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第1回 特許情報から読み解く気候変動に関する新規事業領域の探索

田中 直樹 株式会社 日立コンサルティング マネージャー

2023年9月28日

1. はじめに

(1)気候変動を取り巻く状況

近年、世界各地でこれまでにない規模の台風や洪水の発生頻度が高くなっている。世界における気象災害発生件数は1970年から約50年間で5倍近くに増加し、それによる経済損失も7倍近くに上昇している。そのため、気象災害への対策は解決すべき喫緊の課題となっている。また、国連が定めた2030年までに解決すべき持続可能な開発目標(SDGs)の目標13「気候変動に具体的な対策を」では、すべての国々が気候変動に起因する脅威や自然災害に対するレジリエンスを強化することが求められている。
このような状況において、気象災害による被害を抑え、国土や住民の生活を守るための気候変動適応ビジネスには拡大の余地があると考えられる。特に開発途上国で適応策へのニーズが高まっており、国連環境計画は途上国の適応にかかる費用は2050年時点で年間最大50兆円に達すると推定している。

(2)気候変動適応ビジネスの有望分野

経済産業省では、わが国が国際的に貢献できる気候変動適応ビジネスの有望分野として、「A. 自然災害に対するインフラ強靭化」、「B. エネルギー安定供給」、「C. 食糧安定供給・生産基盤強化」、「D. 保健・衛生」、「E. 気象観測及び監視・早期警戒」、「F. 資源の確保・水安定供給」、「G. 気候変動リスク関連金融」の7つの分野を挙げている(図1)

図1. 適応ビジネスの有望分野のイメージ図
図1. 適応ビジネスの有望分野
(出所)経済産業省「温暖化適応ビジネスの展望」2016年度策定を基に日立コンサルティングが作成

本コラムでは、気候変動適応ビジネスの開発動向を分析し、注目度が高い事業テーマや、それら事業テーマでの市場形成のキーとなるイノベーション技術を紹介する。さらに、一例として某企業(以下、A社)にフォーカスし、保有技術からA社が立ち上げるべき気候変動適応ビジネスについて考察し、A社にとって親和性の高い新規事業のアイデアを立案する。

2. 気候変動適応ビジネスにおける事業テーマと技術投資動向

気候変動適応ビジネスにおける新たな市場形成・市場注目度を予測するにあたって、今回は、技術への投資動向の把握や、市場形成のトリガーとなるキーイノベーションを俯瞰(ふかん)的にスクリーニングすることを短時間で可能とする、特許出願情報のアナリティクスを活用した。
まず、気候変動適応に関連する記載のある特許出願の集合のクラスタリング分析(※)をすることで、技術投資が行われている20個の事業テーマを特定し(図2)、前述の7つの分野との対応関係を整理した(図3)。対応づけの結果、多くの事業テーマが上述の7つの分野に属した(ただし、Bに属する事業テーマはなし)。また、7つの分野に属さない「17. 物流対応」、「18. 建物の断熱性能等」、「19. 市街の緑化」、「20. 対候HVAC」については、「H. その他」に分類した。

クラスタリング分析とは、所定テーマに関連する記載のある特許出願の集合を生成し、当該集合のテキストデータを自然言語処理の後にクラスター化させ、集合を構成するサブ要素を分離・識別し分析する手法である。

図2. 気候変動適応に関する事業テーマの俯瞰図のイメージ図
図2. 気候変動適応に関する事業テーマの俯瞰図

図3. 適応ビジネスの有望分野と事業テーマの対応関係のイメージ図
図3. 適応ビジネスの有望分野と事業テーマの対応関係

3. 各事業テーマの市場注目度と発展のキーとなるイノベーション

(1)分析概要

抽出した各事業テーマにおける適応ビジネスへの技術投資トレンドを把握するために、特許出願件数の年平均伸び率(2020〜2023年)を横軸、累計特許出願件数(2010〜2023年)を縦軸に取り、各象限ごとに市場注目度を設定した(表1)

表1. 各象限の市場注目度

市場注目度 概要 図4との対応
★★★
  • 年平均伸び率が大きく今後の成長が見込め、累計特許出願件数が少なくまだレッドオーシャンとなっていない領域
右下ゾーン
★★
  • 年平均伸び率が大きく累計特許出願件数も多いため、現在の検討の主領域となっている領域
右上ゾーン
  • 年平均伸び率が小さく累計特許出願件数も少ないため、中長期的に成長する可能性を秘めている領域
左下ゾーン
  • 年平均伸び率が小さく累計特許出願件数が多く、レッドオーシャン化が進みある程度成熟している領域
左上ゾーン

(2)分析結果

各事業テーマをプロットした結果、市場注目度が最も高い領域には、「1. 道路鉄道の対候性」、「2. 河川湾岸整備」、「3. 電線他インフラの対候性」、「5. 畜産他対策」、「12. 森林火災対策」、「13. 洪水台風予測対策」、「19. 市街の緑化」といった事業テーマが属していた(図4)

図4. 気候変動適応ビジネスの市場動向のイメージ図
図4. 気候変動適応ビジネスの市場動向

(3)市場注目度が高い事業テーマにおけるイノベーションのキー技術

市場注目度[★★★]に属する事業テーマに関連する具体的なキー技術を2つ紹介する。
「1. 道路鉄道の対候性」のキー技術:アスファルト材料/防舷材変形のデジタル管理/融雪・除雪システム
ひび割れしにくいアスファルトを形成するためのバインダー材料に係る技術(BASF社、SINOPEC社、CARLYLE社、HoneyWell社)や、海の波が高い際の船舶接岸時の防舷材の変形等をデジタルで管理する技術(横浜ゴム社)、レールの融雪・除雪システム(中国中鉄社)などのイノベーションがキー技術となり、今後、道路鉄道の対候性を事業テーマにした市場の成長をけん引する可能性がある。
「12. 森林火災対策」のキー技術:ドローン/衛星画像解析/火災自動診断
ドローンを使用した森林火災のリスク評価と消火剤の展開を計画する技術(ボーイング社)や、異なる時間に撮影された衛星画像の差分から森林火災の分布を予測して消火活動の一助となるような技術(Google社)、インフラや家屋の森林火災によるダメージ状況を航空写真から自動診断する技術(ステートファーム社)など、ドローン関連技術等のイノベーションがキー技術となり、今後、森林火災対策を事業テーマにした市場の成長をけん引する可能性がある。

4. A社の保有技術を基にしたポテンシャルの検討

(1)分析概要

前章で特定した市場注目度の高い7つの事業テーマ(図4の右下ゾーン)を含む各事業テーマについて、一例としてA社にフォーカスし、その保有技術の適用ポテンシャルを探索するために、特許出願情報のアナリティクスとして、技術ネットワーク分析(※)を採用した(図5)それにより、各事業テーマに対する、A社の技術適用ポテンシャルを特定した(図6)。

技術ネットワーク分析とは、業界全体の技術の発展を知財の公開情報からネットワーク化し、特定の企業が保有する技術ポートフォリオと、特定の事業テーマを構成する技術要素との接続関係から、ポテンシャルを指標化する手法である。

図5. 技術ネットワーク分析のイメージ図
図5. 技術ネットワーク分析のイメージ図

(2)分析結果

A社においてポテンシャル指標が大きい事業テーマとして、「9. 汚水処理」、「10. 大気浄化」、「11. 気候気象予測」が目立つが、それ以外にも多数の事業テーマでA社の保有技術とポートフォリオを活用した親和性の高い新規事業立ち上げの可能性が、指標として定量的に抽出された。

図6. A社技術適用ポテンシャルのイメージ図
図6. A社技術適用ポテンシャル

5. 新規事業を立ち上げるべき領域の考察

気候変動適応ビジネスの市場動向および、A社の技術適用ポテンシャルの分析を踏まえて、新規事業を立ち上げるべき領域のターゲットを検討する。市場性は、第3章で分析した市場注目度★★★/★★/★で評価し、技術親和性に関しては、第4章で分析した技術適用ポテンシャルを参考に大/中/小で評価した。市場性と技術親和性の結果から、◎/〇/△/×で総合評価を行った(表2)。その結果、最も高い評価となった「3. 電線他インフラの対候性」、「9. 汚水処理」、「11. 気候気象予測」、「13. 洪水台風予測対策」、「19. 市街の緑化」、「20. 対候HVAC」が、A社が気候変動適応ビジネスにおける新規事業を立ち上げるべき領域の候補として抽出された。

表2. A社における新規事業候補領域の検討

適応ビジネスの分野 事業テーマ 市場性 技術親和性 総合評価

A. 自然災害に対する
インフラ強靭化

1. 道路鉄道の対候性 ★★★
2. 河川湾岸整備 ★★★
3. 電線他インフラの対候性 ★★★

B. エネルギー安定供給

- - - -

C. 食糧安定供給・
生産基盤強化

4. 農業対策
5. 畜産他対策 ★★★
6. 漁業対策 ★★
7. 干ばつ対策 ★★

D. 保健・衛生

8. 新たな疫病対策
9. 汚水処理 ★★
10. 大気浄化

E. 気象観測及び監視・早期警戒

11. 気候気象予測 ★★
12. 森林火災対策 ★★★
13. 洪水台風予測対策 ★★★

F. 資源の確保・水安定供給

14. 海水淡水化 ★★
15. 雨水活用 ★★

G. 気候変動リスク関連金融

16. 保険 ★★

H. その他

17. 物流対応 ★★
18. 建物の断熱性能等 ★★
19. 市街の緑化 ★★★
20. 対候HVAC ★★

6. 新規事業のアイデア

「13. 洪水台風予測対策」における新規事業アイデア
A社の持つ、河川監視システムおよび、洪水シミュレーションの技術を掛け合わせてIoTで河川のデジタルツインを構築し、台風などで発生する洪水による被害をデジタルツイン上でのシミュレーションでリアルタイムに予測することで、避難地域の特定や避難経路の確保といった、一連の水害対応を統合したサービスで社会課題を解決するビジネスがアイデアとして挙げられる。
「19. 市街の緑化」における新規事業アイデア
A社の持つ、需要側でのエネルギー効率管理や廃熱再利用の技術を掛け合わせて都市のエネルギー管理を効率的に行い、市街の緑化(循環性向上)に貢献するビジネスがアイデアとして挙げられる。

7. おわりに

株式会社日立コンサルティングでは、市場性の分析だけでなく、技術の注目度や自社との親和性といった技術視点でのデータ解析も併せて行うことで、顧客特有のビジネスチャンスを捉え、新たな視点での新事業の方向性を、新たな種類のエビデンスとともに提案することができる。興味があれば是非ご連絡いただきたい。

本コラム執筆コンサルタント

田中 直樹 株式会社 日立コンサルティング マネージャー

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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