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第3回 特許情報から読み解く生成AIの活用動向

江原 寛昭 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

皆川 暢徹 株式会社 日立コンサルティング シニアコンサルタント

2025年12月5日

はじめに

2022年に米国OpenAI社が生成AIサービス「ChatGPT」を公開しました。ChatGPTは公開5日間でユーザー数100万人に到達し、2025年7月までには5億人以上を獲得するなど驚異的な速さで広まり、生成AIブームの発端になったと言えます。本コラム執筆時の2025年9月現在、毎日のように生成AI関連のニュースが流れており、あらゆる業界において生成AIの活用が急速に広がっています。その一方、個々の報道や事例は話題性がある内容に偏りがちであるため、生成AI活用の実態や全体動向を追っていくのは容易ではありません。
そこで本コラムでは、生成AIが社会全体でどのように活用されているのか、そのトレンドを客観的に把握できる特許出願情報を用いて見ていきます。

最初に第1章で生成AI活用の業界別動向を確認します。次の第2章では、自動車業界を例にあげて業界内の生成AI活用を確認します。そして、第3章では同業界で特許の出願数が伸びている領域に焦点を当て、具体的な活用例と生成AIの役割を考察します。

OpenAI社 「OpenAI の新しい経済分析」 (2025年7月22日)

1. 生成AI活用の業界別動向

多くの業界で活用が進んでいる生成AIですが、特にどの業界で活用が先行しているのでしょうか。ここでは、生成AI関連特許の情報を用いて、業界別の動向を確認していきます。

図表1:各業界における生成AI関連特許の出願動向
図表1:各業界における生成AI関連特許の出願動向

資料:各国特許庁が発行する特許公報データを基に、株式会社日立コンサルティングが作成

2017年に、Google社が大規模言語モデルの実現に重要な役割を果たすTransformerモデルの論文を発表しました。図表1は、その翌年の2018年以降で生成AI関連特許の累積公開件数が多い10業界を示したものです。

特許は、一般的には実用化や商用化をめざして出願されることが多いと考えられます。そのため、特許出願数が多いということは、その分実用化や商用化に向けた動きが活発であることを示唆しているといえます。したがって、今回示した累積公開件数が多い業界ほど、生成AIの活用が進んでいると考えることができます。

この図からは、最も生成AIの活用が進んでいる業界は医療・健康、次点で自動車業界であることが分かります。
前回のコラム「特許情報から読み解くヘルスケア業界におけるエマージングテクノロジー活用」で医療・健康業界を取り上げましたので、今回は自動車業界を例に、生成AIの動向を探っていきます。

arXivへの投稿にて確認([1706.03762] Attention Is All You Need

2. 「自動車業界」における生成AI活用動向

本章では、自動車業界における生成AIの活用動向を、特許情報を基に確認していきます。

特定のテーマの動向を分析する場合には、そのテーマをクラスター化して可視化することができるクラスタリング分析が有効です。このクラスタリング分析を用いて自動車業界の生成AI関連特許情報を見ていきましょう。

クラスタリング分析とは、当該集合のテキストデータを自然言語処理の後にクラスター化させ、集合を構成するサブ要素を分離・識別し分析する手法。
図表2:自動車業界における生成AI特許のクラスタリングマップ
図表2:自動車業界における生成AI特許のクラスタリングマップ

クラスタリング分析するにあたり、業界が注目しているであろう5領域を設定しました。図表2はその結果ですが、クラスタリングマップが濃い部分ほど特許件数が多いことを示しています。つまり、設定した5領域においては、生成AI活用が進んでいるのではないかと推測ができます。

画像認識および機械学習モデルは、業界を問わず必要となる汎用的な特許であるため、今回は取り扱いません。

これらの領域の概要を簡単に紹介します。

自動運転
最も濃く見える領域です。レーダー、車線変更など、道路状況の認識に関連する特許が含まれます。
部品
タイヤ、ステアリングホイールなど、自動車の部品に関連する特許が含まれます。
電気自動車(EV:Electric Vehicle)
車両バッテリー、充電ステーションなど、電力制御に関連する特許が含まれます。
サービス
フリート管理、配送計画など、車両を用いたサービスに関連する特許が含まれます。
製造
ロボット、シミュレーションなど、車両の製造・検査に関連する特許が含まれます。

次に、この5領域のうち、特許出願の勢いが活発な領域を確認します。図表3は、各領域における生成AI関連特許の年平均成長率を昇順で示したものです。

図表3:各領域における生成AI関連特許の年平均成長率(2021~2024年)
領域名 年平均成長率(2021~2024年)
電気自動車(EV) 18%
部品 15%
自動運転 13%
製造 12%
サービス 10%

資料:各国特許庁が発行する特許公報データを基に、株式会社日立コンサルティングが作成

この表を見ると、どれも年平均成長率は10%を超えており高い水準であることが分かります。

第3章では、この中から「EV」「部品」、そして日立グループの主要な事業領域の1つである「製造」を例として取り上げて、各領域における生成AIの活用動向を見ていきます。

『World Intellectual Property Indicators 2025』(2025年WIPO発行)から試算すると、2021〜2024年の特許出願件数の平均成長率は3.2%となっている。このことから生成AI関連の平均成長率の水準が高いとしている。

3. 「EV」「部品」「製造」領域の生成AI活用動向

「EV」「部品」「製造」の3領域において、生成AIはどのような活用が具体的に進んでいるのでしょうか。

3領域の生成AI活用の進捗を確認するために、各領域に対して、その領域に属する特許出願の集合を母集団としたクラスタリング分析を行い、領域を構成する主要な項目を抽出しました。これらの主要項目ごとに、生成AIに関連する特許数と生成AI以外の特許数を比較することで、特許の出願動向を踏まえた生成AI活用の進展を把握します。

特許全体に占める生成AI関連特許の割合が高い場合、その項目では生成AIに関する研究開発や投資が進んでいると想定されます。生成AI関連特許の割合が高い項目に関しては、具体的な特許事例も確認して深掘りしていきます。

3-1. EV領域における生成AIの活用動向

はじめに、EV領域における生成AIの活用動向を確認していきます(図表4)。

図表4:EV領域の各項目における生成AI関連特許の割合(2021〜2024年)
図表4:EV領域の各項目における生成AI関連特許の割合(2021〜2024年)

資料:各国特許庁が発行する特許公報データを基に、株式会社日立コンサルティングが作成

充電ステーション、定置型蓄電池、給電装置といった、EVの利用者が何らかの操作をする「ユーザー接点」が存在する関連項目においては、生成AIの特許割合が11~16%であるのに対し、電力変換制御、電池モジュール、燃料電池といった「ユーザー接点」が存在しない車両に関する項目は、生成AIの特許割合が2~7%と低くなっていることが分かります。

このように、「ユーザー接点」の有無で生成AIの特許割合に差が見られることから、ユーザーを支援するといったことに生成AIが用いられている可能性があります。例えばEV充電操作の効率化など、ユーザーエクスペリエンスの向上に生成AI活用が試みられていることが想定されます。

ユーザー接点が無い項目の生成AIの特許割合が低い背景には、生成AI特有の問題が考えられます。電池や電力変換制御に関する部分はEVの重要な技術要素であり、高い信頼性が求められます。しかし、生成AIは現時点ではまだハルシネーションなどのリスクも存在するため、精度を担保しやすい従来のルールや機械学習ベースのAIの優位性が高いと考えられます。

ここでは「充電ステーション」を例にあげて、大手自動車メーカーのトヨタ自動車株式会社の出願特許をピックアップして見ていきます(図表5) 。

図表5:充電ステーションに生成AIを活用している特許例
図表5:充電ステーションに生成AIを活用している特許例

資料:各国特許庁が発行する特許公報データを基に、株式会社日立コンサルティングが作成

この特許は充電ステーションにおいて、給電装置の充電ケーブルを自動で抜き差しするロボットアームの活用を前提としたものです。充電を希望する車両がステーションに入ってきた際、生成AIが車両情報や駐車状況を基に「車両の駐車位置、向き」を指示し、充電順をスケジューリングすることで、ロボットアームの移動距離を最短距離にさせることをめざしています。リアルタイムに状況が変わる、かつ複雑な状況を踏まえてスケジュール等を生成させることに生成AIの活用余地がみられます。この活用方法は、従来のAIでは対応が難しかった点をカバーするために生成AIが使われていると言えます。

3-2. 部品領域における生成AI活用動向

次に、部品領域における生成AI活用動向を確認します(図表6)。

図表6:部品領域の各項目における、生成AI関連特許の割合(2021〜2024年)
図表6:部品領域の各項目における、生成AI関連特許の割合(2021〜2024年)

資料:各国特許庁が発行する特許公報データを基に、株式会社日立コンサルティングが作成

このグラフからは、車内センサーが突出して、次にタイヤが生成AIの特許の割合が高いことが分かります。

生成AIの特許の割合が高い2項目に共通している点は、ドライバーの安全運転(事故予防)に直結する要素が大きいと想定されることです。

車内センサーには、ドライバーや同乗者の状態を監視し、安全運転ができているかどうかを把握するために生成AIが使われている可能性がありそうです。また、タイヤもその性能が車両の走行性能に直結するため、安全性や快適性を保つために、メンテナンス等に生成AIを利用している可能性が考えられます。

ここでは「タイヤ」に焦点を当てて、大手タイヤメーカーの株式会社ブリヂストンが出願している特許をピックアップして確認していきます。

図表7:タイヤに生成AIを活用している特許例
図表7:タイヤに生成AIを活用している特許例

資料:各国特許庁が発行する特許公報データを基に、株式会社日立コンサルティングが作成

この特許は、タイヤの寿命を予測するAIモデルを構築するために、車両の想定速度や荷重データを生成しようというものです。過去の地図情報や作業者からのヒアリングで収集したデータを基に、車両の行き先ごとの想定速度や荷重、気温などの疑似データをAIが生成します。この疑似データを活用することで、車載センサーから走行状況を取得できない場合でも、タイヤの寿命を予測可能にすることをめざしています。

3-3. 製造領域における生成AI活用動向

最後に、製造領域における生成AI活用動向を確認していきます(図表8)。

図表8:製造領域の各項目における生成AI関連特許の割合(2021〜2024年)
図表8:製造領域の各項目における生成AI関連特許の割合(2021〜2024年)

資料:各国特許庁が発行する特許公報データを基に、株式会社日立コンサルティングが作成

まずグラフに示されている項目に注目してみましょう。各項目は、次のように分類することができます。

AGV(Automated Guided Vehicle)搬送、溶接:以前からデジタル化が進んでいる
車体フレーム・ドア等組立:組み立てのプロセスがパターン化されていない(人の作業を伴う)
電池生産、鋼板生産、吸音材生産:生産プロセスがパターン化されている

これを踏まえ、次にグラフを見てみると、AGV(Automated Guided Vehicle)搬送、溶接への活用が突出して進んでいることが分かります。一方で、吸音材生産や鋼板生産ではまだ活用が進んでいないということが分かります。

この特徴からは、積極的な生成AI活用を試みるためにはデジタル化の進展が必要であることが見て取れます。組み立てや生産のような項目での活用はまだこれからという段階ですが、人手不足への対策や熟練者ノウハウ継承などの課題が顕在化している「組み立て」では、これらの解決手段として生成AIの活用が進んでいく余地があるといえそうです。

ここでは、「AGV搬送」を例にあげて、ロボット開発ベンチャーである株式会社Preferred Roboticsの生成AI活用の特許情報を見ていきます(図表9)。

図表9:AGV搬送に生成AIを活用している特許例
図表9:AGV搬送に生成AIを活用している特許例

資料:各国特許庁が発行する特許公報データを基に、株式会社日立コンサルティングが作成

この特許は、人の自然言語(音声を含む)での指示を生成AIが読み解いて、AGVを制御することを示しています。人の指示や周辺環境などを踏まえ、生成AIがロボットを制御するプログラムコードを生成しているようです。

このように生成AIを使うことで、誰でも手軽かつ柔軟にロボットを制御できるようにすることをめざしています。本稿執筆時点ではロボットを制御するために人力でプログラムを書き換える必要があり、高い専門性が求められますが、この事例のように「誰でもロボットを制御できる」ようにしている点が、生成AIの効果ともいえるでしょう。

図表9内でロボットと記載している部分がAGVに該当

おわりに

本稿ではさまざまなトレンドを客観的に把握できる特許出願情報を用いて生成AIの業界動向を俯瞰(ふかん)し、自動車業界を例に先行領域の確認から活用事例の抽出まで、生成AIの動向を確認してきました。今回用いた手法は特許分析のほんの一例ですが、このように精度の高い外部環境の把握が必要な場合は、特許出願情報を用いることが有効です。特許分析とほかの分析手法を組み合わせることで他社の事業ポートフォリオやスタートアップ企業の動向も調査できるため、事業検討時の未開拓領域(ホワイトスペース)の確認や協業先の探索にも活用できます。

今回は自動車業界を例に生成AIの活用動向を確認してきましたが、当社では業界や技術を問わず同様の分析が可能です。

事業検討や協業パートナー探索等をより効果的に進めたいとお考えの場合は、お気軽にお問い合わせください。

本文内に記載の会社名、製品名は、各社の商標または登録商標です。

以上

本コラム執筆コンサルタント

江原 寛昭 株式会社 日立コンサルティング シニアマネージャー

皆川 暢徹 株式会社 日立コンサルティング シニアコンサルタント

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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