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Society 5.0の実現に向けた政府戦略「未来投資戦略2017」
(前編)戦略分野への集中投資

田中 総一郎株式会社 日立コンサルティング コンサルタント

2018年4月25日

1. はじめに

前回のコラムでは、政府が掲げる新たな社会像「Society 5.0」について、実現された世界観や政策的な位置づけをご紹介しました。本稿からは2回にわたり、Society 5.0を実現するために、今後、政府が行う施策をまとめた「未来投資戦略2017」について紹介します。今回は、「未来投資戦略2017」の位置づけや概観について簡単に触れた後、「未来投資戦略2017」の中でも、政府が集中投資するとしている戦略分野およびその施策について解説します。

2. 「未来投資戦略2017」とは

政府はアベノミクスの名の下、2020年までに名目GDP600兆円を達成しつつ、生産性革命を通じた働き方改革・国民の生活の質の向上を実現すべく成長戦略を策定しています。成長戦略は、第2次安倍内閣発足後の2013年に「日本再興戦略」として策定され、毎年改定されてきました。「日本再興戦略」は、電力・ガスの小売市場の全面自由化や農協改革等、一定の成果を上げてきましたが、生産性の伸び悩みや新たな需要創出の欠如は依然として続き、民間活動は力強さを欠く「長期停滞」からは脱しきれていません。政府は、「長期停滞」の打破には急激に進展するAIやIoT、ロボット等の技術革新をあらゆる産業や社会生活に取り入れるSociety 5.0の実現が不可欠として、その実現をめざす新たな成長戦略「未来投資戦略2017」※1を2017年6月9日に閣議決定しました。副題に「Society 5.0実現に向けた改革」とあることからも、Society 5.0の実現こそが我が国の経済の持続的成長に係る戦略的目標であることが分かります。

「未来投資戦略2017」の本編は「第1ポイント」と「第2具体的施策」から構成されており、本編の後ろには中短期工程表が付録されています。「第2具体的施策」は、その目的から四つのカテゴリーに分かれています。
一つ目は「Society 5.0に向けた戦略分野への集中投資」です。日本が世界に打ち勝ち、成長し続けられる戦略分野に集中投資することで、政策資源を有効活用しながら世界に先駆けてSociety 5.0を実現するとしています。戦略分野は「我が国の強み(モノづくりの強さ、社会課題の先進性・大きさ、リアルデータ※2の取得・活用可能性)をいかせるか」「国内外で成長が見込まれるか」「課題先進国のモデルケースとして世界にアピールできるか」といった観点を基に、以下8分野が選ばれています。

  • (1) 健康・医療・介護
  • (2) 移動サービスの高度化、「移動弱者」の解消、物流革命の実現
  • (3) 世界に先駆けたスマートサプライチェーンの実現
  • (4) インフラの生産性と都市の競争力の向上等
  • (5) FinTechの推進等
  • (6) エネルギー・環境制約の克服と投資の拡大
  • (7) ロボット革命/バイオ・マテリアル革命
  • (8) 既存住宅流通・リフォーム市場を中心とした住宅市場の活性化

二つ目は「Society 5.0に向けた横割課題への対応」です。技術革新がもたらす社会のパラダイムシフトは、産業構造の転換や必要な人材スキルの変化等、社会全体に関わる課題を引き起こします。また、データの流通・利活用で多様なイノベーションを創出するSociety 5.0を実現するためには、分野を横断してデータを連携させる新たな社会インフラ基盤が必要です。本カテゴリーでは、このように国全体で対応していかなければならない課題への対策がまとめられています。
三つ目は「地域経済好循環システムの構築」です。上記カテゴリーが国全体の視点に立った施策群であるのに対し、本カテゴリーでは地域を対象としています。地域経済の活性化には、雇用や経済を支える中小企業やサービス産業、農林水産業等の付加価値や生産性の向上が鍵であるとして、IT化やロボット導入、データ利活用等の取り組みを支援するとしています。
四つ目は「海外の成長市場の取り込み」です。日本企業の海外展開を支援することで、海外の成長市場の恩恵を取り込んでいくことが目標になります。具体的にはAIやIoT等の高度な技術の活用も含めたインフラシステムの輸出拡大をめざし、相手国へのトップセールスを推進するほか、インフラの「質」が正当に評価されるよう、相手国の入札制度の改善といった政策支援に取り組むとしています。

※1
「未来投資戦略2017 ―Society 5.0の実現に向けた改革―」
※2
医療介護、自動走行、工場設備、農業、建設といった現場から収集されるデータ。インターネット上のデータ(バーチャルデータ)と対比的な関係にあります。

3. 「未来投資戦略2017」のポイント Society 5.0に向けた戦略分野への集中投資

今回は、先述した4カテゴリーの中から「Society 5.0に向けた戦略分野への集中投資」について紹介します。特に、ここで示されている8つの戦略分野のうち、「第1ポイント」で取り上げられている五つの分野を説明します。「Society 5.0に向けた横割課題への対応」については、次回のコラムで取り上げます。

(1) 健康・医療・介護

日本は世界の中でも高齢化社会にいち早く直面するという課題を抱えていますが、医療・介護保険制度を通じてデータが豊富に蓄積されています。このような状況を踏まえ、政府は蓄積されたデータを活用し、健康管理と病気・介護の予防、自立支援を推進することで健康寿命をさらに延伸し、世界に先駆けて生涯現役社会を実現しようとしています。本稿では「保健医療データプラットフォームの構築」について紹介します。

保健医療データプラットフォームの構築

保健医療データプラットフォームとは、現在、個別に管理されている医療・介護等のビッグデータを連結することで、個人の保健医療に関する履歴を一体的に分析可能とする仕組みです(図1参照)。過去の治療や投薬、介護サービスとその結果の関係を明らかにできるため、疾病の発症・重症化・要介護化の予防施策や新たな治療法・新薬の開発、医療・介護の提供体制の研究等、広範囲に活用できます。

図1.保健医療データプラットフォームのイメージ

図1.保健医療データプラットフォームのイメージ

個人の健康状態の遷移が分析可能となることで、類似の遷移をした人のデータを基に、自分の将来の健康状態を予測できるようになります。疾病や要介護化のリスクや時期がわかるようになれば、食事や運動等の行動を変えるインセンティブが働くため、行動をモニタリングし改善アドバイスをするサービスが普及することが想定できます。
また、寿命が延び年金暮らしの期間が拡大すると、ゆとりある老後をめざす人の増加が予測できることから、資産運用やライフプランニングに関する市場が拡大するでしょう。健康寿命が延伸し、定年年齢が延長されれば、シニアの職業経験をビジネスに活用しようと転職市場の活性化も期待されます。

(2) 移動サービスの高度化、「移動弱者」の解消、物流革命の実現

本格的な人口減少社会に突入し、生産年齢人口の減少が見込まれる日本ではすでに、物流の人手不足や地域高齢者の移動手段の欠如といった社会課題に直面していますが、モノづくり力に加え、センシング技術やデータ解析技術にも強みがあるため、自動走行技術の開発に有利であるとされています。このような状況を踏まえ、政府は自動走行を実現し、物流の効率化と移動サービスの高度化を進めることで、交通事故の減少、地域の人手不足や移動弱者の解消につなげようとしています。具体的には、無人自動走行技術をいち早く社会に取り入れるため、技術開発と並行して制度整備や社会受容性の醸成のための実証実験とビジネスモデルの検討を推進しています。本稿では「無人自動走行による移動サービスの向上」に関する実証実験を紹介します。

無人自動走行による移動サービスの実証

国土交通省は、2020年度の社会実装に向け、自動走行する小型モビリティを用いた移動サービスの実証実験を進めています(図2参照)。具体的には、診療所や行政窓口が集積されつつある道の駅などを拠点に小型モビリティが各家庭や集会所を巡回し、人やモノを輸送する実証実験を行っています。2017年夏頃から18の地域で技術面やビジネスモデル面に関する実証実験が開始されており、2018年の夏頃に中間とりまとめが策定される見込みです。

図2.中山間地域における道の駅等を拠点とした自動走行サービスのイメージ

図2.中山間地域における道の駅等を拠点とした自動走行サービスのイメージ

今後、完全な自動運転が実現されると、目的地に到着するまでの時間を、車内で自由に過ごせるようになることから、既存のカーナビディスプレイ等を通じて情報や娯楽コンテンツを提供するサービスの普及が予想されます。規制緩和が進めば、フロントガラスやドアを大型ディスプレイとして利用することで、映画やゲームに興じたり、車内を執務室や会議室として利用したりすることも可能になるでしょう。

(3) 世界に先駆けたスマートサプライチェーンの実現

ものづくり分野において、製造業は我が国の強みであるほか、工場のデータやコンビニ等の流通データも豊富にあることを踏まえ、政府は図3のように工場や企業の枠を超えて様々なものをIoTでつなぎ、データを共有させることで、無駄のないサプライチェーンや個々のニーズに即した革新的な製品・サービスの創出を後押ししようとしています。

図3.スマートサプライチェーンのイメージ
図3.スマートサプライチェーンのイメージ

工場や企業の枠を超えたデータ連携で重要となるのは、データプロファイル(用語の定義、記述文法等)の共通化です。データプロファイルがばらばらでは、各組織は外部データをシステムに取り込む際、毎回データを整形しなければならず、大変な手間となるためです。政府は共通データプロファイルを策定したうえで、国際的なデータ連携に向け、国際標準化を図っていくとしています。

サプライチェーンを構成する組織間でデータ連携が進むと、例えばメーカーは小売店の販売状況をリアルタイムに把握し、製造計画を細かく見直すことで、製品在庫を削減できます。各工程のデータを連携し全工程の状況を可視化すれば、ボトルネックが明らかとなり、リードタイムも短縮できます。
データプロファイルが共通化され、発注情報や生産能力の情報を様々な企業とやりとりしやすくなると、需要者と生産者を仲介するプラットフォームビジネスが活性化するでしょう。企業はプラットフォームに参加することで、新規取引先の獲得が容易になるほか、ファブレス経営※3も実現しやすくなります。すでにアパレル分野では、シタテルという会社が170以上の縫製工場と提携し、アパレルメーカーと生産余力のある工場をマッチングさせるサービスを展開しており、アパレルメーカーの生産コストの削減や、工場のビジネス拡大を実現しています。

※3
生産設備を自社では持たず、生産を外部の向上へ委託すること。経営資源を商品企画・開発等に集中できるメリットがあります。

(4) インフラの生産性と都市の競争力の向上等

建設・維持管理、防災・減災分野に関し、日本が直面しているのは、熟練労働者の高齢化や人手不足、老朽施設の更新や防災対策といった課題です。しかしながら、ICTの活用により、生産性の向上や人手不足の解消が期待されることから、政府はi-Constructionを推進していくとしています。

i-Constructionの推進

i-Constructionとは、全ての建設プロセスでICT等を活用していく施策です。例えば土木工事は、図4に示すように①測量、②設計・施工計画、③施工、④検査のステップで実施されますが、これまではいずれも人手による作業が中心でした。ここにi-Constructionを導入すると、①測量ではドローン等により、短時間で3次元測量ができるようになります。②設計・施工計画では、3次元測量データと設計図面との差分から施工量を自動算出でき、③施工は3次元設計データに基づくICT建設機械を自動制御することで実施できます。④検査では再びドローン等による3次元測量を活用することで省力化が実現できます。

図4.土木工事におけるi-Constructionと従来方法の比較

図4.土木工事におけるi-Constructionと従来方法の比較

政府は2025年までに建設現場の生産性2割向上をKPIとしていますが、土木工事ではすでに、約3割の時間短縮を達成しています。この成果を受け、政府は今後、対象分野を拡大していくとしています。

建設現場では、ICTの活用によって長時間労働の是正や現場作業の安全性が向上し、労働環境の過酷さから敬遠していた人が就労するようになることで、人手不足の緩和が期待されます。ICT建機等を活用すれば、高度なノウハウを持つ熟練工でなくとも施工が可能となるため、新しく建設業に参入した人材も即戦力として活躍できるようになります。維持管理作業でICTを活用し、点検や補修が適切に行われるようになれば、危険箇所の早期発見により不測の事故が減少するとともに、工事や補修期間も短縮されるようになります。

(5) FinTechの推進等

ほかの先進国に比べ、日本は現金取引比率が高く(図5参照)、中小企業のIT活用も限定的であることから、FinTechの導入効果が期待できます。このような状況を踏まえ、政府は金融関連サービスの利便性向上や企業の資金調達力や生産性・収益力の向上をめざし、Fintechを活用しやすい環境整備を推進するとしています。

図5.非現金決済取引比率(2015年)の比較

図5.非現金決済取引比率(2015年)の比較

Fintechの活用環境を整えるうえでは、決済情報の電子化、すなわちキャッシュレスの推進が重要です。政府は今後10年間で、キャッシュレス決済比率を倍増させることをKPIとしています。また、新たな金融サービスの創出を促すため、銀行のオープンAPI化を促し、2020年6月までに80行以上に導入することをKPIとしています。

キャッシュレス化は現金の管理コストを削減できるほか、決済情報と顧客情報をひもづけしやすくなるため、ターゲットマーケティングを高度化できます。例えば、個人の支出内容を時系列的に分析することで、趣味・嗜好やライフステージの変化を把握し、その個人が望む商品・サービスを提案できるようになります。また、訪日観光客のうち4割が現金しか使えないことに不満を持つとされていることから、キャッシュレスへの対応によってその消費を取り込むことができるでしょう。

銀行のオープンAPI化が実現すれば、Fintech企業はウェブスクレイピング※4をせずとも銀行口座の残高や取引履歴を容易に取得できるようになるため、サービスの開発コストを下げられるようになります。その結果、より多くのFintech企業が参入し、ユーザー視点に立った多様なサービスが開発・提供されるようになるため、個人はより便利で快適な生活を送れるようになるでしょう。また、Fintech企業により、銀行のAPIを通じて振り込みを行うサービスが提供されるようになれば、Eコマースの決済手段としても普及すると想定されます。Eコマースの決済手段として現在、主流のクレジットカードは、入金まで一定期間を要するのに対し、銀行のAPIを通じた振り込みは、即座に売上額が入金され、Eコマース事業者のキャッシュフローを改善できるためです。

※4
プログラムを用いて、ウェブページのHTMLデータを収集し、必要なデータを抽出、整形する手法。収集対象のウェブページのデザインが変わると、再度スクレイピングのプログラムを作成しなおさなければならないため、手間がかかります。

4. まとめ

本稿では、Society 5.0実現のために今後、政府が取り組む施策をまとめた「未来投資戦略2017」の概略および4カテゴリーのうちの一つ目である「Society 5.0に向けた戦略分野への集中投資」の一部施策について紹介しました。「未来投資戦略2017」において、戦略分野として定義された①健康・医療・介護、②移動、③ものづくり、④建設・維持管理、防災・減災、⑤金融、⑥エネルギー、⑦ロボット、バイオ・マテリアル、⑧不動産は、今後の日本経済をけん引する成長株であるといえます。次回では、二つ目のカテゴリーである「Society 5.0に向けた横割課題への対応」のうち、特徴的なものについて解説します。

本コラム執筆コンサルタント

田中 総一郎株式会社 日立コンサルティング コンサルタント

「Society 5.0(ソサエティ5.0)」という言葉が世に出て2年あまりが経過しました。
ようやく政府も広報活動に力を入れ、新聞広告を出したり、政府広報オンライン上で『ソサエティ5.0「すぐそこの未来」篇』という動画を公開したりするようになりましたが、世間の認知度はまだまだ低いのではないでしょうか。
Society 5.0は、IoT、AI、ロボットを中心とした先端技術によって社会課題を解決していこうという、日本政府が提唱する科学技術政策の基本指針の一つですが、人類史上5番目の新しい社会(Society)と表現されているとおり、私たちの生活の姿、そして社会の在り方までをも変えうるイノベ−ションによって、今後の日本はもちろん、世界を大きく左右する可能性を秘めています。現在安倍総理が進めている「生産性改革」を実現するための重要なファクタ−の一つでもあり、政府も取り組みに力を入れています。本コラムでは複数回にわたって「Society 5.0」とは何か、世の中をどう変えていくものかを解説していきますが、Society 5.0を実現するために、今後、政府が行う施策をまとめた「未来投資戦略2017」について紹介します。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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