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第2回 フェムテック産業の拡大、普及に関する諸課題

神谷 浩史 株式会社 日立コンサルティング マネージャー

2021年9月30日

フェムテック製品・サービスの認知度が急速に高まっていますが、これらが本格的に普及して多くの女性の健康課題を解決できるようになるまでには、乗り越えなければならない社会的な障壁・課題があります。医療と健康管理の境界上に位置するという製品・サービスの特性や、これまで女性の健康課題がタブー視されがちであったことがその原因と考えられます。本稿ではこれらフェムテック普及のための障壁・課題について解説すると同時に、解決策についても説明します。

1. フェムテック産業の拡大、普及に関する諸課題

当社が経済産業省より受注して実施した「働き方、暮らし方の変化のあり方が将来の日本経済に与える効果と課題に関する調査」では、10以上のフェムテック事業者、関係者の方々へヒアリングを行いました。その中で伺った声を基に、フェムテック事業者から見た、フェムテック産業の拡大、普及にまつわる課題を整理したものが以下となります(図表1参照)。

図表1:フェムテック産業の拡大、普及に関する諸課題

図表1:フェムテック産業の拡大、普及に関する諸課題
(資料:経済産業省「働き方、暮らし方の変化のあり方が将来の日本経済に与える効果と課題に関する調査 報告書(概要版)」)を基に、日立コンサルティングにて作成

中でも、産業全体としての課題認識として強かった「1. 製品・サービスにおける安全性・信頼性担保」「3.フェムテック分野に関する社会受容性」について解説します。

2. フェムテック製品・サービスの安全性・信頼性担保

本連載の第1回で、フェムテックは女性が抱える健康の課題を、テクノロジーで解決する製品やサービスであると説明しました。

それでは、フェムテック製品は医療機器なのでしょうか?

2-1. フェムテック事業者にとっての医療機器認定のメリットとデメリット

「医療機器としての認可を受けた製品もあれば、受けていない製品もある」というのがこの問いへの答えであり、現状です。製品カテゴリー別に見ると、医療支援を目的とした製品はほぼ認可を得ていますが、それ以外の製品に関しての許認可は、ごく一部にとどまっています。
フェムテック製品によって医療機器認定の有無が分かれる原因ですが、製品自体が医療と健康管理の境界上に位置することが理由の一つと考えられます。事業者が製品を開発する際、実質的に医療機器と同等の効能が出せるとしても、医療機器として認証を求めるか、一般の製品(医療機器業界では雑品と呼ばれます)として売り出すか、選択の余地があります。(当初から医療目的で開発された製品を除く)。
フェムテック事業者は、自社のフェムテック製品・サービスを開発・販売するにあたり、開発までに必要な期間とコスト、製品のプロモーションなど、複数の要素を踏まえて、医療機器認定を受けるか否かを戦略的に判断することが可能です。

図表2:医療機器として取り扱われることのメリット・デメリット

図表2:医療機器として取り扱われることのメリット・デメリット
フェムテック事業者へのヒアリングを基に、日立コンサルティングにて作成

医療機器認定を得ることで、安全性・信頼性が保証され、医学的な効能をうたうことができる一方、認可を得るために費用、リソース、時間をかける必要があります。特に、医療機器認定を受けるまでに必要な期間の長さは、事業者にとって大きな負担となります。厚生労働省の努力もあり、医療機器認定の審査期間自体は短縮※1傾向にありますが、一般社団法人メディカル・フェムテック・コンソーシアムの指摘※2にもあるとおり、既存製品が存在しない商品の承認審査のプロセスは長期間を要するという課題があります。
日進月歩で新製品が出されるフェムテック産業の現状を踏まえると、市場への投入までの期間短縮のため、あえて医療機器認定を受けない事業者が多いのも理解できるところです。

※1:
出典:厚生労働省医薬・生活衛生局 医療機器審査管理課
第16回医療機器・体外診断薬の承認審査や安全対策等に関する定期意見交換会 医療機器・体外診断用医薬品に係る行政の動向について(2018年8月)
※2:
「日本における薬機法上の医療機器、医薬部外品等の審査承認の制度は、制度としては整備されているが、既存製品が存在しない商品を対象とした承認審査を行う場合、承認プロセスに長期間を要するという運用面の課題がある。例えば、欧米で既に最も軽いクラスTとして承認されている医療機器について、日本での流通を目指している企業が、PMDAに相談すると、どのクラスに属するかが見当もつかないという反応であり、ゼロからデータの提出を求められる。」
出典:経済産業省 令和2年度産業経済研究委託事業 働き方、暮らし方の変化のあり方が将来の日本に与える効果と課題に関する調査報告書

2‐2. フェムテックサービスとオンライン診療

フェムテックサービスの中には、チャット、ビデオ通話などで医師、看護師、臨床心理士、カウンセラーへ相談ができるサービスがありますが、これらのサービスについても医療行為であるオンライン診療とするか、非医療行為である遠隔健康医療相談とするかの判断がサービス設計時に求められます。この二つのメリット、デメリットを見ていきましょう。

図表3:オンライン診療、遠隔健康医療相談を選択する場合のメリット・デメリット

図表3:オンライン診療、遠隔健康医療相談を選択する場合のメリット・デメリット

オンライン診療とした場合は医療行為となるため、個人の健康状態に合った診断、処方までを行うことができますが、リアルタイム性が求められる、初診時は対面が原則となるため、地理的条件の影響も受けるなどの制約が発生します。また、対応者は医師である必要があります。
一方、遠隔医療相談を選択した場合は上記のような制約はなく、リアルタイム以外の対応も可能となるので、対応者側は書き込まれた悩み事に対し、自由な時間に回答することが可能です。ただし診療ではないという制約上、個人の健康状態に合った診断、処方はできず、あくまで一般論としての回答に制限されます。
サービスの多くは、自社サービスを遠隔健康医療相談と位置付けて展開しています。

相談・カウンセリングのカテゴリーに属するフェムテックサービスを提供する事業者数社に話を聞いた限りでは、現状、リアルタイム性の制約の高さなどから、どうしてもオンライン診療は選択しづらく、回答者が医師である場合でも、利便性の高い遠隔健康医療相談と位置付けて自社サービスを展開しているケースが多いようです。
現行のサービス事業者の多くは、回答者に対して資格要件を求めたり、CEO自ら面接したりするなど、サービスの品質維持に努めていますが、今後市場が拡大し、新規事業者の参入が増えた場合、すべての事業者が同様の品質維持体制を確保できるかどうかは、誰にも保証ができない状況といえます。

2‐3. 安全性・信頼性の担保に向けて

フェムテック産業は、まだ黎明期であり、医療と健康管理の境界上にあるという特性のため、安全性・信頼性の担保は、フェムテック事業者の倫理や自助努力に委ねられる状態であるといえます。
では、今後のフェムテック産業の拡大を見据え、安全性・信頼性を担保するためにはどのような施策が考えられるでしょうか。

図表4:フェムテック製品・サービスの安全性・信頼性に関する課題

図表4:フェムテック製品・サービスの安全性・信頼性に関する課題

(1)フェムテック製品やサービスにおける品質基準(ガイドライン)の整備

現在、フェムテック製品やサービスの品質担保に関する業界統一基準はなく、安全性・信頼性の担保は、フェムテック事業者の倫理や自助努力に委ねられています。こうした各フェムテック事業者が掲げている品質基準を業界内で一般化し、条件を満たす製品、サービスには何らかの認証を与える仕組みの整備が必要となるでしょう。その観点としては、次のようなものが考えられます。

図表5:フェムテック製品やサービスの品質担保に向けたガイドラインを整備する際の観点例
観点 内容例
エビデンスに基づく製品やサービスの提供 ✔ 専門知識がある有資格者、有識者の採用(例:相談サービスの回答者など)
✔ 医学的なエビデンスや研究を重視した製品やサービスの提供
従業員教育 ✔ 品質担保に向けたルールの順守のための教育徹底
✔ 過去に発生した不適切事案の共有
定期的な品質評価 ✔ サービス活用の事後評価やアンケートによる客観的な評価
✔ サービスや製品の品質に関する定期監査
✔ 法律改正などによるルールの見直し
利用者への理解促進 ✔ 製品やサービスの利用条件や提供範囲に関する情報の利用者への提供

(2)薬機法の医療機器に該当する承認審査の期間短縮

前述のとおり、医療機器の承認審査に時間を要するというフェムテック事業者からの声は多く、国も本課題を認識していることから、すでに積極的な議論がなされています。医療機器認定を受けたフェムテック製品が流通するようになれば、製品の安全性・信頼性が客観的に担保されることとなるため、これらの議論の早期進展が望まれるところです。

3. 女性の健康課題に対する社会受容性の向上

月経や不妊、更年期症状などの女性の健康課題はこれまでタブー視されがちだったこともあり、正確な知識、女性にとっての悩みの深刻度、苦しみはなかなか伝わってきませんでした。多くの人が日常会話の話題とすることにためらいを感じるのではないでしょうか。また、実際のつらさは個人差があることから、自分以外の女性のつらさが分からなかったり、更年期に伴う体調不良があっても、それが更年期のせいだと気付かなかったりする場合があります。

フェムテック製品・サービス自体はB2Cの商品ですが、フェムテック事業者の多くは、より広く普及させることを目的に、企業の福利厚生サービスへの導入を狙った活動を進めています。しかしながら、企業の決裁権限者に女性の健康課題に対する理解がなく、なかなか導入が進まないとの声もありました。
さらに、女性の間でさえ健康課題を話題とすることがタブー視される傾向にあったこともあり、よいフェムテック製品・サービスが世に出ても、その存在がなかなか広まらないという課題もあります。

このように、月経や不妊治療、更年期に対するタブーが存在する限り、フェムテック製品・サービスの進歩があっても、社会に広く受け入れられず、女性の健康と仕事の両立や、QoLの向上も果たせません。こうした背景から、女性の健康課題に対する社会受容性の向上は重要な課題と考えられます。

女性の健康に関する悩みを、当事者はもちろん、その周囲も含めて理解していくことが、フェムテック産業の発展だけでなく、女性活躍の実現につながります。特に女性の健康課題に関する社会受容性向上のためには、これまで女性の悩みに気づかなかった人、例えば女性が勤める職場の上司や管理職層に向けた啓発活動が重要となるでしょう。そしてこれらの啓発活動の推進が、幅広い年齢層の女性の健康と仕事の両立につながるものと期待されます。

本コラム執筆コンサルタント

神谷 浩史 株式会社 日立コンサルティング マネージャー

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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