ページの本文へ

米国およびEUにおける
IoTに関する政策および法制度動向

美馬 正司株式会社 日立コンサルティング ディレクター

2. EUのIoT動向政策

欧州委員会は2020年までの経済成長戦略をまとめたEurope 2020を2010年に発表しており、現在、同戦略に基づき経済政策が展開されている。同戦略ではIT分野を最重要分野の一つと設定しており、2014年にDigital Agenda for Europe 2020を発表している。同戦略では、デジタル経済の推進とEU域内でのデジタル単一市場の実現を大目標として掲げている。
IoTの推進が政策の一つとして位置付けられているDigital Agenda for Europe 2020では、研究開発の強化が具体的な施策として示されている。なお、米国では“CPS”という名称が使われているのに対し、EUでは一貫して“IoT”という名称が使われている。
研究開発の強化については、2014年1月からFP7※4の後継としてHorizon 2020 という研究開発への資金提供プログラムが開始されており、約700億ユーロ ※5の予算が組まれている。同プログラムにおいてIoTを含むITに関する研究開発が進められている。

※4
Seventh Framework Programme for Research and Technological Developmentの略。EU の研究・改革活動は1984 年以降、一つの大きなプログラム「欧州研究開発フレームワーク計画」としてまとめられて実施されてきた。
※5
2013年11月時点に欧州委員会が公表した資料より。

欧州委員会による産官学のコンソーシアムの設置

欧州委員会は2015年3月、IoTに関する取り組みを推進する産官学の組織としてAlliance for Internet of Things Innovation(以下、AIOTI)を立ち上げた。AIOTIは、IoTに関する研究開発、イノベーションや標準化などに取り組むとともに、IoTの推進について欧州委員会を支援する役割を担っており、Steering Boardとワーキンググループで構成されている。Steering Boardは各ワーキンググループの議長で構成され、AIOTIの全体的な方針や活動計画などが検討されている。Steering Boardの助言組織には、各加盟国で構成されたAdvisory Boardがある。
11のワーキンググループは、モビリティや製造など、特定の分野に特化して検討を行うグループと、標準化やIoTに関する政策など、分野共通のテーマについて検討を行うグループの二つに大別される。
こうした取り組みを通じて、EUにおけるIoTエコシステムの構築をめざしており、Horizon 2020においては、今後開始されるIoTに関わる大規模パイロット事業のデザインにも関わる予定である。

図1 AIOTIの組織構造
図1 AIOTIの組織構造

出典: IOT STANDARDS LANDSCAPING AND GAP ANALYSIS FOR SMART MOBILITY

EUの国際競争力強化を目的としたHorizon 2020

前述のように、EUではHorizon 2020でIoTに関する研究開発の強化を進めている。Horizon 2020は、EUの国際競争力強化を目的としており、2014年から2020年を実施期間としている。またEU加盟国だけでなく、EU域外の国についても対象としている。
2014年から2015年に実施されたプロジェクトのうちIoTに関するものには、EUと日本の共同で実施したTechnologies combining big data, internet of things in the cloudという実証事業やInternet of Things and Platforms for Connected Smart Objectsという実証事業などがある。前者は、ビッグデータ、モビリティやIoTを実現するためのグローバルなクラウドプラットフォームの構築を目的としており、後者は、スマート製品向けプラットフォームの構築を目的としている。
また、2016年から2017年のIoTに関連したプロジェクトとしては、ウェアラブルデバイス、生活支援、モビリティ、スマートシティ、農業、水などに関する大規模パイロット事業、プライバシーやセキュリティなどの課題を検討する事業と高度なプラットフォームの開発に関する事業について公募が行われる予定である。
Horizon 2020で実施された、または今後実施が予定されているIoT関連の研究開発プロジェクトの詳細を表1に示す。

表1:Horizon2020におけるIoT関連のプロジェクト
研究開発名内容
2014年〜2015年Technologies combining big data, internet of things in the cloud[実施期間]2014年1月から2014年4月まで。
[予算]EU側で150万ユーロ。
[概要]EUと日本との共同プロジェクト。ビッグデータ、モビリティやIoTを実現するためのグローバルで柔軟性のあるクラウドプラットフォームの構築をめざしている。
Internet of Things and Platforms for Connected Smart Objects[実施期間]2014年10月から2015年4月まで。
[予算]5億6,100万ユーロ。
[概要]スマート製品向けプラットフォームのエコシステム構築を目的とする。最大の課題は垂直指向のクローズドシステム、アーキテクチャ、アプリケーション領域の断片化を解消し、オープンシステムと複数のアプリケーションをサポートするプラットフォームを構築すること。
2016年〜2017年Large Scale Pilots[実施期間]2015年10月20日から2016年4月12日にかけて提案者を募集。
[予算]10百万ユーロ。
[概要]実社会でのIoTの導入に向けて以下のテーマについて大規模パイロット事業を実施予定。
  • 高齢者を支えるSmart Living環境の実現
  • スマート農業の推進による食の安全の確保
  • ウェアラブル技術の推進
  • モデル都市の展開
  • 自動車の自動運転の実現
IoT Horizontal activities[実施機関]2015年10月20日から2016年4月12日にかけて提案者を募集。
[予算]4百万ユーロ。
[概要]セキュリティ、プライバシー、標準化、クリエイティブ性、利用者の容認、社会・倫理的課題、法的課題や国際協力など、IoTの共通課題の解決に取り組むことを目的としている。
R&I on IoT integration and platforms[実施機関]2016年12月8日から2017年4月25日にかけて提案者を募集。
[予算]35百万ユーロ。
[概要]オープンなIoTプラットフォームの実現に向けてそのアーキテクチャ、方法、ツールに関する研究を推進することを目的としている。

表1:Horizon2020におけるIoT関連のプロジェクト

各国のデータ保護法に則ったパーソナルデータの取り扱いについて

EUでは1995年に個人データ処理に係る個人の保護及び当該データの自由な移動に関する指令(95/46/EC)(以下、EUデータ保護指令)が制定されており、加盟国は同指令に基づきデータ保護に関する国内法を制定している。事業者は各国の国内法に従いパーソナルデータを取り扱うことが要求されているが、IoTにおいてパーソナルデータを取り扱う場合も、これらのデータ保護に関する法律が適用される。これらの法律は消費者への通知と同意取得を前提としているが、例えばリストバンド型ウェアラブルデバイスはユーザーインターフェースがないため、消費者にデータ取得の事実を説明し、同意を取得することができないといった問題がある。このように既存の法制度がIoTに対応しきれていないことが問題視されているが、EUデータ保護指令の第29条に基づいて設置されたプライバシー保護に関する助言機関であるArticle 29 Working Party(以下、29条作業部会)はそのような状況を認めつつも、事業者にデータ保護法を遵守することを要求している。

ドローン利用におけるプライバシー保護の重要性

IoTに関わる個別分野または個別ビジネスに関連するEUレベルでの法制度として該当するものは見つからなかったが、29条作業部会が2015年6月に発表したドローン利用におけるプライバシー保護の重要性に関する意見書があった。
29条作業部会は同書で、ドローンを用いた映像などの撮影はEUデータ保護指令における同意取得の原則に反していること、パーソナルデータがどのような機械で収集され、どのような目的で利用されているのかデータ主体の把握が困難であることなどからプライバシーの侵害につながる可能性があることを指摘している。またドローンの製造事業者などはプライバシー・バイ・デザイン※6の原則に則り製品を開発するとともに、プライバシー影響評価※7を行い、発生しうるプライバシーリスクを認識し、対策を検討することが必要であるとしている。加えて、データ主体がパーソナルデータを収集されていることを認識できるよう事業者は工夫するなど、透明性の確保に努めることを要求している。

※6
オンタリオ州(カナダ)のプライバシーコミッショナーであったアン・カブキアン博士が提唱した概念。システムやビジネスプロセスの設計段階からプライバシー対策を考慮し、企画から保守までのライフサイクル全体で一貫したプライバシー保護を行うという考え方である。
※7
パーソナルデータを取り扱うシステム、事業、サービスなどにおいて、プライバシーへの影響を事前に評価し、プライバシーの侵害を防ぐために運用面、技術面での対策を講じる一連のプロセスを指す。

自動運転車とコネクテッドカー推進のための法制度改革と、統一的なロードマップの策定

自動車産業はEUの主要産業の一つである。約1,200万人がこの産業に携わっている上、他産業とも密接につながっている。近年、米国や日本と同様、EU域内でも自動車産業の成長は減速傾向にある。EUはこの事態を危惧し、自動車産業の国際競争力強化と持続的な成長の実現に向けた施策の一つとして、自動運転車とコネクテッドカーの推進に取り組んでいる。
自動運転車とコネクテッドカーに関連するEUレベルでの法制度は存在しないが、欧州委員会は、より高度な自動運転車とコネクテッドカーの実現には、運転免許や交通法など、自動車に関する既存法制度のアップデートが必要であると考えている。
そこで欧州委員会は、2015年10月、自動車産業の国際競争力強化と持続的な成長の実現を目的に、GEAR2030という上級グループを設置した。同グループは、欧州委員会が立案する政策などを支援するとともに、関連EU機関、加盟国や産業界との対話を行うという位置付けになっている。また、産業界からの要請を受け、自動運転車とコネクテッドカーにおける重要分野の抽出やアクションプランの策定も行っている。
自動運転車とコネクテッドカーに関連する法制度の改革、上級グループの設置、EU全体での統一的なロードマップの策定以外の施策として欧州委員会は、研究開発の強化を掲げ、具体的には、Horizon 2020で実施しているTransport Research Programmeに1億1,400万ユーロ以上の予算を計上することを発表している。

まとめ

“CPS”と“IoT”――呼び方の違いはあるが、米国もEUも約10年前からIoTを国際競争力や経済発展の重要な要素として認識し、政府だけで取り組むのではなく大学や研究機関、民間企業などを巻き込みながら研究開発や関連法制度の整備に取り組んできた。特に両者とも、製造業や自動車産業など、既存の主要産業へのIoT活用に力を入れている傾向にある。
両者には、米国が分野ごとに産官学でのコンソーシアムを立ち上げ、それぞれで検討を進めているのに対し、EUでは欧州委員会が立ち上げたAIOTIで分野横断的に検討が進められているという違いがある。
法制度については、両者ともIoTに特化したプライバシーおよびセキュリティに関する法制度はなく、既存の法制度を遵守することを求めている。このようにプライバシーやセキュリティなど、どの分野にも共通する課題に関する法制度は整備されていないが、米国のようにドローンの商用利用や自動運転車の公道でのテスト走行に関する法律など、個別ビジネスについてはそれぞれで法整備が進められている。
次回は、EUの中の個別の国として、ドイツと英国におけるIoTに関する政策および法制度動向について紹介する。

本コラム執筆コンサルタント

美馬 正司株式会社 日立コンサルティング ディレクター

各国政府でIoTに関する政策が積極的に進められている中、弊社では、2015年度に経済産業省の調査事業を受け、諸外国におけるIoTに関する政策および法制度の動向を調査した。この調査の成果なども踏まえつつ、米国、EU、ドイツ、英国、韓国、シンガポールにおけるIoT政策および法制度の動向を3回に分けて紹介する。

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

Adobe Readerのダウンロード
PDF形式のファイルをご覧になるには、Adobe Systems Incorporated (アドビシステムズ社)のAdobe® Reader®が必要です。

Search日立コンサルティングのサイト内検索