紹介する。
今回、スペイン政府の取組に関して話しを伺ったのは、財務・行政省情報通信技術総局の総局長であるDoming Molina氏らである。Molina氏は2013年に創設された政府CIOも兼任している。
スペインの電子政府に関する政策は、財務・行政省配下に設置された情報通信技術総局によって統括されている。当局は、現政府が進める行政改革の過程で創設された。
図8 スペイン財務・行政省の出入口
当局が設置される前までは、行政組織全体で約160の部署が独自に情報化政策を立案し、ベンダと契約を行っていたため、システムが乱立する状況となり、統一性もなくコスト高となっていた。このため、財政再建の立場からもIT政策の合理化、統合化が求められていた。
スペイン政府は、最初に政府CIOを設置し、Molina氏が初代の政府CIOに就任した。政府CIOを中心として、まず組織面の対策に着手し、次いで技術面での対策を推進していったという。以降でどのような対策を講じてきたかを紹介する。
組織面においては、はじめに政府全体が遵守すべきITガバナンスモデルの策定を行った。また、これに基づき、システム開発の手法を標準化し、これを用いることを義務付けた。
さらに、IT関連の調達については、各省庁が行うのではなく、行政組織全体が1つのクライアントとみなされるよう、一元的に契約を行う方針に変更した。
なお、改革当初は、やはり各省庁の文化の違いとでも言うべきものがあり、取組に対する温度差は少なからず存在したとのことである。ただ、当時の政府CIOは、副首相直下に位置づけられていたこともあり、トップダウンによる改革を断行することができたという。
情報通信技術総局の体制も、創設当初は12名の職員で対応していたが、現在は約300名が在籍している。
技術面では、インフラ領域とサービス領域における技術的な改革が必要であったという。
インフラ領域での主な取組は2つある。第1は、eIDの共有化である。Molina氏が政府CIOに就任した当時は、行政機関の様々な部署で異なるeIDシステムを使用している状況であった。このため、eIDを相互に共有するサービスを考案し、キーや電子署名をクラウド環境で共有する基盤として整備している。
なお、スペインでは、我が国のマイナンバー制度に相当するような全国民に振られる番号制度はない。ただし、14歳以上の国民にはDNIeと呼ばれる身分証明番号が警察局から発行されている。また、法人番号は税務局が発行している。
第2は、省庁をまたがる統一ネットワークの構築である。例えば、同じ施設の1階はA省庁、2階はB省庁が入っている場合、それぞれ違うネットワークを敷設している状態であったが、これを統一的に管理できるようネットワークを再構築した。これまでに、国内の約400部署、国外の約50部署を統一ネットワークに移行し、約200の契約を一本化することができた。この結果、約43%の節約(1億2400万ユーロ、約153億円、1ユーロ=123円換算)につながった。
一方、サービス領域の主な取組は3つある。第1は、行政情報公開システムの構築である。当システムは、国レベルだけでなく、自治州や市町村レベルの行政情報もあわせて公開するシステムとなっている。
第2は、電子請求システムの構築である。当時、スペイン政府は行政サービスのサプライヤーに対して多額の債務を負っていたため、これを速やかに清算する必要があった。このため、各行政機関への電子請求書をワンポイントで受理できる電子請求システムを構築し、常に債務状況等が分かる仕組みとした。2015年1月からは政府と取引のある全ての企業は、電子請求システムを利用することが義務付けられ、これまでに約400万件の請求書が取り扱われている。また、当システムの利用対象は、単に国の行政機関だけでなく、自治州と市町村においても利用することができる。
第3は、「一般アクセスポイント」と呼ぶシステムの構築である。これは、1つのポータルサイトで行政の全てのサービスや情報にアクセスできるシステムである。今後、さらにサービス内容を充実していく予定だが、その1つとして「市民フォルダ」が挙げられる(図9)。これは、個々の市民が行政に関するお知らせや契約などの情報を一括して確認したり、各種行政手続を行えるシステムである。
このような取組により、コスト削減、サービスの向上、業務効率化を実現しながら、電子政府の骨組みが強固なものになりつつある。また、クラウド環境によるオンラインサービスを利用して、市民自身が手続をすることで、行政職員を増やすことなく、多くの行政サービスを提供することが可能となってきているとMolina氏は指摘する。
ここで、スペイン政府が進める電子政府プロジェクトの1例として、上述した「市民フォルダ」について、もう少し詳しく紹介する。
「市民フォルダ」は、全ての市民と行政情報を共有し、かつ全ての行政手続を提供することを目的に進められている。ここで確認できる行政情報や申請可能な行政手続は国のみならず、全ての自治州ならびに市町村が含まれている。わざわざ紙による申請手続をしなくても、電子署名を行うことにより法的にも完全に有効な手続が「市民フォルダ」から実行できる。
市民は、上述したDNIeを利用してログインすると「マイフォルダ」を開くことができ、自身向けにカスタマイズされた行政情報や申請手続中の情報も得ることができる。例えば、奨学金の申請手続も可能であるし、また、罰金を科せられた場合も、国からの通知が届くようになっている。
一方、行政側では、ある行政手続を行うために、要件として他の行政機関が保有する市民の情報が必要である場合は、その情報を直接取得することができる。先の奨学金の申請手続きの場合、例えばマドリード市民がDNIeを用いて「市民フォルダ」にログインさえすれば、どこの居住者であるかという情報は、マドリード市役所から住所情報を得ることができ、家庭の収入の状況を知るためには、税務局から情報を得ることができる。また、この仕組みは、成りすまし等の詐欺行為を防止する副次的効果もあるという。
さらに、市民はこのように行政機関の間で仲介された市民の情報を履歴として確認することも可能となっている。
もう1つ特徴的な機能として、行政手続の「委任」機能がある。2015年の新法により、システムを通じて「委任」を行うことができるようになった。市民は「マイフォルダ」から委任権が誰から与えられたかを確認することができ、かつ行政手続を代行するこができる。
その他、行政機関の作成した文書は、全て文書番号が振られているため、この番号を利用して確認したい文書にアクセスすることもできる。同様に、自身が申請手続等を通じて提出した書類の登録状況も確認することができる。
Molina氏は、上述した「市民フォルダ」をはじめ、行政から付加価値のある行政サービスを提供することで、電子政府の利用率も高まると考えている。また、大都市だけでなく、100名ほどの小さな村でも同じレベルで行政サービスを提供することができるようなったことは、非常に大きな成果だと感じているとのことだ。
図9 「市民フォルダ」のサイト
以上で述べてきたように、スペインの電子政府の取組は着実な進展をみせている。一方で、Molina氏によれば、このような取組は、はじめの一歩を踏み出したばかりであり、今後は、行政の各業務プロセスを改善するとともに、整備されたインフラに順次移行していく必要があるという。例えば、文書管理や給与管理、郵便物管理など改善効果の高い業務が多数残っているそうだ。
スペイン政府は、2015年9月に新しい電子政府戦略を策定し、ITによる行政改革の取組をさらに進めていく方針である。
今回、欧州の電子政府の取組の最新動向から、我が国が参考とすべき示唆を複数得ることができた。例えば、欧州委員会では、電子政府の進展に伴い、新たに利用者の目線に立ったベンチマークを開発し、行政サービスの実態を評価することで、真に利用される電子政府をめざした取組を進めている。また、英国では、モバイルの活用によりオンラインによる行政サービスの利用拡大に効果をあげている。さらに、スペインの「市民フォルダ」では、公共機関で1度登録したパーソナルデータを、国や地方公共団体を問わず連携させることで手続の簡素化に役立てている。
日立コンサルティングでは、引き続き欧州をはじめとする世界各国の電子政府の取組状況について情報収集し、我が国の電子政府の政策に対する新たな示唆となるよう情報発信していく予定である。
美馬 正司 株式会社 日立コンサルティング ディレクター
政府は、2015年6月に『世界最先端IT 国家創造宣言』を改訂し、「目指すべき社会・姿」の1つに「IT を利活用した公共サービスがワンストップで受けられる社会」を掲げました。具体的には、「(1)安全・安心を前提としたマイナンバー制度の活用」、「(2)利便性の高い電子行政サービスの提供」、「(3)国・地方を通じた行政情報システムの改革」、「(4)政府におけるIT ガバナンスの強化」の4つを取組の柱としています。2000年12月の「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)」の成立から15年以上を経て、今日まで積極的に推進されてきた電子政府の取組をさらに前進させるべく、その方向性が示されたところです。
また、国連の経済社会局(UNDESA)が2014年6月に発表した電子政府の世界ランキングによれば、我が国は6位に順位を上げるなど、諸外国との比較においてもその成果の一端が伺われます。一方で、近年のIT技術の進展や社会経済情勢の急激な変化に伴い、諸外国の電子政府の取組にも様々な変化が生じているものと推察されます。
この度、筆者は一般社団法人行政情報システム研究所が2015年10月に実施した欧州における電子政府の取組状況に関する海外調査に同行する機会を得ました。今回は、本調査から得られた欧州の電子政府に関する最新動向を紹介します。
※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。