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【第13回】経営と現場の距離を縮める

八尋 俊英 株式会社 日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長

2021年9月3日

アジャイル(俊敏)開発がなぜ世界で急速に普及しているのだろうか。様々な変化に迅速に対応できる直接のメリットだけではない。従来のようにソフトウエア開発を社内のIT(情報技術)部門や外部のシステム会社に頼っていたのでは、変容する経営環境や社会環境に対応していけない時代が来ていることの表れといえる。

一般企業がアジャイル開発をする際は、その事業をよく知る社員が実施責任者になり、利用者の声を直接拾いながら現場の判断で改良を重ねていく。システムの専門家・企業に任せるのではなく、事業の関係者が自律的かつ積極的にソフトウエア開発に関わる。だからこそ、変化に柔軟に対応したソフトウエアができあがる。

そこに日本企業の経営を立て直すヒントも隠されている。顧客ニーズや現場の考えが詰まったアジャイルによるスモールトライアルの情報を経営判断に役立つよう可視化しながら進めるのである。

ここで日本企業の強みについて振り返ってみたい。戦後の高度経済成長期、電機産業や自動車産業は経営と工場が一体となった「革新運動」で急成長を続けた。経営幹部が工場現場と一緒にラインを見て改善し、ともに試作機を作製したりデモを実施したりしてユーザーへの効果を確かめながら製品を開発してきた。

工場はブルーワーカー、経営はホワイトカラーと分かれている欧米の企業とは全く異なる企業文化がかつての日本にはあったのだ。

しかし、現場でユーザーの反応を確かめながら開発するこの「革新運動」は、アジャイル開発に近い取り組みといえる。日本の工場文化を取り戻し、現場と経営の距離感を大きく縮めることが、アジャイル開発には期待できる。

ただ、それには経営陣が自ら関わることが欠かせない。ITと経営を一体化するための役職として最高情報責任者(CIO)があるが、そうした人を一人置いてもITの活用に慣れるのに精いっぱいというのが実情だろう。現場の自律性を尊重しながら経営層が参加する、全社的なアジャイル開発体制の構築が重要になってくる。

当社グループでもそうした取り組みをしたことがある。日立製作所が中心となり大規模システムをアジャイル開発した際のことだ。決定権限を持つ幹部が実施責任者に就任。開発現場と直接会話でき、判断も早かった。風通しがよくなり、現場と経営の距離感を縮めることができたと感じている。

当社自身も始めている。コンサルティングに使う見本アプリをアジャイル開発する際、経営層が顧客企業兼最終利用者の立場で会議に参加し、使い勝手などをフィードバックした。自社の例ではあるが、経営層がアジャイル開発に関わる面白い試みと捉えている。

デジタル時代を迎え開発すべきソフトウエアは多いが、アジャイル開発を導入する日本企業は半数に満たない。残された時間は少ない。経営者が先頭に立ち、アジャイル開発を活用したデジタル変革を急いでほしい。

日本企業のアジャイル開発の導入割合(2020年3月調査)

本稿は2021年8月13日に日経産業新聞に掲載された「戦略フォーサイト:アジャイル開発への道(13)経営と現場の距離を縮める」を転載しております。

本コラム執筆コンサルタント

八尋 俊英 株式会社 日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長

※記載内容(所属部署・役職を含む)は制作当時のものです。

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