加耒 敬行 株式会社 日立コンサルティング ディレクター
2023年4月27日
2020年代に入り、コンサルティングの現場でもクライアントの方から「デジタル化は当たり前」「デジタル化の次の提案が欲しい」と言われるようになってきました。一方で、メタバース、Web3.0、量子コンピューティング、再生医療、Generative AI(ChatGPT、Midjourneyなど)など、新たなテクノロジーの話題が日々、ニュースをにぎわせています。まさに2023年の今こそ「デジタルの時代」から次の時代への移行期ではないでしょうか。本コラムでは“Beyond Digital”の潮流となっている先端技術である「エマージングテクノロジー」について、ビジネスの観点から今後の展望を語っていきます。
私たち日立コンサルティングは、2014年からデジタル・トランスフォーメーション(DX1)支援のサービスを提供しています。これは、2016年に内閣府によって発表されたSociety 5.0、2018年に経済産業省によって定義されたDXよりも早く、コンサルタントとして「デジタルの時代」をリードしてきたのは私たち自身であるという自負につながっています。その私たちが、クライアント企業とのプロジェクトを進めていく中で、企業変革におけるデジタルテクノロジーの強力さを感じることも多いのですが、その本質は「限界費用2ゼロ」にあると認識しています。一般的に限界費用とは、モノやサービスの生産を増やすときに発生する追加的な費用のことですが、デジタルテクノロジー(サービス)の場合、これがほぼ不要(ゼロ)になります。
デジタルテクノロジーは簡単に複製が可能で、追加コストなしにこれまでつながっていなかった「エンドユーザー」や「顧客の顧客」と直接つながることができます。そこから、データを取得・分析・フィードバックすることで、さまざまな場面で新たな価値やサービスを生み出してきました。
デジタル時代に分かってきたことの1点目は、テクノロジーが業種・業界の枠を越えるきっかけとなり、受益者(エンドユーザー)起点で新たな競争平面である「ビジネスエコシステム3」の構築が求められてきたということです。GAFAM4と呼ばれるプラットフォーマーを中心に、デジタルテクノロジーをテコに業種・業界の枠を越え、新規事業を始めたり、異業種から参入したりする企業が増えてきました。10年ほど前ではなかなか考えにくいことでしたが、われわれがサービスをご提供している多くの日本企業も異業種への参入を当たり前に考える時代になりました。その際、デジタルテクノロジーによって、業種・業界の枠組みは以前と比較して柔軟になっているので、受益者に対する価値を考え、いかに異業種を巻き込んで事業を創生していくのかが問われます。いわゆるデザイン思考やUXデザインを起点とした手法を用いて、事業を創生していくことが当たり前になってきた背景には、このような点があるのではないかと考えます。
(各種公開情報を基に、日立コンサルティングにて作成)
デジタル時代に分かってきたことの2点目は、イノベーションの背景にイノベーティブな技術開発があるということです。すばらしいアイデアや顧客観察による課題抽出だけではなく、技術革新という下地があってこそ、爆発的なイノベーションが生まれています。この10年弱のデジタル時代に多種多様なイノベーションが生まれたのも、その直前に花開いた「ビッグデータ取得・蓄積」「高速な計算環境」「ディープラーニングを中心としたAI技術」「IoTに代表される物理データのセンシング」などのデジタルテクノロジーの革新5があったからだと考えています。
一方で、イノベーティブなデジタルテクノロジーはネットワーク効果(規模の経済)が働く領域のため、グローバルスタンダード、ないしはそれに近いポジションを取れなければ、国際収支や経済安全保障にも関わる状況が発生します。現に日本における2022年のサービス収支6は5.6兆円の赤字で、そのうち4.7兆円がデジタル関連の支払いとなっています。また通信、コンピュータ、情報サービスにおける2020年の日本は、主に米国へのクラウドサービスなどの支払いが多く、ドイツ、フランスなどを抑えて世界一の支払い超過国となっています。革新的なデジタルテクノロジーは、ビジネスのパワーバランスを通して、国や地域の産業構造も大きく変えてしまう力があることがうかがえます。
ビジネスエコシステムや新規事業の創出など、デジタルテクノロジーによって大きく事業環境が変わった10年ですが、日本を含めた西側諸国からするとイノベーションの米国依存が進んだ10年であったとも言えるでしょう。