美馬 正司株式会社 日立コンサルティング ディレクター
地田 圭太日立コンサルティング コンサルタント
2017年6月12日
第2回目は、ドイツと英国のIoTに関する政策および法制度動向を紹介する。ドイツについては、IoTの代表的な事例であるIndustrie4.0をはじめ、自動運転車や標準化に関する取り組みなどが進んでいる。英国については、Innovate UKとIoTUKによる取り組みのほか、ドイツと同様に自動運転車や標準化に関する取り組みも見られる。
ドイツにおけるIoTの推進は、2010年より同国の科学技術イノベーション基本戦略において掲げられている。これまでの戦略を整理すると、まず2006年、連邦教育研究省※1によってハイテク戦略が策定された。同戦略は、グローバルな課題解決に資するアイデアの創発と市場化を促す環境整備を目的とした省庁横断型の戦略であった。ハイテク戦略は、2010年12月に更新され※2、初めてIndustrie4.0の推進が戦略として掲げられることとなった。さらに、2014年8月には新ハイテク戦略※3に移行し、同戦略においても、引き続きIndustrie4.0の推進が重点政策の一つとなっている。
Industrie4.0とは、製造業の高度化をめざす戦略的プロジェクトであり、ドイツのIoT政策の中核として位置付けられている。
ドイツでは、IoTとCyber Physical System (以降、CPS) の2語を併用しており、Industrie4.0においては、CPSはIoTの基礎的なシステムであると位置付けられている。図1は、Industrie4.0におけるCPSを活用したデータ収集のイメージを示したものである。製造業の高度化をめざすIndustrie4.0の場合、工場の稼働データのみならず、サプライヤー工場の稼働、原材料や部品の輸送、電力など、製造業に関連する実世界のデータが収集対象となる。データは仮想世界において分析され、結果を実世界へフィードバックすることで、実世界での生産効率の向上などに役立てられる。
Industrie4.0は、CPSの活用などによる生産効率の向上などを通じ、ドイツの製造業にイノベーションをもたらすとともに、製造業の国際競争力を向上させることをめざしている。
ドイツ貿易・投資振興機関※4によると、Industrie4.0により、製造業の生産性レベルが最大50パーセント向上し、必要とするリソースも半減できるとしている。また、2020年までに、市場をリードできるようドイツの製造業を高度化させること、高度化した製造業の技術を世界に供給できるようになることを目標に掲げている。
図1 CPSのデータ収集のイメージ
IoT政策の中核であるIndustrie4.0においては、研究開発や技術革新のためのプロジェクトが複数実施されている。以下は、Industrie4.0に関するプロジェクトであり、いずれも、連邦経済・エネルギー省※5の予算により推進されている。
プロジェクト名 | 概要 |
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Autonomik for Industrie4.0 |
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Smart Service Welt |
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Smart Service WeltⅡ |
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表1 Industrie 4.0に関するプロジェクト
さまざまなメーカーによって製造された機械を確実に接続できること、国の内外を問わずにネットワーク化できることは、IoTの推進に際し不可欠である。ドイツ連邦政府は、Industrie4.0の標準化に関し、積極的な姿勢を示している。
産官学で構成されているIndustrie4.0の推進団体であるPlatform Industrie4.0では、8つの優先分野のうち情報ネットワークの標準化と参照アーキテクチャに関する検討が最も進んでおり、Industrie4.0の標準化に向けたロードマップのドラフトが2014年12月に公表され、2016年1月にアップデートされた。
同ロードマップでは、自動化技術やITを中心に国際社会およびドイツにおける標準化の現状を整理しており、その上でIndustrie4.0の実現にあたって更に標準化を推進するべき分野として以下を挙げている。
2017年3月にドイツのハノーバーで開催されたIT見本市CeBitにおいて、ジャパン・パビリオンの前で安倍晋三首相とアンゲラ・メルケル首相によりスピーチが行われたことは記憶に新しい。このとき、IoT技術やAI(人工知能)技術で日独が標準化策定などで提携することをうたったハノーバー宣言が採択された。同宣言では、IoTおよびIndustrie4.0に関する横断的モデルに関し、ISO(国際標準化機構)、IEC(国際電気標準会議)などにおいて日独が標準策定の議論を先導すること、サイバーセキュリティ関連の国際標準化に関する議論を加速させることなどが盛り込まれた。また、前年の2016年には、経済産業省と連邦経済・エネルギー省がIndustrie4.0に係る共同声明に署名し、国際標準化や研究開発、中小企業・新興企業支援などの6分野において協力を進めることに合意している。
また、ドイツは中国との連携も行っている。製造業におけるIoTなどの最先端技術の活用施策を盛り込んだ中国製造2025を掲げる中国と、2014年10月、標準の規定に関する連携強化などを目的とした中独協力行動網要を発表した。
ドイツでは、自動で走行するのみならず、車同士もしくは車とインフラ(道路設備など)がデータ通信を行い、安全でスムーズな運転に寄与するAutomated and connected drivingの技術開発に注力している。本項では、Automated and connected drivingを自動走行として説明する。
自動走行に関する戦略は、連邦交通・デジタルインフラ省※6が2015年9月に発表したStrategy for Automated and Connected Driving に示されている。このレポートでは、ドイツの交通量が上昇し続けており※7、交通の効率化、ヒューマンエラー防止による道路交通の安全性向上、温暖化ガス排出量の削減などの理由から、自動走行の必要性が示されている。また、連邦政府として、インフラ整備、法整備、技術革新、相互接続性(車と車、車とインフラ)の確保、サイバーセキュリティの確保の5領域を定め、自動走行に関する施策を進めるとしている。
2017年3月、ドイツ連邦議会(下院)は加速、操舵、制動を自動的に行い、必要に応じ人間が介入するレベル3※8の自動運転車の普及を念頭に置いた道路交通法改正案を可決した。改正においては、「自動運転システムは特定の時間・状況下でドライバーに代わって運転を引き受けることができる」との規定が盛り込まれた。また、事故時の責任の所在の明確化のため、運転時の状態を記録するブラックボックス相当の機能の搭載が義務付けられることとなった。
また、ドイツは、1968年に国連で採択されたウィーン道路交通条約の改正にも関与している。同条約では「車両はいかなる時も人間がコントロールしなければならない」と規定されていたが、2014年に改正され、緊急時には人間の操作がシステムに優先すること(オーバーライド)、人間が自動運転のスイッチを必要に応じて切ることができることを条件に、自動走行が可能となった(発効は2016年)。