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HSIF2022 セミナーレポート

実践カーボンニュートラル
〜見える化から施策へ “これからの企業に求められること”〜

登壇者

西村 治彦 環境省 大臣官房 総合政策課長

滝口 浩一 株式会社 日立コンサルティング 社会DXコンサルティング本部 本部長

2023年3月15日

はじめに

世界情勢が激動し、エネルギー事情にも大きな変化が続いています。そうした中でも、持続可能な社会の実現のためにカーボンニュートラルへの取り組みを止めるわけにはいきません。「Hitachi Social Innovation Forum 2022 JAPAN (HSIF2022)」では、「実践カーボンニュートラル 〜見える化から施策へ“これからの企業に求められること”〜」と題し、環境省大臣官房総合政策課長の西村治彦氏をお招きして、実際にカーボンニュートラルを行っていくために重要となるポイントについてお話をさせていただきました。

カーボンニュートラルに向けた国の取り組み

私がお伝えしたい内容は、大きく二つあります。一つは、カーボンニュートラルの実現に向けた施策として企業は具体的にどのようなことをしていけばいいのか。そしてもう一つは、カーボンニュートラルを進めていくうえで地方とのつながりをどのように考えていけばいいかということです。はじめに、このカーボンニュートラルに向けた国の取り組みについて西村さんに伺ったところ、次のようにお話しいただきました。

「カーボンニュートラルは、政府の取り組みの中でも非常に重要なものとして位置づけられています。その第一の理由は気候危機です。今年も6月から猛暑が始まり、非常に大型の台風がやって来たように、毎年毎年気候の変化というものを、私たちが子どもの頃よりも感じざるを得ない状況になっています。科学者の方たちも、人為的なCO2をはじめとする温室効果ガスの排出によって、気候変動が起こっていることは間違いないと断定しています。第二の理由はグローバルな動きです。2015年にパリ協定ができました。これによって、先進国だけでなく途上国も含めたすべての国が取り組んでいくことになりました。また、そういった国際約束のみならず、ビジネスの世界でも投資家の動き、産業界の動きによってカーボンニュートラルへの取り組み自体が、競争力につながっていくような土俵ができつつあると考えています。これらを踏まえて、政府でも約10年にわたって温暖化対策、カーボンニュートラルというものに取り組んできています。先の菅総理大臣の時代には「2050年カーボンニュートラル」の宣言があり、短期の目標として2030年に46%削減、さらには50%削減の高みをめざす野心的な目標を掲げています。
現在の内閣でも、岸田総理大臣は気候変動への対応を新しい資本主義の中心課題として取り組むとして今後10年のロードマップを2022年のうちに示していくとしています。このために7月から官邸にGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議が設けられて、5つの柱となる項目についてロードマップを作っていくことになっています。そのポイントとなるのは、官民でこの分野に150兆円の投資を行い、これを脱炭素と成長につなげていくことです。政府としては、その150兆円の投資のために十分な資金をGX経済移行債(仮称)という形で調達しています。また、その財源として成長志向型カーボンプライシング構想も検討しています。こうした投資をイノベーションと既存の技術に対し並行して進めていくことで、成長につなげていきたいと考えています」。

官民の脱炭素投資の規模感・タイムフレーム(イメージ)のイメージ図

IEAは、2050年カーボンニュートラル実現のためには2030年に世界全体で年間4兆ドルの投資が必要と試算。
世界全体の必要投資額に世界全体に対する日本のCO2排出量割合(3%)を掛け合わせた場合の2050年までの累計投資額。

カーボンニュートラルの実現に向けて

企業が行うべき具体的な施策

では、実際にカーボンニュートラルを実現していくためには、どのような取り組みを進める必要があるでしょうか。HSIF2021では、企業がカーボンニュートラルを推進するはじめの一歩は「見える化」することだというお話をさせていただきました。自社のCO2排出量のデータを収集し、それを可視化して常にどういう状態であるかを把握するのが、はじめの一歩として必要ということです。今回は、その次のステップとしてどのようにしてカーボンニュートラルを実現していくのか、そのために効果のある「効く施策」はどういうものなのかについて説明させていただきます。

企業がカーボンニュートラルを実現していくにあたっては、5段階で取り組んでいただきたい。はじめは「見える化」です。これをPhase0として、現在排出している温室効果ガス(GHG)の排出量をそれぞれScope1、2、3という規格に合わせて算定し、その推移を見ていくことが必要になります。次にPhase1として、自社の環境に関する経営課題をしっかりと洗い出し、大きな方向性、大きな目標としてどれくらいまで削減していくかという計画を立てること。これが大切になってきます。この計画をしっかり立てたうえで、Phase2ではプレエンジニアリングと言われるような具体的な施策を立案し、目標値やロードマップを策定していきます。Phase3では、実際に創エネであったり省エネであったりという施策を導入していき、Phase4ではその効果に関する実証を行っていく。この5段階で考えていただくことが大切です。

GHG:Greenhouse Gas

カーボンニュートラル実現施策への取り組みの流れのイメージ図

各段階を具体的に説明します。まずPhase0から1、排出量の算定から課題抽出、戦略策定の部分についてです。ここでは、算定した数値を基にどのくらいまで減らしていくのかを考えることが重要です。そして施策導入へと進めていくわけですが、ここで一つ大切なポイントがあります。それは皆さんの取り組みを外部に発信していくことです。CDPやSBT、TCFDといった国際的な気候変動イニシアティブに対して開示していくことで、活動の価値を高めていくことが非常に重要です。対外開示も視野に入れ、それぞれの施策を考えてください。

CDP:Carbon Disclosure Project
SBT:Science-based targets
TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures

Phase0〜1 排出量算定〜経営課題抽出・戦略策定のイメージ図

次に、カーボンニュートラルを実現していくための活動プランについて説明します。最初に考えられる活動が省エネ、次がエネルギーをつくる創エネ、三つめが化石燃料で動いているものを電気に変えていく電動化、四つめが仕事の仕組みを変えていく構造改革、そして最後が調達です。中でも調達を行う前、省エネから構造改革までの段階で、できる限り排出量を削減していくことが非常に重要になります。

例えば省エネであれば、エネルギーマネジメントの導入、電気設備や機械設備などを効率的なものに変えていくこと。創エネでは、自家消費を行ったり、再生可能エネルギーを活用したり、PPAを締結したりして自らエネルギーを生み出していくこと。電動化では、化石燃料で稼働している設備や車両を、電気を原動力とするものに変えていくこと。これらのハード面の変更に加えた構造改革として、現在の業務のやり方や仕組みをカーボンニュートラルの視点から最適化していくこと。こういったプランを戦略的に組み合わせて本格導入まで進めていくことが必要になります。ここまでやっても削減量が足りないとなったところで、初めて調達、つまりクレジットや環境証書を購入するというように、お金を支払って解決するという流れで進めてください。

1-1 エネルギー需要家としてできるカーボンニュートラル活動のイメージ図

PPA:Power Purchase Agreement
EV:Electric Vehicle

こうして計画を立てて取り組みを進めていくと、どうしても計画で考えていたことと実際に起こることの間にギャップが生じてきます。そこで、現在の対策のまま2030年、2050年と推移したとするとどのくらいの値が想定されるのか、BAUという値を導出して、そのギャップを埋める施策を展開していくことが必要になります。このギャップ縮小策は一度つくったら終わりというわけではなく、検討とシミュレーションを繰り返しながら進めていくことが重要です。

BAU:Business as usual

ギャップ縮小策の検討のイメージ図

ここからは、実例を見ていきましょう。

まず、目標をつくる段階では、基本的に2015年と比べて2030年までの目標がどれくらいであるべきかを考えます。このとき自社の目標だけではなく、日本政府が掲げている目標や競合企業など外部の目標値を参考にしながら自社の削減目標をつくってください。

中長期削減・目標設定の事例 ①外部動向調査のイメージ図

そうして定めた目標値と算定した自社の排出量のギャップを、プランのAからEまで、省エネ、創エネ、電動化、構造改革、そして調達を段階的に取り入れて、どこまで小さくするのかを検討してください。

中長期削減・目標設定の事例 ②ギャップ縮小策の検討のイメージ図

排出係数自然減:今後、政府が目標とする国内の発電において、再エネなどの非化石発電の割合が増えることによるScope2の自然減

削減目標値のシミュレーションを行っていくうえでは、Scopeごとの検討も必要になってきます。自社が排出しているもの、自社が使っている電気によって排出しているもの、そして関連するバリューチェーンから排出されているもの。これらをそれぞれScope1、2、3としてシミュレーションしていきます。

ロードマップ策定の事例 ①Scope別のシミュレーションのイメージ図

※1
トラック一台を置き換えるのに必要なEV数を1.5台とし、充電設備の費用も加味した形で算出

また、削減目標値に合わせて、そのうちどれくらいを発電でまかなえるのか、太陽光などの設備を導入することによってどのような値になっていくのかを、年ごとにしっかりとシミュレーションしていくことも重要です。こうした細かい数字を積み上げながら計画を立て、ギャップ縮小策を検討し、ロードマップを随時調整していくことが必要なのです。

ロードマップ策定の事例 ②設備導入におけるロードマップのイメージ図

お客さまと一緒に計画を進めていくと、私たちにはさまざまな相談事や悩み事が寄せられます。特に多いのが、サプライチェーンにおけるGHG排出量、いわゆるScope3にあたる部分を可視化していきたいというご要望です。

これは、実際にある事業者で行った排出量算定の実例です。Scope3には15のカテゴリーがあり、カテゴリーごとにこういった業種ではこれぐらいになるという値が出てきます。その割合は業種業態、扱う製品やサービスなどによって大きく変わってきますので、それぞれで検討が異なります。例えば、購入する原材料などのカテゴリーの排出量が多い場合は、製品を製造していく過程で消耗品や原料などの調達に関する検討をしなければいけません。また、輸送や配送など、流通に関わる排出量が多いケースでは、サプライチェーンを見直すことも必要になります。さらに、カテゴリー11のように販売した製品を使っていただく段階で排出量が大きくなるケースでは、消費者の方々への展開の仕方にも工夫が必要になってきます。このようにケースバイケースで施策が変わってきます。これらを合わせて検討し、排出量の削減に取り組んでいただきたいと思います。

Scope3まで対象としたGHG排出量算定の事例のイメージ図

イメージ図

削減施策を総合的に検討する必要があるという説明の中で、Scope3のバリューチェーンのお話をさせていただきましたが、これは事業の上流から下流まで、すべてに関わるものになります。そのため、中心となる大企業だけでなく、バリューチェーンに関わるすべての企業で取り組まなければならない課題です。中小企業の方々にも取り組みに入っていただかなければなりませんが、資金面でたいへんな部分もあると思います。こうしたことから、地域全体で取り組むということを意識してカーボンニュートラルを進めていただければと考えています。このような地域における取り組みや中小の企業を、国としてはどのように支援していくかについて、西村さんにお聞きしました。

イメージ図

地域と連動した取り組みへ

「バリューチェーン全体でCO2の排出量を減らしていくとなりますと、中小企業の皆さまとともに取り組んでいくことが非常に重要になります。そこで環境省としては、各地域の企業や金融機関との連携を強めて、国全体でサプライチェーン全体のカーボンニュートラルに向けた取り組みを進めています。日本商工会議所には各地の商工会議所が集っていますが、令和2年12月に地方創生と環境を同時に進めていく方針で合意し、その後も連携を深めているところです。

具体的には、滝口さんからもお話があったように、大企業に対しては投資家からカーボンニュートラルへの取り組みが求められていくというグローバルな金融の動きがあります。それに対応するにはScope3への取り組みが求められるので、大企業、中小企業を問わず、サプライチェーン全体でグリーンな行動をしていくことが必要です。こうした取り組みを支援するために、環境省ではさまざまな施策を生み出しているところです。

例えば、日本商工会議所では取り組みを「知る」「測る」「減らす」の三項目に分類しています。環境省では、この「知る」と「測る」の取り組みに対して排出量の「見える化」がしやすくなるツールの作成を進めています。また、中小企業の方々が独自でそうしたツールに習熟するのは難しいと思われますので、支援する立場にある地域の金融機関、あるいは商工会議所が中小企業の皆さんを支援しやすくなるようなコラボレーションも考えているところです。そのうえで、実際に「減らす」取り組みを進めるための計画づくり、「減らす」ための設備投資、そうしたものへの支援も準備しています。

中小企業における脱炭素化促進に向けた環境省の取組のイメージ図

さらには、中小企業を支える立場にある地域金融機関との連携も深め、毎年約10行の地方銀行、信用金庫にご参加いただき、さまざまな取り組みを行っています。例えば、秋田県の北都銀行では、秋田沖の風力発電が地域経済にとっても非常に期待されていますので、地元企業としてどのように参画していくかを検討されています。一方で広島銀行や岡山の玉島信金では、リスク対応の視点から地域の産業がカーボンニュートラルで移行していくのではないかという予測のもとに、サプライヤーであるティア2、ティア3の中小企業をどう支えていくのかを検討しています。こうした動きと連携することで、中小企業や地域金融機関の取り組みを支えようとしているのです。

令和3年度地域におけるESG金融促進事業委託業務 採択先一覧のイメージ図

資料にもありますように、日本のCO2排出量の割合のうち、産業部門は34%と大きなウェイトを占めていますが、家庭やオフィスといったいわゆる民生部門も33%、また運輸部門からも18%となっていて、地域に密着したところのCO2排出量削減も非常に重要になっています。

地域の脱炭素トランジションの構造のイメージ図

(注)
「○%」の数字は、我が国のCO2排出量全体に占める割合(残る7%はエネルギー起源以外のCO2)。なお、CO2は我が国の温室効果ガス排出量の約91%を占めており、残りは、代替フロン等4ガス、メタン、一酸化二窒素である。

このため政府では、地域脱炭素ロードマップというものを取りまとめ「2050年カーボンニュートラル」に先立ち、ある特定の地域においては2030年にもカーボンニュートラルを実現し、そこをモデルとして全国に広げていこうという取り組みを行っています。

地域脱炭素ロードマップの構造のイメージ図

このモデルについては、住宅街あるいはオフィス街、産業もある地域、あるいは離島や山村といったようにさまざまなタイプを生み出していきたいと思っています。その第一回の先行地域が2022年の4月に指定され、それぞれ特徴のある26の地域が選定されています。横浜のような大都市型もあれば、離島のモデルもあります。北海道の上士幌は農村で、地元産業である畜産から出るバイオマスなどを活用して、街丸ごとのカーボンニュートラルをめざしています。

こうした取り組みを、CO2排出量を減らすことだけを目的にするのではなく、地域の活性化、防災、あるいは快適な暮らしといったものと合わせて、経済と社会とのWin-Winでカーボンニュートラルを進めていくようにすることが一番のポイントだと考えています。これを支援するために、2022年度は200億円の地方向けの交付金を用意しています。また、2023年度は倍増の400億円で要求しています。加えて全国津々浦々のさまざまなプロジェクトを支援していくために、出資をする機能を持った新しい株式会社、脱炭素化支援機構の設立準備も進めています。これは2022年10月中に発足する予定で、2022年度財政投融資で200億円、2023年度はこちらも倍増の400億円を要求しているところです。

国としての取り組みや支援体制についてお話しさせていただきましたが、大切なのは、やはり地域が主体性を持って脱炭素に取り組み、かつ活気のある地域をつくっていくことであると思います。脱炭素のことだけを考えて地域づくりをするわけではありません。自分たちの地域の未来をどうするかについて、脱炭素への取り組みをきっかけに各地域の企業、金融機関、自治体といったさまざまな立場の皆さんで議論していただければと思っています。政府としても、そうした皆さんの取り組みを、縦割りを排して関係省庁が一体となって支援していく体制づくりを進めています。」

地域の脱炭素化に向けた取組のイメージ図

これからの企業に求められること

これからの企業に求められるのは、まず自社のCO2排出量の「見える化」です。そのうえで削減を進める具体策を打っていくのですが、削減策には五つプランがあるということをお伝えしました。五つのプランを組み合わせて施策を打ちつつ、自社の活動を地域に広げて、地域の取り組みとして進めていくことが必要になってきます。こうしてカーボンニュートラル実現に向けた取り組みを進めていただければと思っていますし、私たちもぜひそのお手伝いをさせていただければと考えています。西村さんからも「環境省としては、脱炭素も大きな課題ではありますが、日本の経済、そして地域が元気になっていくことが将来に向けて非常に重要なことと考えていますので、ぜひ皆さまと一緒に取り組んでいきたいと思っています。」と、頼もしい言葉を頂戴しました。

これからの企業に求められることのイメージ図

本レポート執筆コンサルタント

滝口 浩一 株式会社 日立コンサルティング 社会DXコンサルティング本部 本部長

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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